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第1話

”いつもリプやいいねありがとうございます。 よろしければ、オフ会しませんか?オフ会と言っても、2人きりですけど” 出会いは、今年の夏コミだった。コミケは初参加で、毎年ニュースにもなっているしどんなもんだろうという好奇心から企業ブースを冷かして帰るつもりだった。戦場とはよく言ったものだ。会場時刻に合わせて現地に到着したが、目的の品はすでに完売だった。同人誌に興味がない俺は、人の多さと日本特有の暑さと湿気にうんざりし、雰囲気も味わえたことだし早々に退散することにした。出口がわからず彷徨っていると、コスプレエリアに迷い込んだ。そこで目を惹いたのが、現在放送中のアニメの主人公とヒロインに扮したまみやんとみくるんだった。まみやんとみくるんは、完璧だった。炎天下にあっても汗ひとつかかず、一眼レフを向ける大衆の前でポーズをとり、表情を作っていた。撮りたい衝動に駆られたが、スマートフォンを掲げて本格的なカメラを持つ人たちに交じって撮影する勇気はなかった。ただ遠くから眺めることしかできず、帰りの電車の中でも彼らの姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。 その日の夜、スマートフォンで彼らについて調べてみた。夏コミ・コスプレ・アニメのタイトルで検索するとすぐにヒットした。その時、彼らがまみやん、みくるんというユーザーネームで、SNSをやっていることを知った。それぞれフォロワー数が5000人を超える人気のコスプレイヤーだった。ちなみに、彼らは年子の姉弟らしい。すぐさまフォローし、上げている写真を片っ端からいいねした。テストのことなど日常生活が垣間見えるような情報を公開し、飼い猫やスイーツの写真などもアップする姉のみくるんに対して、弟のまみやんのSNSはネタバレしない範囲でのアニメの感想など、アニメや漫画の話に終始していた。着眼点や好きな作品など、まみやんとは仲良くなれそうだと思っていた。コメントに対して、無反応を貫くみくるんの対してこまめに返事をくれるまみやんに好印象を抱いていた。 メッセージをくれたのは、まみやんだった。メッセージを読んだとき、これは夢かと疑った。フォローを返してくれた時も信じられない気持ちだったが、今回はこのまま俺は死ぬのではないかと思った。そして、なりすましかもしれないと警戒した。だが、会いたい気持ちが抑えきれず、日曜の午後2時から約束を取り付けた。指定された場所は最寄り駅近くのカラオケボックス。約束の時間が中途半端なのは、午前中に塾があったからだ。待ち合わせ場所が近所だったことに驚き、もしかしたら相手はストーカーかもしれないと思った。それでも約束の日が楽しみで待ち遠しかったのだから、己の危機管理能力の低さを認めざるを得ない。 約束の日、まみやんから部屋番号を添えて先に部屋に入っていると連絡があった。毎週恒例の小テストがあって、間違えた箇所を全て修正して満点の答案を作らないと帰らせてもらえなかった。今日はいつも以上に集中できず、散々な結果だった。従って、カラオケボックスに着いた時には15分遅刻をしていた。受付を済ませ、指定された部屋へ急ぐ。部屋はほぼ埋まっており、音楽が漏れて廊下に聞こえていた。まみやんがいるはずの13番の部屋は静かだったが、彼が確実にそこに居る事実にドクンと心臓が大きく脈を打った。部屋を覗こうとするが、すりガラスになっていて中の様子はわからなかった。3回ドアをノックし、返事を待たずに開けた。返事があろうとなかろうと、音漏れがうるさくて聞こえなかったであろうから。 白のTシャツに、黒っぽいジーパン姿。靴はブランドのスニーカー。すらっと伸びる四肢はしなやかに長く、黒目が印象的な整った容姿。一見どこにでもいそうな好青年こそが、憧れのまみやんだった。 「まみやんさん、ですか?」 ドアは開けっ放しだったが、もう廊下の音漏れは耳に届かなかった。頭は真っ白になっていて、何度もシミュレーションした自己紹介はごっそりと抜け落ちていた。 「ショータくん、だよね?初めまして、いつもお世話になってます」 ソファに深く腰掛け、メロンソーダを片手に俺を見上げていた青年が柔らかく俺に微笑みかけた。その瞬間、緊張がどこかへ吹き飛んだ。 