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第1話

 不幸のゲージが振り切れると、頭からスイカが落ちてくるらしい。  柔らかい部分から落ちてきたらしく、そんなに痛くはなかったが、スイカ独特の青臭い汁を頭から浴びる気分は最悪だ。  着ていた真っ白なTシャツの首や肩周りが、薄ピンクのスイカ色に染まっていく。  立ち尽くしていたら、帽子のようになっていた四分の一にカットされたスイカの皮が、ボトリと落下して砂浜に落ちた。 「最っ悪だ」  転勤前の長期休暇。  リゾート地に来て、ちょっといい男を見ていたら「このヤリマン、尻軽!」と罵倒されたのち彼氏に振られ取り残され……そしてこの、ウォーターメロン(スイカ)スプラッシュだ。 「あ、ごめんね~! 大丈夫だったぁ?」  頭上からのんびりした声が落ちてくる。  そういえば俺の背後には泊まっているホテルのバルコニーがあったか。  舌打ちをして、そのマヌケ面を拝んでやろうと振り返りバルコニー側を睨みつける。 「テメェこの……」  息をのんだ。  ひらひらと手を振り、こちらを見下ろしている男。  とがった顎に少しウェーブがかかった黒い髪。そして零れ落ちそうなほどに大きな目。それらが小さな顔に収まっている。  尋常じゃないくらい顔が良い男。 「ちょっと、待ってて」  バルコニーから男が引っ込むと、すぐにエントランスからその男前が出てきた。 「ごめんね、大丈夫? 怪我してない?」  身長も高い。まっすぐ見下ろしてくる男前が眩しい。 「あ、いや……大丈夫」 「じゃないでしょ。服、汚しちゃったね」  確かに。  服と体からスイカのにおいがプンプンする。 「一回着替えないとムリだな」  振られたついでに男漁りでもしようと思っていたが、これじゃあ無理だろう。 「誰かと来てんの?」 「あ、いや……ついさっき同行者に振られたんだ。その、男に」  旅の恥はなんとやら。どうせもう会うこともない男だ。正直にそう伝える。 「へぇ。もしかして自棄になって男でも漁ろうと思ってた、とか?」 「まあ、そんなとこ」 「ふーん。じゃあ、服汚したお詫びに俺が相手するよ」 「は?」 「俺、バイなんだ」  そう言った男前の笑顔は輝いていた。 「あっ、ああっ!」  その数分後、俺は名前も知らない男前と寝ていた。  普段ならセックスの間に声なんてほとんど上げないが、ここがリゾート地であることと、行きずりの相手ということでこちらも積極的になってしまう。  何より、上手だ。気持ちのいいところを刺激してくる。 「感度、いいね。……ね、名前なんて言うの?」 「あう、んっ、た、龍也」 「へぇ、俺は豪。ね、龍也はあとどれくらいここに滞在する?」 「んんぅぅぅうっ、五日間ひああっ!」 「同じ……っ! 体の相性最高だからさ、それまで一緒にいない? いっぱいセックスしようよ」  ぱちゅん、ぱちゅんと繋がったところから甘い水音が聞こえる。 「いるっ! ずっとセックスする~っ! あっあんっ!」  そうして旅の全予定はキャンセルとなり、毎日セックス三昧。  最後の日も別れはあっさりしたもんで、セックスをしてそれぞれ別の飛行機に乗って解散した。  そんな最低で最高なアバンチュールは一瞬で終わった。  そして、日常がやってくる。 『マジで仕事行きたくねぇ~!』  たまたま前期の成績と昇進試験の結果が良かったせいで、俺は転勤先の所属部署の所長になってしまった。  正直あまり責任のある仕事には就きたくないのだが、仕方がない。  断れば断ったで面倒になることが目に見えている。 『そんな仕事増えたら、飲みに行けねぇじゃんっての。せっかくあっちのママにこっちの店紹介してもらったのに』  今日の朝礼で異動してくる人間の紹介が、支店長からされるらしい。  本気で行きたくないが、俺は歩いて新しい職場まで向かった。  オフィスビルの中に入っていた元居た狭島支店(せまじましてん)とは違い、九州の幸多支店(さちたしてん)は平屋の広い支店だった。  背の高い後ろ姿が目に入った。  スタイルのいい後ろ姿が支店の中へ入っていく。  これで顔もよければ最高に楽しい職場になりそうだ。  そんな下心を隠しながら、その後ろ姿を追って支店内に入る。 「おはようございます」  背の高い後ろ姿に声をかける。長身の男が振り返った。 「あ、」 「あ」  ふたりして口から出たのはこの一文字だった。  振り向いた男は、あのリゾート地にいた男、豪だった。 「え、龍也って、ここに勤めてんの?」 「え、いや……ここは今日からで。ここのテクニカル課の所長になったんだけど」 「ああ、そう。マジか。俺、今日からテクニカル課の技術として関東から転勤してきたんだけど」  へー。あーそうかー。  じゃあ、俺らは偶然同じ転勤前の長期休暇を、偶然同じ場所で、偶然出会って、セックス三昧をして過ごしたわけだ。  気まず過ぎるだろ。  取りあえず、はじめましての体で、二人そろって異動先の幸多支店の支店長に顔を見せ、男子ロッカー室に案内される。  豪とは隣同士のロッカーだった。 「へぇ~瀬尾サンが、狭島支店で成績の良かったっていう、こっちの新しい所長なんだ」 「三浦さんこそ~、関東の百葉支店(ひゃくばしてん)では大変ご活躍されていた技術の方なようで~。どうぞこれからよろしくお願いしますね~」  まるで初めて会ったかのような会話。  本当は互いのからだの際どい所まで知っているくせに。 「あ、そうだ。ところで、瀬尾所長。今日のアフターファイブはお暇で?」  そう言って笑う三浦……豪は相変わらずの男前だ。 「それ、飲みの誘い?」 「まあ、できれば宅飲みがいいかな?」  引っ越ししたての部屋は段ボールだらけだが、まあいいだろう。 「忙しくなかったら、な」

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