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第1話
あ、今日も違う子だ。
帰りの電車でいつも見かけるイケメンのそばにはいつも女の子がいる。いつも違う子だ。本当に滅べばいいのにと思う。
しかもイケメンは女の子の話にあまり興味はないのかいつも適当に相槌をうち眠そうにしている。マジで滅べばいいのに。
今日の子可愛いな。
イケメンを見るたびに微かないらだちを抱える。なら見なければいいと思うのだが必死にイケメンに話しかける女の子の姿がいかにも恋する女の子であり、なんだかキラキラしているように見えてついつい、いつも見てしまう。いつか俺もあんな眼差しを独り占めできる可愛い彼女がほしいと思う。思うのだが今のところその予定はかけらほどもないため仕方なく、今日もイケメンの方をチラリと伺う。
車両の真ん中付近でだるそうにつり革に捕まり窓の外を眺めるイケメン。そのイケメンに話しかける女の子の顔をドア付近からちらっと見る。その子はあまり反応がないのであろうイケメンにいじけてみせたり、笑いかけたり、つついたり色々な表情を見せていた。
やっぱり可愛いな。
できるだけ自然な感じになるようにイケメンの方を伺う。あまりガン見しないように気をつけている。見知らぬ人の顔をじっと見ないという自分なりの配慮だ。まぁだいたい女の子はイケメン以外の風景に興味はない。たまに女の子と目が合ってしまうときがあるのでそのときはすぐにその横の広告を見てましたよという体を取りそれ以降の観察をやめることが多い。
今日はいつもよりも多めに見てしまった、可愛かったな。そう思った頃、俺たちが降りる駅に電車が到着する。
俺とイケメンは同じ駅で降りる。ちらりとイケメンを見ると女の子がイケメンの腕を掴んでいた。どっか遊びに行こうって感じかな。こういう場面も度々目にする。大抵はイケメンがのらりくらりと腕を払って電車を降りることが多い。
今日の子は結構しっかりと掴んでるな、押しが強い感じなのかな。
そう思いながらドアが開くのを待つ。すると珍しく「いい加減にしろ」というイケメンの声が聞こえた。見るとイケメンが女の子の腕をけっこう強引に振り払っていた。女の子はそれにめげることなく「えぇ行こうよ〜」と言っている。
押しが強すぎるのは減点だなと勝手なことを思いつつ電車から降りた。そのまま改札への階段に向かうと後ろからイケメンが走ってきて階段を駆け下りていった。
逃げたな。
あのイケメンはどうも女の子が苦手なのではないかと思っている。愛想笑いの一つもしないし女の子に話しかけているのも見たことがない。この駅まではどうにか我慢しているという感じだ。モテすぎるのも大変だなと思うがいつも違う女の子が一緒にいるのも事実なので俺の中のイケメン滅べという感情に揺るぎはない。
改札を出るとイケメンが自販機でジュースを買っていた。俺も買う予定だったので自販機に向かう。最近ここの自販機の炭酸ゼリーにハマっている。家までの道のりにはこのメーカーの自販機はココしかないのでイケメンがいようが俺は自販機に向かう。
目当ての飲み物を買って取り出し口から出そうとすると横でジュースを飲んでいたイケメンからため息が聞こえた。おもわず苦笑いしてお疲れという言葉を胸の中で呟く。するとジュースを飲んでいたイケメンが俺を見た。
あれ?「声にでてた?」と聞くとイケメンがうなずく。そうか、やってしまったなと思いながらいつものように体は自然と缶を振る。
缶に書かれている回数の半分でやめるのが俺の最近のお気に入りの飲み方だ。冷たくないととても飲めたものではないのでここで飲むしかない。
「それ、うまいか?」とイケメンが訝しげに聞いてきた。なんだこいつは、俺がまずいものをわざわざ金だして買うようなやつだと思ってんのか?仕方なく「うまいよ、冷たければ」と答えた。「ふーん」とイケメンは自分で聞いてきたくせに興味なさげだ。イケメンは男相手でも塩対応なことが判明した。
それ以降特に会話をすることなく俺は炭酸ゼリーを飲み終えると家に帰った。
次の日は委員会活動でいつもより一本遅い電車に乗った。いつも通り改札を出て自販機に向かうとイケメンがいた。イケメンは俺を見つけると手に持った缶を押し付けてきた。「マズイんだけど」と言われて受け取ったものは昨日俺が買った炭酸ゼリーだ。しかもほんのりぬるくなっている。
ぬるい炭酸ゼリー、しかもイケメンと間接キスとかどんな拷問だよと思った俺は数分間に及ぶ無言の攻防の末もとの持ち主に返すことに成功した。
イケメンは仕方なさそうに、まずそうに、返却された飲み物を飲んでいる。俺はそれを確かめてから自分の分を買った。
「はぁ?同じの買うならこれ飲めばいいじゃん」とイケメンが理不尽な言いがかりをつけてくる。「ぬるいとまずいからやだ」と正当な理由をつけて俺はそれを突っぱねた。
その日もそれ以上の会話はなく、すべて飲み終えると俺は家に帰った。
それから、なんとなく学校帰りに自販機前でイケメンとジュースを一本飲むという謎の時間が生まれた。一緒の電車の時でも特につるむ事もなく別々に改札を出て自販機前にバラバラに行きそれぞれジュースを買って飲み、終わるとまたバラバラに帰る。会話もほとんどする事はなく一言も話さない事も多い。お互いの名前も知らない。
