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大嫌いなキミとの出会い

「おぎゃー!」  屋敷中が歓喜の声で包まれ、涙を流す人々が抱き合い手を握り微笑みあった。色で表せば、橙色と言ったところだろうか。体の心から温めるような、どんな悲しみをも拭うような幸福感だ。  キーレンは違った。細身の父親が寝そべり汗を流すベッドの横に立ち、金色の髪で顔を隠し、ギリッと奥歯を噛んだ。サファイアを思わせる瞳は涙で濡れている。 「シェーマスっ!よくやった、立派な男の子だ」 「イザイア……」 「ははっ!これで俺たちは4人家族だ!」  大げさなほど陽気な笑い声をあげるとキーレンのもう一人の父親が赤ん坊を腕に抱いた。白いシャツから伸びる両腕は逞しく、健康的に日に焼けている。    ベッド横に佇む少年の咥内に血の味が広がった。この屋敷で幸せを感じていないのはキーレンだけだ。 「キーレンっ!喜べ!弟だぞ!ナイジェルと呼ぼう!」 「パパ、うるさい。もう部屋に戻っていい?」 「そう言うな。ひと目だけでも弟の顔を見たらどうだ?」 「やだっ!!!みんな、きらいだ!!!!!!」  長男が泣き叫び寝室を去ると次男である赤ん坊も泣き声をあげる。  ベッドに横たわるシェーマスは人生でこの上ないほどの疲労感に包まれていた。今、まさに新しい命を産み落としたところだ。幸福感と開放感に浸かっていたいが、それには周りがうるさすぎた。  この夫夫(ううふ)の長男であるキーレンは血の繋がらない子供だった。それでも二人は彼を「神の授かり物」と呼び、血の繋がる子供のように愛した。それにこたえるようにキーレンも両親を誰よりも慕い、この屋敷ですくすくと育っていた。    天と地が反転したのは、シェーマスが妊娠したときだった。  この世の終わりまで両親は自分だけを愛してくれるはずだったのだ。血の繋がる子供が生まれてしまえば、どこから現れたのかも分からない自分は捨てられてしまうかもしれない。そんな悩みがキーレンを蝕み、悪夢を見せた。 「ナイ、ジェ……ル……?」  誰もが寝静まった夜。中庭の小鳥もコウモリも物音一つ立てない、そんな静寂の夜に、キーレンは弟が眠る寝室の扉をゆっくりと開けた。  ひと目見たら自分の部屋に戻る予定だ。ナイジェルがどんな顔をしているかなんて興味があるわけではない。ただ単に同じ屋敷に住む人間として、顔ぐらい確認しておいたほうが良いからするだけだ。さっと確認してベッドに戻るのだ…… 「あぅ、あーあー」 「…っ」  ベビーベッドを覗き込むとナイジェルが声を上げた。赤ん坊特有の可愛らしい声が、キーレンの耳に届く。照明の消された部屋では弟の顔はよく見えなかった。  ふわりとカーテンが揺れ月の光が窓から入り込む。棘の刺さったキーレンの心にはその明かりはまぶし過ぎた。 「ナイジェル……君は僕の弟だけど本当の弟ではないんだ」  涙を堪えてそう伝えると僅かに動くナイジェルの顔を見つめた。 「っ!」  天使のようだ、とキーレンは思った。父親たちが読んでくれる絵本には透けるように白い肌に、空のように青い瞳、シルクのように滑らかな髪を持つ天使が描かれていた。  その天使がベビーベッドにいる、とキーレンの胸は躍った。指を差し伸べると、ぎゅっと小さな手が握り返してくる。    キーレンの緑の瞳を捉えると、この世の悪を一切知らない無垢な瞳が瞬いた。金色のまつげが揺れ、明るい笑い声が紅い唇から漏れる。 「君は僕のものだ…」  氷のように冷たかったキーレンの心が溶けた。柔らかい頬を撫でると命を懸けて血の繋がらない弟を守るのだと、まだ見ぬ神に誓うのだった。  

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