1 / 1

そのあと

「まあまあ。悪いようにはしないから」  悪いことしかないんだけど、こいつは何言ってんだ。 「コスプレした結果がビッチだなんてなかなかないぜ」 「正直もっと似合わないと思ったけど、まあ、見れなくないし」  何が楽しいのかわからない。二人の声はさっきより弾んでいて、幼馴染に至っては助けるどころか口出しすらしない。  顎に手がかかって強引に取り巻きAの方を向かされる。顔を掴んだ手は離されることなく、痛くはないが逃げられない程度の強い力で掴まれ続ける。幼馴染ほどじゃないけれど、整った顔が近づいて鼻息が顔に当たった。まじまじと見られたところで、俺は尻軽女にゃ似てないし第一男でお前らと同じ学校に通う普通の男子高校生だ。笑い出すかため息を吐くか、そのどっちかだと思ったのに信じられないことを言い出した。 「薄目で見りゃイケんじゃん?」 「なんか、それ可愛いじゃん。ちっちゃい口だなぁ、キスしてもいい?」 「はあ!? やめろっ、ばか……」  さっきまでカーストトップの奴らだと思っていたのに、今じゃ嫌がらせをしてくるただのチャラ男だ。整ってると思った顔も、幼馴染に比べたらうんと下だ。 「んっ、やだ、やめろ……っ」  いやなのに避けられない。なんとか顔を強く振って近づく唇を避ける。頬に触れた瞬間足元からぐんと冷えて寒気が背中を駆け上がった。夢見る女子じゃないけれど、ファーストキスをここでこんな風に失うのはごめんだ。頬を差し出してぎゅっと強く目を閉じる。現実逃避していると、大きな手が俺の顔を覆った。 「それ以上はだめ」 「なんでだよ。お前も楽しめばいいじゃん」 「これ、俺の幼馴染だってわかってやってる? 男だぞ」 「ただの幼馴染だろ? 別に仲良くなさそうだし。男なのは知ってっけど、楽しめるだろ。ちょっとくらい貸してよ」  ぽんぽんと続くやりとりに俺の意志はどこにもない。こいつの幼馴染とか男とかってちゃんとわかってるのにこれってなんなんだ。楽しむとか勝手に決めないでほしい。俺は楽しくないし飯を食いに来ただけだ。  おいてけぼりの俺には一切意見させずに三人のやり取りは進む。この隙に逃げるか? 俺にしちゃいいアイディアだと思ったけど、そうなるとやっぱり女装のまま外に出なくちゃならなくて詰む。 「だめでーす。俺のだから、俺しか触っちゃダメ。わかる? あぁ、そこで見てるのはいいけど」  立ち上がった幼馴染の纏う空気はしんと冷えていた。そこ、と指差した先は冷たい湯かでソファですらない。  軽い口調とは正反対の恐ろしい目をしている。有無を言わさない空気に取り巻き二人も黙りこくった。幼馴染のせいで部屋の温度が更に落ちて、寒くてカタカタと体が震え出した。幼馴染は滅多に怒らない。沸点が人よりかなり高い。むしろ無いレベルだ。誰でも怒るような場面でも、笑ってうまくこなす幼馴染が、今はものすごく怒っているように見える。俺ワンピースなんですけど?! ……このままじゃ風邪をひきそうだ。  恐怖で震えてるんじゃない、寒いんだ。両手で自分の肩を抱いて凍えていると、幼馴染がくるりと俺に向き直った。顔はいつもと同じなのに能面のように温度がない。整った美しい顔は作り物のようだ。 「昔からよく知ってる幼馴染の俺に触られるのと、知りもしないこいつらに輪姦されるの、どっちがいい?」  選ばせてあげる俺は優しいだろうと、言いたげな表情だけどどっちもお断りしたい。むしろなんでその二つの選択肢で俺が素直に選ぶと思ったのか謎だ。帰りたい。合コンなんて場違いところに来たのが間違いだった。罰が当たったんだ、神様ごめんなさい。 「……帰るっ」 「それは無しデショ」 「俺のものなのに勝手におっぱい触らせた罰。ほら、どっちにすんだ?」 