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からかいはここまで。

町の巡回をして、「よし、今日も異常なし」と思った矢先。 「ねぇ、お兄さん、ちょっと来てほしいんだけど……」 ……変な少年に捕まった。 いや、最初は普通の少年に見えたんだ。中学生かギリギリ小学生辺りの子どもだ。そしてベージュを基調とした立派な家の玄関辺りから顔だけ出して俺を呼んだ。 俺は警戒しながら少年の手招きに応じ、家の中に入る。 「いったい何があったんだ?」 声をひそめて聞くが、少年は何も答えず俺の袖を引っ張ってリビングへの扉を開けた。まさか、この先に死体が……? 少年が先にリビングに入っていく。俺は固唾を呑んでリビングへ入った。……が。 「……? 何も無いじゃないか」 「違うの」 「は?」 「警察のお兄さん、そこに座って?」 ダイニングテーブルとセットになっている椅子の方に座るよう促された。 「俺はこれから交番に戻らないとならないんだ。子どもの相手はしてられない」 「だーめ、お願い!」 「……少しだけだぞ」 そう言って椅子に座る。するとそれを見た瞬間少年はとんでもない速さで、俺の両手を後ろ手にして椅子にそれぞれ手錠で固定した。俺はギョッとして手を拘束している手錠をガチャガチャと動かすが勿論とれるはずがない。 「おい、何考えてるんだ!」 その時点で、遅かった。俺は両足もそれぞれ椅子に固定されていたのだ。 変な少年に道端で捕まった上に、さらに家の中でも捕まって監禁されるなんて誰が想像しただろう。 「ねーねー、銃は持ってないの?」 「持ってるわけないだろ! あれは簡単に持ち出してはいけないんだ」 「なんだー」 少年はダイニングテーブルの上に座り、つまらないと言いたげにぶらぶらと足を動かした。 「えー、それじゃあアレは!? 警察手帳!」 どこまで人を遊び道具にするんだ。そう思いながら俺は不快感を表しつつボソッと、 「……左胸の内ポケット」 と答えた。すると少年はきらきらと目を輝かせて、座っている俺にまたがって密着しながら自分から見て左側の内ポケットを探す。 そっちは俺の右胸だ。こいつはバカか? 「逆だ、バカ」 そう伝えると「バカ」と言われたことに特に何も不快感を感じなかったようで、興味津々で内ポケットから警察手帳を取り出した。本当に子どもだ。見かけよりもずっと子ども。 「えーと、榎本巡査?」 「そうですけど」 「へぇー」 そう言って元あったところに手帳を戻して、今度は台所に向かいだした。 「名前見ただけかよ……」 おそらく俺のこんな愚痴も聞こえてないんだろう。 「榎本さんって麦茶飲める? 喉乾いてるでしょ」 「あぁ、飲めるよ。この手錠さえ外してくれたらな」 「それはダメ。僕が飲ませたいの。あ、口移しなんてどう?」 とんでもない提案に、反射的に「はぁ!?」と声が出る。 すると嬉しそうに少年は笑った。 「そう、その顔! 榎本さんみたいに普段笑わなそうな人の素の顔って大好き」 その屈託のない笑みに言葉が出なかった。少しでも「可愛い」と思ってしまった自分はどうかしてるんじゃないだろうか。相手は子ども、しかも男だぞ? 少年は麦茶をいれたコップを持ってきて座っている俺の脚の間に片膝を置き、椅子に片手で寄りかかって少し上から俺を見下ろした。 そしてさっきの笑みとはまた違う、急に大人びた笑みを見せる。 「僕ね、一度だけでもお堅い職業の人とこういうことしてみたかったんだ。ね、口開けて……?」 「お前、本気か……?」 「うん。口移しさせて」 もう少年はコップの麦茶を口に含んでいる。ここまでされては観念するしかなかった。 俺は目をつぶりながら口をわずかに開ける。すると触れ合った唇の柔らかい感じがしてちょろちょろと麦茶が口内に入るが、ほぼ半分は俺の口に入らず唇の端から漏れてしまった。 目を開けると少年は小首をかしげている。 「うーん……口移しって案外口に入らないもんだね」 「おい、気が済んだなら早く俺を解放しろ」 「だめ。もう一回」 「……んぐっ」 そう言って少年はまた、今度はキスをするのが目当てのように麦茶を俺の口に流し込んだ。当然いきなりキスされたせいで口は開いておらず、さっきよりも多量の麦茶が口の端からだらだらとこぼれる。 それを恍惚の笑みで眺めた少年は麦茶が伝っていく俺の首筋を、まさかとは思ったが唇を近づけて舐めあげた。 「なっ……!?」 動揺した声をあげる俺の様子も見ずに、少年は俺の首筋を人差し指でなぞる。 「あーあ。制服の首の所、濡れちゃったね」 「そうだな、誰かさんのせいで最悪な気分だ」 「そんなこと言わないでよ。僕はキス出来て嬉しかったんだから」 そこでまた恨み言を言おうとしたとき、俺はこの少年の名前を知らないことをふと思い出した。 