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「夏休み」 通天閣(大阪)

 何ヶ月も前から申請してた夏休み。おまえの実家まで行く約束してた。俺は行ったこともない土地で。何度も何度もガイドブックを持ち歩いて開いては閉じて、ずっと楽しみにしてたんだ。  くたびれたガイドブックを握りしめて、俺はネオンに輝くそのタワーを見上げた。 「五階かよ……低っ」 <そりゃあ六本木ヒルズには負けるけど、通天閣からの夜景もなかなかやで?>  そうだ、そんな会話もした。だけどまさか、五階だとは思わないだろ? いつも仕事してるオフィスよりも低いなんて。 「大人一枚ください」  エレベーターに乗って、展望台まで上がった。  どこもかしこも金色だ。エレベーターも金ピカ。  あまりにもピカピカで、展望台の窓ガラスに室内ばかりが写ってしまう。  俺は顔を窓ガラスに近づけた。  Shinsekaiと書かれた緑のネオンが見えた。  ……高校生のおまえもここを歩いたり、したんだろうな。  道を歩いている人を見ようとして顔をさらに近づけると、ガラスに映った自分と目が合った。  げっそりした、暗い顔。嫌な気分になる。 「くっそ見えねえよ、おまえが綺麗だって言ってた夜景ってこれかよ!」  思わず顔を逸らして小さく吐き捨てた。 <大阪人はキラキラしてるもんが好きやから。許したってや>  キラキラって、夜景の方じゃないのかよ。  なあトオル、約束しただろ? 高校生まで過ごしたところを俺に見せてくれるって。嘘つき。  なあ俺はちゃんと夏休みを取ったよ。俺は約束を守ったのに、どうしておまえはいないんだ?  俺はめちゃくちゃイライラした。だけど、ずっと自分の顔ばっかり写す窓ガラスをじっと見ていた。 <……なあ、トモくん。カッカしなや> <綺麗な顔が台無しや>  だってこれが俺とおまえの最後の予定で。  ここから先の俺の手帳は真っ白だった。 <約束、守れのうてかんにんな>  だからここを離れたら、そう言って微笑むおまえの声が、もう、聞こえなくなる気がして。

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