「俺たちと気持ちいいことしようよ、そんな意味わかんねえ幼馴染放っておいて」 「助ける気もない幼馴染なんていいじゃん、優しくするから」  好き勝手言いやがる……! 俺の言葉は誰にも聞こえてないのか? 俺だけ異世界にでも飛ばされたのかって不安になるだろ。っつか、あまりにも聞いてもらえなさ過ぎだろ。話の中心俺だろうが!  優しくするからって今までの日常でお前たちが俺に優しくしたことがあったか? むしろ俺という存在を認識していたかすら怪しい奴が何を言ってるんだ。目が血走ってる、そんなに人肌に飢えてるならどっかでナンパでもして来いよ。お前たちならすぐに可愛い子が掴まるだろ。なんで俺なんか……勘弁しろよ。  正論が通じない空気に俺は益々逃げられなくなる。幼馴染は今じゃただのご近所さんだ、取り巻き二人のことなんて何も知らないのに選べるはずがない。気持ちいことも楽しいこともしたくない。  でもヘタレだからわかる、これはもう……逃げられない。 「……クソ野郎、なんなんだよ。いいよ、じゃあお前にする。知らない奴らより、お前だけがいい」  カレーとうんこのあの究極の選択だ。仕方なく、本当に仕方なく幼馴染へ手を伸ばす。取り巻き二人はゲラゲラと笑いながら部屋を出て行った。なんだあっさり過ぎないか、くそ冗談だったなら言えよ!選んじまっただろ。  ばたんと防音のドアが大きく音を立てて閉まったのを合図に、どでんと勢いよく幼馴染がソファに腰掛けた。俺よりずっと太い両腕が俺へと伸びて強引に引き寄せられた。子供を抱っこするように持ち上げられて、ソファに座る幼馴染と向かい合わせになるように膝を跨ぐ。 ──これ、えっちな動画でよく見るやつだ!  ぴかーんと気付いている場合じゃなかった。どう考えてもおかしい。俺は幼馴染を選んだけれど、望んで何かをしたい訳じゃない。逃げる隙を探す俺のことなんて丸わかりだと、幼馴染の手は俺の腰と後頭部をがっしりと抑え込んだ。 「なんだよ」 「口開けろ、舌出せ」  目が怖かった。殴られるとか、そんな怖さじゃなくて獲物を目の前にした肉食獣の目だった。ゆっくりと口を開けて舌をんべえっと出すと、ぐっと両手で抑え込まれて幼馴染の口が俺の舌と唇を塞いだ。熱くぬめった舌が俺の口の中を這いまわる。唇が密着してるせいで呼吸すらままならなくて、苦しくて幼馴染の背中に自然と手を回して縋ってしまう。 「ぁ、あっ……んぅ、あ、まて……ゃあっ」 「黙ってされてろ……っ」  歯の検診じゃないんだからってくらい前から奥まで全部の歯を舐められる。舌は噛まれるし上顎を突かれてくすぐったくてまた変な声が出た。濃厚過ぎるキスで酸欠になってきた。頭がぼーっとする。好かれてるんじゃないかって勘違いするようなキスだった。ファーストキスだってことに気付いたのは大分あとだった。  頭を押さえていた手がするりと落ちて、体を撫でまわし始めた。あちこち遠回りしたあと、ワンピースの薄い生地の上からぽちっと立ち上がった乳首に触れられる。今までただの飾りだとしか思ってなかったのに、キスのせいでかりっと爪でかかれるだけでびりびりと気持ちよさが走る。やっと口が解放されて鯉みたいに必死に酸素を取り込んでいると、首筋がべろりと舐め上げられた。耳を噛まれてまた甘い声が出る。こんなの俺の体じゃない……だけど気持ち良過ぎて何も抵抗出来ない。縦横無尽に動き回る手と舌は、俺の体のことを知り尽くしてるかのように的確に気持ちのいいところに触れていく。硬くなった乳首はくにくにいじられ続けて下着の中がむわりと蒸れた。今更かもしれないけど、これこのあとどうなんだ? なんだか立ったのをバレたらとんでもないことになる気がする。すすっと気付かれないように腰を引こうと膝に力をいれた瞬間、すぐに太い腕に捕まった。 「だめ」 「っひぃ……」  逃げ損ねただけじゃなく、スカートの裾から手を入れられた。