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その浮世絵は後世まで残る名作となっていた。 薄墨の空に朧月夜。 ぼかした蒼い海に月光が浮かんでいる。 月夜を一人の女が障子を開けて眺めていた。 後頭部から描かれていて顔は全く描かれていない。 白く長い首筋が儚さを感じさせる。 漆黒の帯と紅絹の八掛(はっかけ)。 『人待ち月夜』と名付けたれたこの作品を描いたのは名も無き絵師。 惚れた女を写し取ったものだと噂されていた。 誰を待っているのか。決して己ではない誰かを待っている。 そんなことを分かっていながら、この絵師は愛する人を美しい情景の中に置いて描いたのだ。 彼が描いた作品で残っているのはこの一点のみであった。

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