「まみやんだ!!すっげぇ、かっこいい!本物だ!!握手してもらってもいいですか?」 バクバクと鼓動が早くなり、血液がすごい勢いで身体中を巡っているのを感じた。別にいいけど、と言いながらまみやんはメロンソーダをテーブルの上に置くと、俺に向かって手を差し出した。まみやんに近づき、恐る恐る手を握る。まみやんの手は水滴で濡れていて、冷房によって冷えていた。 「すっげぇ、俺、一生手洗わないです!!」 「いや、洗って?」 俺は大興奮で、まみやんは明らかに引いていたが、そんなことは気にならないくらい頭に血が上っていた。興奮しすぎて何を言われたか覚えていないが、促されてまみやんの隣に座っていた。 「外、暑かったでしょ。アイス食べる?俺フライドポテト食べたいな。適当に頼んでいい?」 メニューをぱらぱら捲るまみやんの言葉に、理解もせずに頷いた。まみやんが席を立ち、ドア付近の電話を取ってフロントに掛けた。まみやんの後ろ姿を眺めながら、声低いなとか、顔小さいなとかぼんやり考えていた。まみやんが急にこちらを振り返り、ビクッとする。無意識のうちに頭からつま先まで舐めるように見つめていた。 「ドリンクバー行って来たら?」 もしかしたらまみやんは俺の視線に気づいていたのかもしれない。まみやんの表情に、どこか冷たさを感じた。 「あ、はい……」 少し冷静になると、逃げるようにして部屋の外へ出た。今思えば、俺の方がドアに近かったのだから俺がフロントに電話を掛けるべきだった。失礼な態度をとってしまったし、気が利かないやつだと思われたかもしれない。せっかく会ってくれたのに、嫌われたらどうしよう。 空のコップに、氷とコーラを入れて部屋に戻ってきた。静かだった部屋からは、聴き慣れた音楽が流れていた。静かにドアを開けると、いきなりマイクを渡される。 「はい、サビ」 「え」 状況が理解できていないが、音楽は待ってくれない。突っ立ったまま、コーラを片手にアニメの主題歌を歌う。サビを歌い切ったとき、アニメ映像が流れる画面を見つめていたまみやんが俺を振り返りニヤッと笑った。 「上手いじゃん」 曖昧に笑って返すと、すぐに2番の歌詞が画面に現れる。まみやんは当然俺が歌うものだと思って、マイクも持たずにソファにもたれかかってメロンソーダをストローで吸っている。歌いだしは声が上ずってしまったが、歌っているうちに楽しくなってきて、いつの間にかコーラは机の上にあって自由になった片手で音程を取っていた。 「次、これ歌える?」 「うん、いける!」 曲が全部終わらないうちにまみやんが次の曲をセットする。 「まみやんさんは歌わないんですか?」 「うん。俺歌うのあんまり好きじゃないから。ショータくんが歌って」 アニメ映像がある曲を中心に、俺の意思も聞かずにまみやんが立て続けに曲を入れた。しまいには音楽プレイヤーを渡せと言われて、リストの中から選曲して予約リストに入れていく。俺の音楽プレイヤーには流行りの曲や昔流行った曲も入っているが、半数がアニソンで、過去の作品から現在の作品まで、好きな作品の好きな曲を厳選して入れている。まみやんが入れるのはアニソンばかりで、おそらく、まみやんも知っている曲なのだろう。そう考えると、やっぱり俺とまみやんは作品の好みが似ているのかもしれない。 まみやんは3時間で部屋を取っていたようだ。いきなりけたたましい音で壁の電話が鳴ってびっくりした。結局、俺はほぼ3時間歌いっぱなしで間奏の間にポテトを食べ、唐揚げをつまんだ。ドリンクバーはまみやんが取りに行ってくれた。最初は普通にリクエスト通り持ってきてくれたが、最後はコーラにコーヒーを混ぜられた。俺の反応を見てまみやんは大爆笑だった。そういえば、アイスは運ばれてこなかった。最初から注文していなかったらしい。 会計はまみやんが持ってくれた。自分も払うと言ったのだが、誘ったのは俺だから、と受け付けてくれなかった。お礼を言って外に出ると、日が傾いていて空が真っ赤に燃えていた。先ほどまで青空が広がっていたのに。まみやんと過ごした時間は本当にあっという間で、非日常的だった。急に現実に戻ってきて、時間の経過を突き付けられて少し戸惑う。夢のような時間だったが、喉には少し違和感があるし、身体には心地よい疲労感がある。そして何より、隣にはまみやんがいた。 「あの、近くにファミレスがあるんですけど、よかったらお茶しませんか?」 