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包まれる香り

「うううう、寒い」  コンビニの小さな屋根の下で雨宿りをしながらガブリエルは震えた。いつもはふわふわと揺れる金色の髪も雨に濡れてペタリと色白の肌に張り付いている。  両手に抱えたエコバッグは雨を吸収してべしゃべしゃに濡れていた。  こんなはずではなかった。出発した時は雲ひとつ浮かんでいなかったのだ。 「唐揚げがぁぁぁ」  先ほどまで香ばしい香りがしていた惣菜は、雨に濡れて冷たくなっていた。  羽を伸ばして空を飛んで帰ってしまおうかと金髪の天使は思った。留学中の天使が空を飛ぶことは禁じられているが、ホームステイ先まではそう遠くない。サッと飛んでパッと仕舞えばバレないのではないだろうか。 「んーでも見つかったら大変だ」  雨に濡れる予定はなかった、と人間界に留学中の天使はため息をついた。ガブリエルはただ、役に立ちたかっただけだ…… ――1時間ほど前のこと 「はぁ、ただいまー!もう今日は疲れすぎて1ミリも動きたくないわ。冷蔵も空だし今夜は出前ね〜」    帰宅してすぐにそう言ったのはホームステイ先のお母さんだった。リビングで宿題をしていたガブリエルは自分にできることはないかと頭を絞った。  この時、この家の長男であるレオはバイトで不在だった。夕飯の時間にならないと帰ってこない。 「お母さん、僕が夕飯のお使い行く!」 「一人で大丈夫、ガブリエル?」 「うん!まかせて!」  かくしてガブリエルは一人でスーパーへと向かったのだった。初めてのお使いということもあり、さほど難しいものは頼まれなかった。  お惣菜コーナーで唐揚げを買ってしまったのは、香ばしい匂いを無視できなかったのと、これがレオの好物だからだ。  ポツリポツリと雨が買い物を終えたガブリエルの髪を濡らし始めた。寒くて肩と歯がガタガタ揺れる。このまま家に帰ってもスーパーで買った食材は食べれたものじゃない。お使いは失敗に終わったのだと、ガブリエルは瞳を濡らした。 「僕は、出来損ないだな…」  寒くて悲しくてガブリエルは涙を流した。天使失格だ、と瞼を擦った途端、ふわりと温かい何かがずぶ濡れの体を包んだ。 「ガブリエルっ!」 「ん…?」  甘い香りが凍えていた天使の心を温めた。嗅ぎなれたこの匂いはガブリエルを安心させてくれる香りだった。 「レオ…さん?」 「母さんからお前が帰ってこないって電話があったんだ」 「雨が、降って、それで、僕、あ、この、唐揚げが、これを…これレオさんに…でも、雨が!」 「分かったから落ち着け」  正面からガブリエルを抱きしめたレオは雨に濡れて弧を描く金色の髪を撫でた。家からそう離れた場所ではない。泣くほどの問題でもないだろうが、この天使は不安で仕方なかったのだろう。迎えに来て正解だったとレオは胸を降ろした。  雨に濡れて透け始めた白いTシャツはガブリエルの華奢な体をくっきりと映し出している…目の毒だ。他の人間に晒す必要はない、とレオは家路を急いだのだった。 「帰ったらまず風呂な」 「レオさんも一緒に入る?」  無事帰宅した二人は出前を頼むことにしたのであった。 【包まれる香り 終】

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