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尚昌と現実で会うことはほとんどない。そうやって高を括っていたのだが、何故だかあの夢を見て以来、何の気なしに実家に戻ったりすると、高い確率で遭遇するようになった。
「お、清和じゃないか。お帰り」
そうやってまるで自分の家のように寛いだ様子で出迎えられたときには、思わず二、三歩後ずさりそうになるほど動揺した。それを知らない尚昌は、清和に笑みを向けこそすれど、どちらかというと母の方に用があるようで、幸い必要以上に絡んでくることはない。
尚昌は決まって父がいない時に訪れるようで、それが度重なるごとに母と尚昌の禁断の関係を疑った。そして、母はともかく、尚昌の母を見る目つきはどうにも男が女を見る目つきに見えてならない。
もしかすると、父と尚昌が特別険悪というわけではないのだが、顔を合わせても親しく話しているところを見ないのはそのせいもあるのかもしれなかった。
「あら、清和。帰ってたのね。晩ご飯食べていく?今日はあなたの好きなレアチーズケーキを作ってあげましょうか」
尚昌の目の前でそんなことを言ってくる母に対し、恥ずかしさがこみ上げてきた時だった。
「清和はレアチーズケーキが好きなのか。俺も好きだな」
父よりも些か高音のやや掠れた声がそんなことを言う。言われた台詞に深い意味はないというのに、無意識にどきりとしてしまった。
「そうだったの?じゃあ三人分作りましょうか。一輝さんは甘いもの苦手だから」
一輝とは父のことだ。いるともいらないとも返事をしないうちに、母は勝手に決めてしまい、うきうきと台所に消えた。それを見送った後、早々と実家の自室に引き上げようとしたのだが、声をかけられた。
「清和、ちょっとこっち来て」
ダイニングテーブルの椅子に腰かけていた尚昌から手招きされ、戸惑いつつも一歩ずつ近づいた。だが、腕が届くか届かないかの距離まで来るのがやっとで、ざらりと肌を撫でられるような緊張が走った。
「何?緊張してるのか。もっとこっち」
尚昌に言い当てられ、動揺するうちに強引に腕を引かれて引き寄せられてしまう。ふらりと体が傾いでしまい、まるで夢の再現のように間近に尚昌の顔が迫った。
「う、わ……」
慌ててのけぞろうとするも、尚昌は何を考えたのか、面白がるように笑ってがっちりと清和の顎を捉えた。そして、まるで恋人のように見つめ合うこと数秒。
「兄貴に似てるかと思ったが、こうして見ると貴美子さんに似ているな。特にこの唇とか」
そう言って軽く唇をつつかれた時には、流石にからかわれたのだと気づいたのだが、焦る気持ちばかりが募ってかえって頭の中が白くなった。
「なあ、貴美子さんの代わりにお前にキスしていい?」
何も言えないでいる清和に向かって、本気か冗談か分からない顔つきと声でそんなことを言うと、尚昌はそのまま顔を近づけてきて。押しのける間もなく、本当に唇が軽く触れあってしまい。
「清和、ちょっとテーブルの上片付けといて」
母の声で我に返ると、やや裏返った声で返事をして尚昌から離れる。尚昌の顔を見たわけではないが、おかしそうに笑う気配がした。
その後、不自然にならないよう注意を払いながら、母の作った料理とレアチーズケーキを食べたのだが、まるで味が分からなかった。向かいに座る尚昌の視線を感じた気がしたが、終始目を合わせないようにした。
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