この後どうするか決めていなかったし、おごられっぱなしでさようならでは俺の気が済まない。それ以上に、この夢のような時間をまだまだ終わらせたくなかった。 「俺もそうしようかと思ってたところ。行こうか」 幸いにもまみやんは応じてくれた。それどころか、まだ俺と一緒に居ようと思っていてくれたらしいことに、地に足がつかない心地だった。 案内されて席に着くと、俺はミニパフェを、まみやんはブレンドコーヒーを注文した。アイスを食いそびれたことに気付いたら、無性に食べたくなったのだ。まみやんは、最後ショータが飲んでいたコーラとのブレンドコーヒーが美味しそうだったから、と冗談を言った。俺はまだ敬語が抜けないが、まみやんがいつの間にか俺を呼び捨てで呼んでいるくらいには打ち解けていた。注文したものが運ばれてきて、それぞれ食器が空になっても、俺たちはずっとアニメや漫画の話で盛り上がっていた。身近に同じ話題で盛り上がれる友達がいないからすごく楽しかった。ふと窓の外を見ると外は真っ暗になっていて、気が付けば2時間が経過していた。 「ヤバい、俺もう帰らないと……!」 慌てて席を立つと、まみやんがじゃあお開きにしようか、とまみやんも立ち上がった。当たり前のようにまみやんが伝票を持ったが、レジの前で少し揉めて別々に会計することになった。 「あの、今日すごく楽しかったです」 一歩外に出ると、昼の暑さを残して生ぬるい風が吹いていた。 「うん、俺も」 まみやんが、目尻を下げて柔らかく微笑んだ。窓から漏れるオレンジ色の光に照らされたまみやんの横顔は、男の俺でもドキッとするほど美しかった。ネット上での印象は、マメで礼儀正しい人。第一印象はとっつきにくそうなちょっと怖そうな人。話してみるとすごく話しやすくて、時折、すごく色っぽい。 「また、会ってくれますか?」 口から心臓が出てきそうなくらい、ドクンドクンと大きく脈を打っていた。この一言を発するのに、どうしてこんなに緊張しているのかわからない。先ほどまでは普通に話せていたのに。 「いいよ」 まみやんから目が離せなくなっていた。先程の比ではないくらい鼓動が早くなる。どうしよう。会う前よりもずっとずっとずっと好きになってしまった。急に何も言えなくなってしまうと、まみやんも口を閉ざして黙って肩を並べて歩いた。そういえば、ファミレスでは俺ばっかり喋っていた。横目でまみやんの様子を窺うと、何やら難しい顔をしていた。 「そういえば、まみやんさんここから家遠いんですか?」 沈黙に耐えかねて口を開く。 「ああ、実は近所なんだ」 さらっと返されて、頭が真っ白になった。 「えええーーー!?じゃあ、今まですれ違ったことがあったかもしれないってことですか!?」 「ああ、そうだね。学校同じだし」 今度は、驚きのあまり声が出ない。 「もしかしたら俺のこと気付いてるかもしれないと思って声掛けた。全然気づいてないみたいだったけど」 「き、気づくわけないじゃないですか……。こんな有名人が同じ学校に通ってるなんて思いもしなかった……」 ぐわっと頭に血が上り、耳まで熱を持っているのが自分でもわかった。耳まで赤くしているところを見られるのが恥ずかしくて、その場にしゃがみこんで顔を隠す。世間って狭いですね、と言うと、そうだね、と言ってまみやんが笑った。 翌朝、登校中にまみやんを見かけた。寝癖がついて乱れた髪、眠そうな瞳に黒縁メガネ。背は少し丸まっていて、パッと見冴えない印象だった。声を掛けようか迷ったが、やめた。昨日の話では、まみやんは俺が学校で言いふらしていないかを気にしてオフ会を提案したようだった。友人にはコスプレをしていることは秘密にしているらしい。ならば、ここは他人のふりをしておくのがいいと思った。 「ショータ」 昇降口で靴を履き替え教室に向かう途中、後ろから声を掛けられた。 「おはよ。昨日はどーも」 「まみやんさん!」 驚いた。まみやんから声を掛けられるとは思っていなかった。 「うわ、馬鹿!声でかい」 唇に人差し指を当てたまみやんが、眉間に皺を寄せて俺を睨んだ。ハッとして口を噤む。まみやんに腕を引っ張られ、階段に向かって歩き始める。 「お前、学校でまみやんって呼ぶなよ。ちゃんと名前教えたろ?」 「……雨宮先輩」 「よし、それでいい」 雨宮れお先輩。ちなみに、まみやんの姉、みくるんは雨宮みくだと教えてもらった。