「おい、お前……名前は?」 「僕の名前? 梓だよ」 「あずさ……?」 「言っとくけど僕は男だからね」 「それくらい見ればわかる」 とは言ったものの、梓は華奢な体つきで顔も女顔だったから、間違えるやつもいるかもしれない。 そんなことを考えていると、梓はまた何か思いついたようにパァッと笑顔になって部屋から出ていこうとする。 「おい待て、梓! 今度は何を考えてるんだ、お前!」 すると戸口に立った梓はすごくワクワクしている素振りで、 「もうひとつやりたいことがあったんだ! ちょっと待っててね、なるべく早くするから!」 「はぁ!?」 あいつは何を考えついてもおかしくない。そして拘束されたままどれくらい放っておかれるか分からない焦りと恐怖が入り混じった気持ちになる。 子どもだからと見くびっていたのかもしれない。なんだかんだとあいつは計算高いやつだ。 この手を椅子に固定した時も、俺が隙を見せた途端にまず利き手である右手から拘束して、それから左手を拘束した。梓の立ち位置からしたら本来左手から拘束する方が楽なのに、あえて俺の右手から狙ったのだろう。 ……なんてプロファイリングのような真似をしても、もう遅い……か。 最新の電化製品や高そうな家具を見て、それから大きい窓から射しこむ真昼間の光を見て。 俺は大きなため息をついた。思い出すのはさっきのキス。 こういうのもなんだが、悪くなかった。口では素直に言わなかったが。 そして梓は慣れた素振りであった気もする。 他のやつにもこういうことをしているのか……? そう思った瞬間、なぜだか苛立ちがこみあげる。わずかに露わになっている俺の本当の気持ちに、蓋をしたかった。 その時。 「おまたせ!」 部屋に戻ってきた梓の姿を見て、俺は硬直した。 なんと、バニーガールのコスプレをして出てきたのだ。なめらかな肌の太ももにはガーターベルトがついていて、二―ソックスはバニーガールでありがちな網目状のもの。 「どう? 似合ってるかな。靴も履いてみたんだけど、なんか痛くて履くのやめちゃった」 「お前……女装癖か何かか?」 「んー、どうなんだろ。でも女装でコスプレしたのは初めてだよ? だから着てる時すっごいドキドキした!」 そして梓は先ほどのように俺の目の前にあるダイニングテーブルに腰掛け、真正面から俺をじっと見た。 「さっきからずっと思ってたんだけど、お兄さんって結構かっこいいよね」 「……そりゃどーも」 「ねぇ、それじゃあさ……」 つま先までピンと伸びた梓の足が、俺の股間に伸びる。そして梓は首をかしげながら蠱惑的な笑みを見せて。 「えっちなこと、しよ?」 そんな殺し文句を言ってきた。俺は息をのむ。 すると梓は足で俺の股間をすりすりとなで始めた。 「おい、やめろ……!」 「やーだ。ねぇでもさ……硬くなってきてるってことは僕に欲情してくれてるって考えても……いいよね?」 「……っ」 言葉に詰まる。 すると梓は嬉しそうにテーブルからするりと下りて床に座り、俺のズボンのチャックを開け始めた。 やることはもう目に見えている。 「おい梓、それ以上は止めろ!」 「やだ。だって僕……お兄さんに一目ぼれだったんだもん。逃がしたくないよ」 そうして若干勃ち始めている俺のモノを引き出して、「わぁ……」と言ってから丁寧に舐め始めた。 「くっ……」 無理やり引き出された快楽に耐えようと目をギュッと閉じると、一旦舌が離れる。 「ごめんなさい……。僕、上手くなかった?」 その顔を見ると、心底不安そうな目で俺を見つめていた。 そんな顔を見せられたら、俺も強いことは言えない。そろそろ、本音を言うしかないか。 「違う……。なぁ、梓。お前他の男にもこんなことしてるのか?」 「えっ?」 梓は元から大きな目をさらに大きく見開かせて驚いていた。一秒ほど経ってからぶんぶんと首を横に振る。 「ううん、お兄さんが初めてだよ? こうやって人にえっちなことしたことないし、全部イメトレとお父さんが隠してたえっちな動画見て勉強しただけ」 「そうかよ」 素っ気なく言ってみたが、内心ほっとしていた。これはきっと……俺はこいつに呑まれている。 「あの、経験は確かにないよ? でもお兄さんに気持ちよくなってほしかったし、僕も気持ちよくなりたかったから……」 「わかった。わかったから、俺の手を解放しろ。足は外さなくていいから。俺が気持ちよくなっていいんだな?」 「うん……ちょっと待って」 すると梓はドキドキとした面持ちで俺の手につけられていた手錠を外した。そして何を思ったか、足に着けていた手錠まで外してくれた。 そして俺はその細い腰に腕を回して、顔が対面するように俺の膝に座らせる。梓は俺との顔の近さと、さっき自分が舐めあげた性器が気になるのかもじもじとしていた。 「……お前、エロい動画見てたんだろ? だったら実際にしてみて、本当の気持ちよさを教えてやる」 「……!」 