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3粒目

 夜食に近い夕飯を済ませると、風呂に入り、同じベッドで眠った。 ルーチンするだけの健全な生活を彼はどう捉えているのだろう。 ほとんど義務に近いことは確かだ。 ベッドの中考え込む棗を後ろから抱きしめ、男がじゃれつくように項を甘噛みした。 「……最近発情期来てないな。匂いも薄いし」 「あ、ああ、番ができたら落ち着くヤツもいるらしいし、それなんじゃね?」  ドキリとしたがすぐに立て直す。 想定内の会話なら返す言葉も決まっている。 「それにしたってもう半年だぞ。どこか悪かったらどうするんだ。今度病院行こう」 「大げさだな。いいよ、そんなに言うなら明日一人で行ってくる」 「本当だな」 「ほんとほんと。じゃあもう寝るぞ」  腰に回された腕をあやすように軽く叩くと、男は棗の後頭部に口づけた。 空気が柔らかく微睡み、すぐに馴染みのある寝息が聞こえ始める。 今夜も完璧なまでの健全ナイト。 抑制剤を飲んでいなければこうはいかないだろう。  規則的な呼吸音に誘われ、棗が睡魔に手を伸ばしかけたその時。 「――……りか、行くな……。まり、か……」  掠れた声が呻くように絞り出された。途端に睡魔が遠ざかり、胸の中心がすうっと冷たくなる。 彼は時折夢の淵でうなされては同じ言葉を繰り返した。 まりか行くな。まりかごめん。 「またかよ」  一度や二度なら知らないフリもできたが、寝食を共にして一年、いまだに彼の悪夢が終わる気配はない。 夢に見るほど強く想う相手がいながら、棗の存在が障害となり、彼を引き止めている。 親しみが一種の愛情だとしても、これ以上彼を繋ぎとめる理由にはならない。  突然発作のような痛みが棗を襲い、ギリギリと頭を締めつけた。 「……いってえ……っ、くそ」  わかっている。身体的にも潮時だ。彼を忘れるための薬は、棗の体には強すぎる。  そもそも一つ屋根の下で暮らすようになったのは、事故に近い形で番になったのが原因だ。 二十も年の離れた子どもと既成事実を作ってしまった彼は、潔く不測の事態を受け入れた。 教職に就くような人間だからこそ、高い倫理観が仇になった。

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