まみやんは高校3年生で2階、俺は1年なので教室は4階にあった。すぐに2階に着いてしまって、全然話せなかった。まみやんと別れ、1段目に足を乗せたとき。 「あ、ショータ。日曜日暇?うちでアニメ鑑賞会しない?」 「行く!行きます!!」 条件反射で勢いよく振り返り、飛びつかんばかりに距離を詰めた。 「……わかった。じゃあ、また連絡するから」 まみやんは驚いているというよりも困っているような顔をしていた。大袈裟な反応に自分で恥ずかしくなるが、ネット上で神と崇められている方とお近づきになれた上に自宅に招かれたのだから仕方ない。 「塾のテスト、頑張ってね」 浮かれている俺に、まみやんが釘を刺す。じゃあね、と口元に笑みを浮かべながら言うと、肩を震わせながら廊下を歩いて行った。会うまでは本当に3次元に生きている人間なのかという疑いさえあったのだから、まみやんの性格の悪さに人間味を感じて少し感動してしまった。 SNS上の交流だけではなく、プライベートのアドレスも教えてもらい、何度もやり取りをした。約束の日までに何度か朝会ったり廊下ですれ違ったりした。だが、改めて会うなると緊張してしまう。塾の小テストは普段はしない復習を完璧にやりこんで挑み、好成績を残して待ち合わせ場所へ向かった。今日の待ち合わせ場所は、校門の前。Tシャツの上に薄いのパーカーを羽織り、ジーパン姿でスマートフォンを見ていた。今日はコンタクトではなく黒縁メガネで、髪は毛先を好きに遊ばせていた。 「雨宮先輩」 「おう、お疲れ」 声を掛けると、まみやんは顔を上げて応え、スマートフォンの電源を切ってポケットに入れた。 「20分くらい歩くけど、いい?」 「はい」 ネットに上げている様々なキャラクターのコスプレ姿。カラオケボックスで会った爽やかな好青年。黒縁メガネの如何にも勤勉そうな学ラン姿。目の前にいる一見どこにでもいそうな人。1週間の間にまみやんの色々な姿を見て、どれが一体本物の彼なのかわからない。学ラン姿でさえも何かのキャラクターのコスプレのような気がする。思ったことを正直に口にすると、なんだそれ、全部俺だよ、と笑われた。 まみやんの家は2階建ての大きな一軒家だった。通されたのはまみやんの部屋で、棚いっぱいにフィギュアが並べられていること以外は普通の落ち着いた感じの部屋だった。そこに似つかわしくない、意外なものを発見する。 「ダンベル?まみやんさん筋トレするの?」 「露出度高いキャラのコスよくするから」 へぇ、とうわの空で返事をしながら、自分よりも背の高い棚の前に立って中を覗き込む。まみやんは男性キャラのコスプレしかしないが、所狭しと並べられたフィギュアは美少女キャラばかりだった。 「ちょっと、あんまりジロジロ見ないで。こっち」 呼ばれて、渋々まみやんの隣に腰を下ろした。うちでも録画しているいつでも見られるアニメよりもまみやんの部屋に興味があった。 「そういえば、猫飼ってるんですよね?」 「よく知ってるね」 まみやんが目を丸くした。テレビ画面には、録画された番組のタイトルがずらりと並んでいた。その大半がアニメだった。 「お姉さんのSNSで」 「ああ。みくの部屋にいるからダメだよ」 茶のキジトラ。名前は確か、菖蒲ちゃん。メス。8歳。コスプレ姿のみくるんに抱かれて写っている写真がよくSNSに上げられていた。会えるのを楽しみにしていたから、少し残念だ。ダメもとで夏に見たコスプレをリクエストすると、あっさり嫌だと却下された。 最初は落ち着かなかったが、録画されていたアニメを再生すると夢中になって見ていた。このキャラの声優が可愛いとか、この監督の作品が面白いとか、アニメを見ながらオタク話に花を咲かせた。 アニメを3話見ていたところで、がた、と部屋の外から音が聞こえた。 「みくが帰ってきたな」 音に気付いたまみやんがボソッと呟いた。 「みくるんさん!?」 「あーうん、呼ぶ?」 「え」 動揺しているうちにまみやんがみくー、と大声でみくるんを呼んだ。そして、心の準備ができていない状態でみくるんと対面することになる。みくるんが、ノックなしでまみやんの部屋のドアを開けた。 「なにー?」 「この子、フォロワーのショータ」 「は、初めまして……お邪魔してます」 「へぇ、仲良くなったんだ。ゆっくりしていって」 一瞬の出来事だった。