梓はその言葉を聞いただけで赤面する。その時不意に下を見ると、女性用のバニーガールのコスチュームだからか胸元が膨らんでる作りになっていて、平たい梓の胸が上から丸見えになっていた。 しかも、大したことはまだしてないのに乳首が勃っている。 俺はその胸元に人差し指を引っかけて、べろんと梓の胸元を露わにした。 「わっ!」 梓は本当に驚いたようで、女の反応のように瞬時に胸元を両腕で隠す。その動作で俺の性欲は一気に増した。 「手をよけろ。気持ちよくなりたいんだろう?」 「う、うぅ……はい」 そう言って自ら腕を離す。するとなめらかな肌が現れた。俺は片手で梓の背中を支え、胸を張るような体勢にさせる。梓はその姿勢が怖いのか俺の首に両腕をしっかり巻きつけていた。 そして俺はもう片方の手でその胸元を撫でまわす。 「んんっ」 鎖骨をなでるだけでも体をビクビクと跳ねさせる梓を見て、俺はそれだけでも満足だったが、やっぱり梓の感じている声を聴きたかった。 そこで、胸を張らせたことで強調されている乳首を舐めまわしてみる。 「へっ!? あ、んっ」 慣れない快楽に落ちていることは容易くわかった。今度は強めに吸い付いてみる。 「あ、あぁ……お兄さん、ダメだよ……そんなに吸ったらおっぱい大きくなっちゃう」 「そうかもな」 「んん~っ! ね、お願いゆるしてっ……乳首大きくなっちゃったら、プールの授業にも出られなくなっちゃうよぉ!」 「そうだろうな。もしかしたら先生や生徒までお前の乳首に釘付けになるかも?」 「いやだよぉ……はずかしい」 いやいやと体をくねらせる梓に、体を撫でまわしていた手で腰のあたりをぐっと引き寄せる。そして背中を支えていた手で梓の後頭部に手を添えた。 そして今にも泣きだしそうな梓に顔を近づけて密やかに告げる。 「でも、本当はこれが望みだったんだろう?」 すると梓は恥ずかしそうに視線をそらしながらコクリとうなずいた。 「それなら」 俺は何か含みのある表情で梓に言う。 「急いでこのコスプレの上から普通の服を着て来い。外に出てもいいようにな」 「え、なんで……?」 「いいから早く。もっと気持ちよくしてやるよ」 その言葉に反応した梓はさらに顔を赤面させながらうなずいて……ものの三分ほどで戻ってきた。 「ね、ねぇお兄さん、なにするの……?」 その不安そうな表情を見て、かなりいい気分になる。そのまま俺は……梓の手に手錠をかけた。 「えっ……えぇっ!?」 「公務執行妨害だ」 そうして動揺して逃げようとするその体を抱きとめて、俺は玄関へと梓を引きずっていく。 「嘘だっ……ひどいよ、信じてたのに!」 「悪いようにはしない」 「もう十分悪いよ! 手錠で拘束したこととか、ごめんなさい! お願いだから許して!」 懇願する梓はいじめ甲斐があって可愛かったが、外で叫ばれたら困る。 だから俺は口元に人差し指をかざし、低い声音で梓に言った。 「外では叫ぶな。叫んだ瞬間にその服脱がして可愛いバニーガール姿を近所の人に見せつけてやる」 「そ、それ、脅迫ってやつじゃん!」 「ま、そういうことになるな」 そう言いながら俺は梓と外に出て家の鍵をかけさせてから、人の居ない路地を少し歩いた。 梓には自分のスマホを持たせるのを許可したからか、叫ぶことはしない。 そして路地を曲がった時……黒の乗用車が停まっていた。 「行くぞ」 「へ?」 俺は鍵で少し距離のある場所からその車の鍵を開け、後部座席に梓を乗せる。 「え、待ってよお兄さん。パトカーじゃないの?」 俺はその言葉を冷めた目で聞いていた。そして。 「正直、どれが『公務執行妨害』になるかわかんないんだよな」 「?」 そう言いながら警察手帳を取り出し……膨らんでる紋章の部分を、手で取り外した。 「!?」 そして後ろのクシャッとした所から金色の包装紙を適当にはがし、……なんとチョコが出てきた。 「え、えぇ!?」 俺は驚いて混乱している梓の唇に軽くキスをして、ネタばらしをする。 「残念ながら、俺も警官のコスプレ。お堅い人でなくて悪かったな」 「え、待って……最初から僕のこと騙してたの!?」 「騙したというか……まぁそういうことにはなるか。でもお前も手錠で俺のこと監禁しただろ?」 「うぅ、そうだけど」 「ってことで、そんな悪い子にはお仕置きだ。連行するぞ」 そのタイミングで俺は後部座席のドアを閉め、運転席に乗ると、梓は必死の形相で訴えてきた。 「待ってよ、どこに連行されるの!? 怖いのはやだよ……」 「お前ってホント、可愛いくらいにバカ」 「え……?」 俺は振り向きざまに笑って言った。 「連行先は、俺の家だよ」 からかいはここまで。-終-

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