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第1話
お題【包まれる香り】
肩幅が広く筋肉質の男性がマツリから贈られた和紙キャンドルを持ちながら庭を歩き、ガラス製の温室に入っていった。
「アーロン様、夜闇は危険ですので、入り口に護衛を配置しておきます」
「ありがとう」
独りでマツリ――運命のつがい――の思い出に浸りたいところだが不承不承に頷くと、宮殿から見て南方方向にある空港を見つめた。
「明日、マツリ様が到着されますね」
「ああ。本当に待ち遠しいな」
某国の王子であり、経営者でもあるアーロンが勝手にニッポンに極秘来日することは、おいそれとできないだろう。
だから、彼がここにやってくるのを待つしかない。
高貴な甘ったるい数種類の匂いがアーロンを出迎える。一夜限りの共演を楽しむ花々を尻目に、盛大にため息を吐く。マツリの匂い:(フェロモン)と似ているが、何か違う。
アーロンを慰めるように、マグノリア・ココが目に入る。白くまあるい花を気に入ったマツリが、「提灯みたい!」と大喜びだったことを思い出す。黒目がちの大きめ瞳をきらきらしている様子に弱い。
彼の名前の由来でもある、白いドレスのようなマツリカが、小さな花を可憐に咲かせている。
何を見てもマツリのことを思い出してしまう。
ため息を吐く。なるべく何も考えないようにして植物園を散歩することにした。
一つしかない出入り口のほうから、嗅ぎ慣れた懐かしい香りがした気がして、アーロンが反射的に振り返ったのと、背中に人のぬくもりを感じたのはほぼ同時だった。
「マツリ⁉︎」
思い当たる人物は、1人だけだ。くるりと後ろを向き、華奢な身体をひしと抱きしめる。
「アーロン……アーロン! 会いたかったです」
柔らかい声が鼓膜をくすぐった。
温室中の匂いが一瞬で上書きするほどの強い香り。酔いそうなほどの甘さの中に香辛料のようなスパイシーな香りが混ざっている。
多分、汗ばんだ身体から漂う性フェロモンに反応しているのかもしれない。
2種類の香りが混ざり合い、特別な香りに変化する。媚薬のように作用し、強固な理性を溶かす。
「遅くなってごめんなさい」
「会えて嬉しいよ。時間はたっぷりあるだろう?」
初々しく柔らかに色づいた頰に触れながら、熱を帯びとろけた黒い瞳に自分の顔が映る。
マツリは小さく頷いた後、アーロンの腕を掴み口付けた。
「アーロンが育てたお花をもっとよく見たいけど、ね」
「今日は、俺だけを見て。夏はまだ長いから、見ながらじっくり教えてあげるよ」
喘ぐように呼吸をする。密室のような温室内では充満して、キツイだろう。マツリは両手を伸ばして、抱っこをせがんだ。
行き先は一つだ。
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