みくるんは、すぐにドアを閉めて立ち去ってしまった。しばらく今の状況を呑み込めなくて、フリーズした後まみやんの方を振り向いた。 「すっげぇ、みくるん!!本物!!」 「俺の時と同じ反応」 「この世に存在してたんだ!!」 「俺もいたじゃん」 「ご姉弟なんですよね!?あんまり似てないですね」 「うん、よく言われる。アニメ、見ないの?」 どんどんまみやんの反応が薄くなっていったことに気付いて、慌てて口を噤んだ。並んでただ黙って画面を見ていた。内容なんて当然頭に入ってこなくて、何故急にまみやんが怒り出したのかを考えていた。俺は表情には出ていたかもしれないけれど、みくるんに会いたいなんて一言も言っていない。勝手に紹介して勝手に怒っているまみやんが理解できなかった。考えているうちに、だんだんイライラしてきた。エンディングが終わると、まみやんがリモコンに手を伸ばした。次の話を再生させるのかと思いきや、テレビの画面が消えた。そして、身体ごと俺の方に向きを変える。はぁーと重々しく息を吐いてから俺と視線を合わせた。 「ショータって、みくのこと好きなの?」 「はぁ!?」 思わず素っ頓狂な声を上げる。何故急にそんな話になるのだ。俺にとってのみくるんは、偶像に近い。決して恋愛対象にはなりえないのに、何故まみやんにはわからないのだろう。まみやんに分かりやすく説明するならば、現実には存在していないアニメのキャラに恋愛しているのかと聞いているようなものだ。それがわからないのは、まみやんが崇拝される側の人間だからだとすぐに気づいた。そしてみくるんは、まみやんの姉だ。つまり、俺にとって遠い存在でも、まみやんにとっては近しい人物なのだ。姉を盗る敵だと思われたのだろうか。またまた意外な一面を見てしまった。 「いや、ファンだけど疚しい気持ちはないって言うか……」 「じゃあ、俺は?」 「ん?」 食い気味に来るまみやんに、今度は俺が引く番だった。何やら雲行きが怪しくなってきた。 「まみやんさんのこともずっとファンだったから、今こうして家に呼んでもらってるのが夢みたいって言うか……」 「そうじゃなくて、さ」 「えーっと?」 まみやんは、俺に何か言って欲しいのだ。そこまではわかるが、その何かがわからない。もしかしたら、まみやん自身もわかっていないのかもしれない。まみやんは居心地悪そうに座りなおした。 「もしかしてまみやんさん、俺のこと好き……だったりする?」 まみやんが難しい顔をして、目を逸らした。 「それがわからなくてさ。ファンって言ってくれる子と交流するのは初めてだから、最初はちやほやされるのが気持ちいいんだと思ってたけど、なんか、ショータがみくに会って喜んでるのが面白くなくて。嫌な態度とってごめん」 「よくわかんないけど、それって自己顕示欲とかじゃなくて?」 「そうかもしれないけど!ショータが俺を認識するよりも前に俺はショータのこと知ってたんだよ。ずっと見てるだけだったけど、視線がぶつかるようになって、今ではこうして話すようになって、関われることが嬉しい……んだけど、どう思う?」 まみやんの顔がみるみる赤くなっていった。火を見るよりも明らかとは、こういうことを言うのだろう。 「好き……ってことでいいんじゃないですかね?」 「そっか……」 シンと静まり返った部屋に、外からの午後5時を知らせる鐘の音はよく聞こえた。 「あ、まみやんさんテレビつけて!!始まっちゃう」 日曜午後5時から毎週見ているアニメの放送があった。まみやんが素早くリモコンに手を伸ばし、テレビの電源をつけた。俺もまみやんも、アニメはオープニングから見たい派だったが間に合わず、オープニングの途中からの鑑賞となった。アニメどころではないと思っていたけれど、しっかりとエンディングまで集中して見ていた。その後今週の話についてまみやんと少し語り合った後、お開きになった。お互いに照れや気まずさはなかった。まみやんが玄関まで見送ってくれてそこで別れた。 背後でドアが閉まる音が聞こえると、日が沈みかけた真っ赤に燃えた空が目に飛び込んできて一歩を踏み出すことができなくなる。夕日の赤に、まみやんの赤面した顔を思い出した。そして、俺の顔も今、夕日のせいかまみやんのせいか、真っ赤になっていることだろう。

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