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あなたが好きだと言ってるじゃない〜起〜1

         起 蝉の鳴き声が聞こえる。 窓の外に生えている木に止まっているのだろう。 最近暑くなって来たので、土の下から這い出した来たのか。 腕が少し痺れている。腕を枕にして机に突っ伏しているせいだ。 窓から差し込む陽射しが、瞼を照らして眩しい。 少しずつ覚醒している。 眠りの中から意識が浮上しているのが、自分で判った。 微睡(まどろ)み。 とても心地よい感覚。 「こらっ!起きろっ!急患だぞ!」 頭の上の方から聞こえる、耳障りの良いバリトンの渋い声が聞こえる。 部長の声だ。それと同時に頭を叩かれた。 痛みと怒声に一気に覚醒する。 「はい!!」 ボクは勢い良く瞳を開けて、体を起こした。 寝るつもりはなかったのに、いつの間にか寝ちゃった・・・仕事中なのに! あたふたと立ち上がる。 声のほうを振り向くと、既にそこには誰もいなく、部屋の白いドアが開け放たれているだけだった。 追いかけなくちゃ! 慌てて部屋を出て、起こしてくれた部長の後ろ姿を追う。 部長は身長が高いので、何処にいても目立つ。 ボクは、頭一つ抜きん出た部長の頭を目印に追いかける。 白いリノリウムの床の上を、転びそうになりながら走る。 この病棟の隣の病棟に向かうので、階段を駆け下りる。 エレベーターは使わない。 待っているくらいなら走ったほうが、結局は早いからだ。 急患ということは、救急外来のほうへ行けばいいと、判ってはいるけれど、瞳がどうしても部長を探してしまう。 部長は足も長いので走るのも速く、ボクは転びそうになりながら追いかけるのが、精一杯だった。 白衣を翻(ひるがえ)しながら走る部長の後ろ姿。 こんな時なのに、格好いいと思ってしまう。 ようやっと救急外来に着く頃には、心臓が破裂しそうにバクバクいってて、呼吸も苦しくて、ハァハァと通りこしてゼイゼイいっていた。 処置室へ駆け込むと、既に部長は患者の容態を確認していた。 大きな事故があったのか、室内には数人の患者が運び込まれ、大勢の医師と看護師が慌ただしく処置を行っている。 ボクはぶつからないように気をつけて、人の間を、医療機器の間を、ベットの間をすり抜けて、部長の傍に駆け寄る。 屈み込んで患者の容態を確認していた部長が、不意に体を起こし、隣に立っているボクを視認すると、その柳眉(りゅうび)を寄せた。 「遅い!頭部骨折に脳挫傷!緊急オペだ!」 「はい!!」 部長の怒声を浴びて、ボクはまた室内を走り出す。 オペの準備をしなくては。 オペの看護師や麻酔医などに連絡をしなくてはならない。 そのボクの背中に再び部長の怒声が響く。 「連絡は内線使えって何度言えば判るんだ?!」 そうだった・・・何度も言われてるのに・・・慣れなくて覚えられない。 「すみません、すみません!」 「お前、よく国家試験受かったな」 切れ長の黒い瞳に呆れた表情を浮かべて、部長が端正な顔を歪める。 また怒らせてしまった・・・。 内線で各部署に連絡を済ませ、処置室からオペ室に患者を移動させる。 看護師がベットの前を引っ張り、ボクはベットの後ろを押し、部長はボクの横をついて歩く。 スラリとした体躯(たいく)で、筋肉質で、男のボクから見てもとても格好いい部長が隣にいて、必要以上に緊張する。 曲がり角で壁にぶつからないように気をつけなくちゃ。 ボクはパイプを握る手に力を込めて、エレベーターまで緊張しながら歩く。 その時、隣を歩く部長が、不意に 「・・・頭、叩いて悪かったな」 と小声で言ってくれた。 ボクはびっくりして、部長を見上げた。 「いえ・・・!ボクが居眠りしてたんで・・・部長が怒っても仕方ないです」 「・・・・すまん」 そう言って、部長はその大きな手でボクの頭をポンポンと、撫ぜるように触れてくれた。 「部長・・・」 ドキドキする。 心臓が跳ね上がる。 どうしよう、どうしよう・・・どうしても部長が好き・・・。 見上げたまま茫然としてしまったせいで、曲がり角で曲がれず、ベットが壁にぶち当たった。 「花織(はなおり)・・・お前患者を殺す気か?」 「すみません、すみません!」

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