1 / 8
第1話
まるで自分の混沌とした脳内のノイズかと勘違いしそうなほど、窓の外ではざあざあと雨が降り続けている。
湿度は高いがずっと太陽が出ていないせいで室内はやけに肌寒い。
どうしてこんなことになってしまったのか…。
高良 まどかは、これが現実でいいのかと自問する。
……こんな悍ましいことがあっていいのかと。
急逝した伯父の家に管理がてら住むことになった大学入学を目前にしたまどかは、掃除中『屋根裏にあるものを全て処分してほしい』という遺言があったのを思い出した。
そして、その中に見つけたメモをうっかり声に出して読み上げてしまったのが悪夢の始まりだった。
突然目の前に邪神を名乗る変質者(金髪碧眼長身眉目秀麗)が現れて、謎の催眠術か何かで悍ましい白昼夢を見せられた。触手に蹂躙されるという最低の悪夢だ。
目覚めると特に体に異常はなく、そこに男もいなかったので全て夢かと思いきや、変質者は通い始めた大学に教授として現れてまどかに悲鳴をあげさせ、両親には伯父の知り合いを名乗りこの家に住み着いた挙げ句、悪夢を恐れて実家へと戻っていたまどかまで一緒に住むように仕向けた。
『御子息には文化人類学に関して先見の明があり、また熱意もある。優秀な生徒として、また助手として、手元に預からせてもらいたい』
などと、普通なら不審に思いそうなことを尊大な調子でのたまったが、息子の目から見てもちょっといやかなり危機管理意識に欠ける両親は、息子への評価を素直に喜び、男が偉そうなのは権威のある人物の証拠だと捉えたようだ。
しかも母は、明らかに胡散臭い自称・大学教授の美貌に目がハートマークになっていて、話をまともに聞いていたかどうかすらも怪しい。
とにかくそんな調子でまどかは親にも見捨てられて、今はこの頭のおかしい男と二人きり……。
「権田 、このヤッチャンイカとやらは中々美味だな」
回想を終えて頭を抱えるまどかの目の前では、築四十年のごく一般的な一軒家の狭い台所の小さなダイニングテーブルにあまりにもミスマッチな金髪の美丈夫が優雅にカトラリーを操っている。
九頭龍 瑠璃夜 という明らかな偽名を名乗っているこの男、自称・邪神という危ない奴なのだが、本当に無駄なことに容姿は抜群だ。
すらりとした長身に整った顔立ちで、柔らかそうな金髪をゆるく後ろに流し、瞳は深い海の色。普段から着ているものはスーツで、今日はダークグレーに細かくピンストライプの入ったものを一部の隙も無く着こなしている。
一方まどかは、「かわいい」と評されて、異性には友達か弟という認識しか持ってもらえないことが多い。それなりに整った顔立ちというだけで恵まれていると思うべきなのかもしれないが、やはり見ただけで黄色い声の飛ぶような見目に恵まれた美青年に対しては面白くないと思う。
九頭龍は大学ではすっかり女生徒達の噂の的になっていて、欲しい方には熨斗を付けて差し上げたい気持ちと、自分以外の犠牲者を増やすような真似はできないという気持ちがせめぎ合っていた。
「お気に召したようで何よりです」
そして、何処からともなくやってきた権田という執事。
九頭龍に盲信と言っていいほどの忠誠心を抱いており、無礼な態度をとるまどかのことはよく思っていないようだ。
こちらも長身で端正な顔立ち。黒い髪をオールバックにしていて、目つきも鋭く黒いスーツを纏い、SPのように常に九頭龍に付き従っている。
同居させられはじめて二週間ほど。今のところあの悪夢を見せられることはないが、こんな環境で心安らかに生活できるはずもなく、まどかの精神は日々すり減り続けている。
しかも極めつけはこの状況だ。
『世界中で記録的な豪雨が続いており、洪水や土砂災害、そして生態系への影響までも懸念される事態となっています。現場の志門さん』
テレビでは、最近の地球規模の豪雨で被害が出続けているというニュースが延々と流れている。
「なんで…こんな…」
人や家が流されていく画像に、思わずぽつりと呟くと九頭龍は何を衝撃を受けているのかと言いたげに首を傾げた。
「この国では確か梅雨というのではなかったか」
「いや……、これ梅雨とかそういうレベルの話じゃないし結局お前らなんなんだよっていうかナイフとフォークで駄菓子食うなとかあああもうどこから突っ込んでいいかわからねえぇ!」
直視したくないことしか起こらない現実に、まどかは頭をパンクさせて絶叫した。
ともだちにシェアしよう!