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やとってください!番外編「一周年!?」

「イリヤさん?なんで目隠しなの?見えないよ」 「見えなくしてんだ。俺の腕を掴んでそのまま歩け」 「なんで?僕、いけないことした?お仕置きするの?」 「タァリ、それ以上喋るな」 「でも、僕、今日1回しか失敗しなかったし、新規のお客様に可愛いねーって褒めてもらったんだよ?」 「いいから、黙ってついてこい」 「でも見えないもん」 「だから腕掴めって」  閉店後のパティスリーには、オレンジ色の小さな照明が二つだけ灯されていた。その温かいが眩しすぎない明かりが照らすのはカウンターの後ろに並ぶパン用のディスプレー棚だ。開店中はフロアスペースもケーキ用のショーケースも、キッチンも明るい照明で照らされている。もっと言うなら、入り口の外を飾る花壇にだって夕方ライトアップされるように電球が設置されていた。  それでも今はこの小さな明かりだけが暗い店内を灯している。例え誰かが外を通り過ぎても、「中には誰もいなかった」と言うに違いない。  それもそのはず、この店の店主のイリヤも住み込みスタッフのタァリも店内にはいなかったのだ。閉店作業が終わり、住居スペースとなっている2階へと戻ってきた2人はいつも通り夕飯を一緒に食べるはずだった。  と、思っていたのはタァリだけだったようだ。  マイペースなタァリは特に何も難しいことも考えずに、とりあえずエプロンを脱いで着替えようと部屋に戻った。開きっぱなしだった窓に手を伸ばし、空が澄んでいてきれいだから星がキラキラしているんだな、なんて単純な感想を抱いた時だった。  イリヤがタァリのために選んだ水色のカーテンが、タァリの指先をかすめる。パティスリーで働きだして少しばかり筋肉はついたものの華奢すぎる体が、ぐんっと後ろに倒れ込んだ。 「うわぁぁ!」  心臓が止まるほど驚いたタァリだったが、それも一瞬の出来事。自分の両眼を覆う大きな手のひらと、胸部あたりを包んだ頑丈な腕を布越しに感じて、ホッと安どの息をついた。 「イリヤさん?なんで目隠しなの?」  イリヤはタァリに優しい。もちろん、失敗をすれば怒られるし、お仕置きと称してあれやこれやとされてしまうけど、結局イリヤはタァリを甘やかしてくれる。一文無しにこの街にたどり着いた自分を住み込みで働かせてくれ、手取り足取り教えてくれるイリヤがタァリは大好きだった。  ついてこい、と言われるままにタァリは恐る恐る足を進める。毎日歩いているはずのこの2階部分も、目が見えないといったい自分がどこにいるのか分からない。 「ねえ、イリヤさん。気持ちいことするの?」  決して自分は賢い人間ではないとタァリは自覚していた。本は苦手だ。勉強も眠気に襲われてどうもうまくいったためしがない。絵を描くのは好きだったけれど、それより甘くて口の中がトロトロに溶けてしまうケーキを作れるイリヤのほうが好きだった。  そんなタァリが頭をひねって出した答えが「気持ち良いことをする」だったわけだ。    それは、ここに来るまでタァリには未経験だったことで、ケーキやタルトの種類を知っていくように、イリヤに少しずつ毎日教わって楽しめるようになってきたことだった。時に激しく、時に甘く、イリヤはタァリを甘やかせてくれる。寒い冬も、全裸になってイリヤに抱かれれば、中も外も温かくなれるから便利だ、とタァリは思っていた。 「脱ぐ?僕、脱いだほうがいい?」 「タァリ!お前、口チャックだ!」 「え?え?イリヤさん怒ってるの?なんでぇ…ごめんなさい」  うう…と涙声になりだしたタァリの頭を男らしい手のひらが撫でる。次の瞬間に、すっと視界が明るくなった。 「タァリ!一周年記念おめでとーーーーーーーー!!!」  クラッカーがパーン!とはじける音が響き、見知った顔が驚いて目を見開く少年を取り囲んでいた。訪問者たちが持ち寄った料理が置かれたダイニングテーブル、壁に飾られた「祝 一周年記念!」の弾幕、窓のふちを飾る紙テープの色。タァリは混乱しすぎて機能しなくなった頭をせわしなく動かし、現状を飲み込もうとしていた。 「え……みんな……?なんで?え、一周年記念ってなんの一周年記念?」 「タァリ君、もう、面白いわね。あなたの一周年記念に決まってるじゃない!」 「そうそう、近所のみんなと常連客のみんなでお祝いをしようって決めてイリヤさんに無理を言ったのよ」 「ああ、ってことで仕事後にお邪魔しちゃって悪いな」 「だ、大丈夫で、す……多分……」  一年とは、思ったより早く過ぎるらしい。  「独り立ちしたい!」と決めて故郷をでてここに辿りついてからもう1年もたっていたらしい。  嬉しいのに泣きそうで、叫びたいけど言葉にならない、そんな意味不明の気持ちにタァリは硬直してしまった。 「タァリ、大丈夫か?」 「うん、ぼ、僕……どうしよう、泣きそう」 「驚いたのか?サプライズパーティーにしないほうがよかったか?」 「イリヤさん、違うの。僕、嬉しくて。だって、みんな、僕のことお祝いしに来てくれたよ」 「ああ、そうだな。お前はもうこの町の一員だからな。祝うなら盛大に祝わおう!」  乾杯しましょ、と花屋の女性がグラスをタァリに差し出す。オレンジジュースの入ったグラスを受け取り、涙がこぼれそうな瞳を片手で拭うと、タァリはリビングルームに集まった20人ばかりの近所の人たちの方を向いた。 「皆さん、お祝いしに来てくれてありがとうございます!これからも僕をよろしくお願いします!」 「タァリにかんぱーい!」 「「かんぱーい!」」  もし、何かの間違えでこの町にたどり着いたら寄ってみてほしい。迷子に?迷子になることは絶対にない。「おっちょこちょいだけど明るい男の子が働いているパティスリー」と言えば、誰かが道案内をしてくれるはずだから。    終

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