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一線を超えてしまった後も、尚昌の態度は大して変わらなかった。そして、一度体を重ねるとやっぱり違うとでも思われたのか、それからは元のように軽くキスをしてくるだけになった。
寂しいと思いつつも、これでよかったのだ、とも思う。最初から尚昌に対する想いは実らないと知っていた。だから、最初で最後のいい思い出になった。
そうやって割り切って、割り切るように努めているうちに、実家に帰ることもなくなっていく。就職活動が忙しくなってきたのも事実だが、尚昌と顔を合わせても気持ちを再確認して辛くなるだけだからだ。
直接本人に聞いたことはないが、尚昌と父の一輝は昔から女のタイプがかぶることが多く、取り合いになることがしばしばあったらしいと親戚の誰かが話していたのを聞いた。
そして、母の貴美子のこともその例に漏れなかったということは安易に想像がつく。
親戚の集まりで尚昌と会う時、母と父が仲睦まじい様子で話していると、それをそっと遠くから見つめているのを何度も見たことがある。
その目には、妬ましさといった暗い感情は滲んでいないが、純粋に大切な相手を見守るような温かさがあった。
そんな尚昌の表情を見て、普段は苦手に思っていたが、いつもあんな顔をしていればいいのにと密かに思っていた。
その時の感情に付け加えるようにして、こうも思う。尚昌のそんな温かさを独占できるのは自分ではなく、そしてもちろん母でもなく、もっとふさわしい相手がいるはずなのだと。
物思いに沈んでいたところへ、タイマーが鳴ってカップ麺ができあがった。割りばしを取り出しながら時計を見ると、もう少しで日付が変わろうとしている。
明日は十何社目かの面接だ。億劫だが、早く食べて眠った方がいいだろう。そう思いながらも、慌てる気にはなれずに立ったままゆっくりと麺をすする。
今日も実家に尚昌が訪れて母と仲良く話していたのかもしれないなと想像し、なんだか微笑ましいようなむず痒いような気持ちを持て余していると、ふいにインターホンが鳴った。
「はい」
こんな時間に誰だろうと怪訝に思いながらも、カップ麺を置いてドアスコープから外を眺めた。そこに立っていた人物を見て、頭の中が白くなる。
「なんで」
急いで開けてその人物に問いかけると、寝起きなのか寝ぐせのついた髪をそのままに、にんまりと笑って言った。
「久しぶりだな。元気にしてたか。それから、ちょっと泊めてくれないか。おじさん、お前がいないと寂しくてな」
「え、え?泊めてって、なんで」
「いいからいいから」
何がいいのか分からないが、尚昌は清和の脇をすり抜けて、勝手に部屋の中に上がってきた。
「ちょっと、おじさ……」
言いかけると、尚昌が急に振り返って不機嫌そうに言う。
「なんだよ、名前で呼ばないのか」
「え、だって、それは」
困惑と動揺と、様々な感情がない交ぜになって言葉に詰まると、尚昌はからっとした声で言った。
「俺の頬、赤くなってないか?貴美子さんに殴られたんだ」
「は?」
「だから、実家に帰らなくなったお前を心配していた貴美子さんに、お前に手を出したこと、それからお前がほしいこと等々話したら殴られた」
「はあ?」
あまりにあっけらかんとあり得ないことを言われて、開いた口が塞がらない。
「だから、お前がほしいって……嫌か?」
そう問いかけてくる尚昌は珍しく不安そうな顔をしている。
「だ、だって、尚昌さんは母さんを……」
目をまともに見ていると呆気なく心まで囚われてしまうので、逸らしながらもごもごと言った。
「ああ、そのことか。てっきり身内だからとか嫌だとか言われるかと思ったが、それは気にしてないんだな」
「まあ……」
曖昧に頷くと、尚昌は一瞬嬉しそうな顔をした後、あっさりと言った。
「確かに俺はお前の母親、貴美子さんのことが好きだった。だが、それも昔のことだ。今はもう」
「違うでしょ。今もまだ好きなんだ。だから、俺は母さんの身代わりで」
「そう思っていたのか。……そう思われても仕方ないか。あのな、清和、俺は確かに最近まで貴美子さんが気になっていた。だが、それは単に昔からの気持ちが忘れられなくて感傷に浸っていただけで、今さら手を出そうとかは思っていない。純粋に幸せそうな貴美子さんを見るのが嬉しいから、今は友達感覚で家に行っていただけだ」
「嘘だ、だって……じゃあなんで俺に手を出したんだ」
「お前のことは、最初は貴美子さんと似ていたせいもあるにはあるし、からかっていたつもりだった。だけど、何回もキスしたりちょっかいかけるうちに、いつまでも初心な反応するのがかわいいと思うようになったんだ。重ねていたのは最初の一回切りで、それ以降はちゃんとお前を、清和を見ていた」
「尚昌さ……」
「すぐに信じてくれなくてもいい。だけど、いつかは俺のことを本気で考えてくれないか。もちろん、叔父と甥っ子という関係は……」
尚昌らしくなく真面目くさった顔で一般論を述べようとしてきたので、つい吹き出してしまいそうになった。
「あ、こら。今笑いそうになったろ。俺は真剣に」
「ごめんなさい。でも、尚昌さんらしくないのと、嬉しくてつい」
素直にそう言うと、少し驚いた顔をしている尚昌に飛びつくように抱き着いた。
「くそ、お前それ反則。かわいくてたちそ……」
そんな台詞を零す尚昌に向かって、いいよと返すと、息を飲む気配がした。そして、何も敷いていない固い床に押し倒されながら、禁断の甘い蜜の喜びを味わった。
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