イケメンは最近ずっと缶コーヒーを飲んでいる。俺は炭酸ゼリーを全制覇してちょっと飽きたので最近はメロン飲料だ。俺が飲み物の種類を変えるたびにイケメンが変な物を見るように俺を見るのが納得いかない。
今日も電車でイケメンを見つけた。今日は以前見かけた可愛いけど押しの強い子と一緒だ。イケメンはすでにうんざりした顔をしているように見える。
おーおー大変だなと思いつつ観察をやめてイケメンに背を向け窓の外を眺めた。イケメンが嫌がっているのを知ってしまったので以前のように純粋に見ることができなくなったのだ。
二駅ほど過ぎた時女の子の「ちょっと約束が違うじゃない!」というけっこう大きい声が聞こえた。「約束ってお前らが勝手に決めた事だろ」とイケメンが反論している。なんだ修羅場かと電車内がざわついていると当事者のイケメンと目が合った。イケメンはそのまま目をそらすことなく俺の側まで来る。ちょうど電車が駅に着き、少しバランスを崩した俺の腕をイケメンが掴んだ。イケメンは俺の腕を掴んだまま目の前の開いたドアから電車を降りた。
「なんで俺まで降りる必要があるんだよ」と文句を言うと「すまん」と素直に謝られた。仕方ないのでホームのベンチに座り次の電車を待つ。イケメンはベンチ横の自販機で缶コーヒーと少し悩んでナタデココ入りのドリンクを買い「お詫び」と言ってナタデココの方を渡してきた。ありがたく受取るが俺に何がいいか聞かないのは何でだろう。飲むけど、好きだけど。
いつもと同じ時間に場所は違えどいつもの光景が出来上がった。俺は疑問に思ったことを聞いてみる。
「あれって当番制かなんかなの?」
「………らしいね」
「ふーん、すごいね」
「何が?」
「なんかいろいろ」
そう答えたら何かツボに入ったのかイケメンがいきなり笑いだした。ひとしきり笑い終わった後、冷静さを取り戻したのか小さい声で「悪い」と言ったので今度は俺が笑ってしまった。
次の電車がやってきたので二人で乗り込んだ。
特に話すでもなく二人並んで窓の外を眺める。
俺たちが降りる駅についた。イケメンが電車からさっさと降りるのを少し足早に追いかけた。ホームの中ほどで足を少し止めたイケメンは俺が追いついたのを確認するとまた歩き出す。二人で並んで改札を出た後一緒に足を止めて顔を見合わせた。
「今日の分はもう飲んだな」と言うとイケメンは「うーん」と唸った。
そして今は駅前のベンチに二人で座っている。やっぱり特に会話はないが居心地はいい。そろそろ晩飯が出来上がる時間なので帰ることを告げるとイケメンは「またな」と言った。
次の日の朝、珍しくイケメンと同じ電車になった。と言っても気づいた時はすでに場所は離れていて近づける状況でもない。
目が合った、ただそれだけだ。
俺の学校の最寄り駅に着きもう一度イケメンを見るとまた目が合った。俺は軽く頷いて電車を降り、学校へ向かった。
帰りの電車でイケメンを探すが乗っていなかった。改札を出ていつもの自販機の前に行き、飲み物を買おうとして手を止める。そのまま何も買わず駅前のベンチで次の電車が来るのを待った。だが次の電車にもイケメンは乗っていないようだった。
俺は何をしているのだろう。別に約束をしていたわけではない。ほとんど話はしてないし名前も知らない。それなのになんでこんな時間まで一人で勝手に待って泣きそうになっているんだろう。馬鹿みたいだ。
カバンを前に抱えて顔を埋めていた。そのままいくらか時間がたった頃、誰かが走ってくる音が聞こえた。顔を上げると息を切らしたイケメンがそこにいた。
「泣いてるのかと思った」とイケメンは情けない顔で俺の前にしゃがんみこんだ。泣きそうだったと言おうとして、やっぱり泣いてないと言おうとしたが、どちらにしても、何か話すと涙がこぼれそうだった。
イケメンは俺の頬に片手を添えると「遅くなってごめん」と言った。
約束なんてしてなかった。
俺が勝手に待っていただけだ。
でも触れられた手の温度が伝わって来るともう涙を止める事はできなかった。
イケメンは俺の頭を抱き寄せるともう一度「ごめん」と言った。
イケメンはいつもの自販機で缶コーヒーとココアを買って戻ってきた。
少し不安げに俺にココアを渡してくる。俺はココアも好きだ。「ありがとう」と言うとホッとした顔をした。
イケメンは「当番制やめさせてきた」と言った。
「もともと意味わかんないし、面倒だからほっておいたけどもう無理だと思って」
なるほど、よく分からないがひどい修羅場だったのではないだろうか。だが想像力がないので修羅場がどんなものかという想像もできなかった。俺がせめて修羅場の漢字を思い出そうとしていると「聞いてる?」と言われ俺は大きく頷いた。
「そしたら、まぁ予想通りなんだけど揉めて、泣くし、喚くし、好きな人と少しの間だけでも二人きりになりたいだけとか言われて。俺だって好きなやつと少しでも長い時間二人っきりになりたいのに。だから邪魔だって言って帰ってきた」
それは解決しているのだろうか?
ただ逃げて来ただけではないだろうか?
でも「好きなやつ」と言った。
イケメンを見るとなぜか少し得意げだ。
「もう両思いだってのはわかったんだ。あとは名前と連絡先を知るだけだ」
「なんかそれ順序おかしくない?」と言うと「おかしくないよ、早く教えろよ」と言うので俺たちは連絡先を交換し、明日一緒に帰る約束をした。
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