スカートのおかげで見えてはいないけど、あっという間に下着はずらされて立ってしまったちんこを握られる。薄い生地に先走りがついてシミが出来る。触られてるのは見えないのに、そのいやらしいシミだけが見えて居た堪れなくて恥ずかしくて、思わず抱きついた。 「なにそれ、犯したくなるじゃん」 「な、おかっす、とかばかだろっ、あぁっ」  スカートが揺れる。その下で大きな手に扱かれているせいだ。自分の手じゃないだけで、比べ物にならない位気持ちがいい。 「お前も舌動かせ……」 「あっ、わかんな、いっ……あぁっ、あ、やっ」 「エロい顔……お前それ俺以外に見せんなよ」  エロい顔してんのはどっちだよ。翻弄されつつも幼馴染の顔を見たくて必死に目を開けた時に見た表情はきっとこの先一生忘れない。どのえっちな動画の男より色気がすごくてえろい顔をしていた。じゅるじゅると音を立てるキスも這いまわるても、きっとそのどれよりもすごい。相手が俺じゃなきゃもっといいけど、でもこんなのきっとこいつじゃなきゃ味わえないから、このまま好きにさせてもいいかと思う自分もいたりする。快感に弱いのは仕方ないだろ、俺だって男子高校生だ。 「あっなん、で、っあ、あ、あひっ、んぁっ」 「あ? んなもん、俺のもんだからだろ」 「ぁん、いみわかんなっ、……ん、ふぁっだ、め、でちゃ、あ、あ、……あああぁ──っ!」  キスされて乳首を摘ままれてちんこまで扱かれて、童貞の俺はあっけなくすぐにイかされてしまった。びゅるるっとスカートに精液がついた。直前まで汚しちゃダメだって思ってたはずなのに、いざ目の前に星が飛ぶとそんなことどうでもよくなってしまった。 「よっ、汚しちゃっただろどうすんだよこれ!」 「新品買って変えときゃわかんねえよ」  スカートについた精液がクーラーで冷えて、それが俺の下半身にべたりと張りつく。気持ち悪いしいつまでも膝の上にいたくない。さっきのは事故だと思おう。信じられない位気持ちがよかったけれど、事故だ。うん、事故だ。  せめて膝の上からは逃げ出そうともがくけれど、腰を掴んでいた手は背中に伸びて離さないとばかりに強く抱きしめられた。お前にも精液つくぞと捩ってみても、腕は拘束を緩めてくれない。むしろもっとぎゅうっと抱きしめられる。  いつもの横柄な幼馴染とは様子がちょっと違って戸惑う。逃げるのを一旦止めてぐいぐいと押し付けてくる頭を撫でてやる。きれいに明るいブラウンに染まった髪に触れたいと思ってるやつはたくさんいるだろうに、俺なんかが触って申し訳ないね。 「お前、もう俺のだからな。ちゃんとわかってんのかよ……」 「わかんねえよ、まじで意味わかんねえ。今まで散々放っといて何言ってんだよ」 「自主性を尊重してやってたんだよ。でももうだめだ、こういうの俺の知らないところであったら俺人殺しになっちまうわ」 「はあ? 本当意味わかんね。バカだろ」  突然の人殺し発言にマジで背筋がぞっとした。俺が大事なのはまあ、わかった。幼馴染だし、方向がおかしいのは置いておくとして。大切な人がちゃらい奴らにいたずらされたらそりゃ怒りもするだろう、でもなんで人殺し……バカ過ぎだろう。 「バカじゃねえわ。自分のもんに手ぇ出されて普通にしてる方がおかしいだろうが」 「それだよそれ。あのな、モテモテのお前は知らないかもしれないから教えてやんよ。俺は! 俺のもんだ」 「それこそ何言ってんだ。初めて会った日からお前は俺のだ。俺が決めた。拒否権はなし」 「なんでだよ意味わかんねえ、ひゃあっ、んんっ!」  拒否権がない意味がわからない。初めて会った日からって何年前の話してるんだ。混乱する俺を置いて幼馴染の手はさっきのように体を撫でまわす。服の上から乳首をひっかかれると背中を快感が駆け抜ける。摘まんでひっぱられると幼馴染に凭れ掛かるように腰から力が抜けてしまう。  体は賢者タイムを終えたところで、すぐに熱を持ち出した。何されても感じてしまって情けない。幼馴染の首筋は香水の匂いが消えて、当人の匂いがした。くんっと吸うと胸いっぱいに仲の良かった思い出が広がった。甘えたくなってすりすりと顔を擦り付けると大きなため息が聞こえた。がちゃがちゃとベルトを外しファスナーを開ける動作は切羽詰まって見える。ジャマだとスカートがグシャリと丸められた。赤黒い血管の浮いたちんこは俺よりずっとでかくてぐろい。先が濡れていやらしいのに、気持ち悪いと思わないことが不思議だった。大きな手が俺のとふたつまとめて握る。だらだらと垂れる先走りでゆっくりと扱かれているだけなのにぬちぬちといやらしい音が聞こえた。 「ちっさくて可愛いな……昔とちっとも変ってねえじゃん」 「さ、いてい……っあ、んんっ」 「言って、あっな、い……あっあ、んっ」 「じゃあもうどこ触られても何されてもイかないな? 時間めいっぱい俺がたっぷり可愛がってやるからその間、一度も行かなかったら逃がしてやる」 「あ、あ、あ、っや、なんだ、よ、それ……」  甘やかすようなキスと呼吸すら奪うようなキスが交互にやってくる。気持ちがいいことも、こいつが俺をちゃんと見てることも、どっちも逃げない理由にはならないのに、俺にはもう逃げる気持ちはなくなっていた。俺は俺のものだけど、了承してないのに勝手に始まって拒否権がないのなら、もうそれは逃げるだけ無駄だ。  俺に夢中になってる幼馴染を、何故か可愛く思えてしまったあたりから、雲行きは怪しかったんだ。 「せいぜい我慢するんだな」 「あぁっ、そこ、やっ……んっ、や、やらぁっ、あ、あ、ああっ──っ!」  鞄の中のティッシュじゃ足りないほどイかされたのは言うまでもない。タオルを投げつけて水でぬらすように命令をすると、幼馴染は大人しく従うようできちんとタオルを受け取った。しかも俺なんかにパシリにされてるのにその表情はどこか嬉しそうで意味がわからない。何でもできるカーストトップにいるくらいだ、頭の構造が人とは違うのかもしれない。  トップに立つにもいろいろあるのかと不思議に思っていると、ケラケラと乾いた笑いは絞ったタオル片手に幼馴染は戻ってきた。俺の目の前で足を止め、ぐちゃぐちゃに乱れた俺の体を舐めるように見下ろしている。タオルは手に持ったままで渡してくれそうになく、幼馴染が何を考えているのかわからない。焦れた俺がタオルを寄越せと手を伸ばしてもタオルが渡されることはなく、代わりに幼馴染の整った顔が俺の顔のすぐ横に近づいた。 「ガキの頃、散々お前にやったろ。おもちゃも菓子も。その分今返せ」 「返せって無理だろ、っつか何言ってんだよ」 「返せないだろ? だからお前の処女は俺に寄越せ」 「……しょっ、処女? 俺は男だよ、バカなのか?」 「欲しいものは全部やってきたはずだ。それに今お前何回イった? お前の負けだ。お前の体も心も人生も全部俺のもんだ」  勝手に俺の人生が決められている……!  どんな顔でそんなこと言ってるんだ。馬鹿にしてたら許さない。まぬけ顔を見てやろうと首を捻ると目が合った。……優しい、恋人を見るような顔だった。そんな顔も出来るのかよ、整った顔は彫刻のように美しく力強い。小さな頃から一緒にいるのに初めて見た甘い表情にも、大きく色の薄い目がギラギラと光っていることにも驚いた。肉食動物のような瞳は、真っ直ぐに俺に照準を合わせている。背筋に大きな痺れが走る。恐怖か、それとも快感か。  あんな小さい頃からこいつはこうなることを考えて、俺にあれこれ譲ってたのか。  ああ、俺は一生逃げられないな。近々処女も失いそうだ。まあ、こいつならいいか。他人事のようにそう悟った。

ともだちにシェアしよう!