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桃陽・2

「BMC」はその名の通り、若い男達が男を接客するゲイ向けの水商売だ。とはいってもかなりギリギリの商売で、ボーイと客の交渉が成立すれば、店で用意している個室で風俗的なそういうことをする時もある。というか、大半がそういうことをする。平日は予約や指名が入れば、客の家やホテルにも出張する。この店は水と風が入り混じった、どこかグレーな空間なのだ。  俺は十八歳にして一番の売れっ子だった。  この仕事をすると決めた時から、どうすれば客が喜ぶかを常に考え、毎日手を抜くことなく実行してきた結果だ。客によって友達感覚で接したり、子どもになったり大人になったり、その変化は仲間達から「主演男優賞モノ」とまで言われている。  他のボーイの中には、気分によって客に素っ気なくする子もいるし、いい男とそうでない男で態度を変える子もいる。逆に客側から徹底的に「売り専」と見下され、やさぐれてしまった子もいる。だけど俺は違う。不細工でもしつこくても下品でも、全ての客を分け隔てなく大事にしている。別に良い子ぶってる訳じゃない。俺の中で、客というものは誰も彼も一緒なのだ。誰かを贔屓をしない代わりに、誰かを嫌うこともない。皆同じ。客は客。それ以上でも以下でもない。  とにかくそんな接客態度が評価されている俺だけど、もう一つ、セックスも相当の自信があるというのもウリだ。  俺は元々性欲が強い方で、どうせヤるなら一回一回最高のセックスがしたいと常日頃から思っている。どちらかと言うと客のためにじゃなくて、自分のために。  なるべくいろんな技術を身に付けたいから、ネットやAVを見ての勉強も欠かさなかった。精力が付くと言われている物はガンガン食って、風邪一つひかないように体調管理もしっかりしている。具合が悪い時のセックスほど気持ち良くないものはないからだ。  そんな俺の性への貪欲さが、客から「桃陽は他のボーイとは違う、最高のサービスをしてくれる子だ」と評価された。それがあっという間にネットでの口コミで広がって、今や俺はナンバーワン。リピート率百パーセントは快挙だと店長に言われ、ボーイ仲間からも尊敬されているし、信頼も厚い。「桃陽」はみんなの人気者で、誰からも好かれるポジションにいる子だった。  だから、俺はずっと「桃陽」でいる。いつでもどこでも、一人の時でさえも「桃陽」になりきる。もう二度と、本名の「玲司」に戻ることはない。もしも「玲司」に戻ってしまったら、たちまち臆病で引っ込み思案で、常に震えて喋ることすら満足にできない「あの子ども」になってしまう――。  ――玲司はその顔に生まれたことに感謝すべきだな。顔だけは殴らねえから、そんなふうに頭を庇わなくたっていいんだぞ。 「………」  ハッとして顔を上げた途端、待機室のドアにぶつかりそうになってしまった。  どうして、今になって「あの男」の声が。――そうだ、街でクリスマスのことを考えていたからだ。サンタもキリストも父親もいない、あの頃の自分を思い出してしまったからだ。 「……おはよう、みんな」 「あっ、桃陽だ。おはよー」 「誕生日おめでとー!」  待機室にいた気のいい仲間達が、俺を拍手で迎えてくれた。こんなことになるなら、みんなの為にあのサンタの女の子の店で人数分のケーキでも買ってくれば良かった。 「桃陽、今日さ、仕事終わったらみんなで飲みに行けるといいなぁ」  俺と同い年の光太が目を輝かせて言った。 「うーん。でもどうせ今日は、仕事で朝までコースになると思うよ」 「そうか、確かにそうだよなぁ。残念……」 「ていうか、俺の本当の誕生日の日に飲みに連れてってよ。今日は俺にとって、別に何でもないただの金曜日なんだから」  それもそうだな、と光太が笑った。俺も笑った。 「じゃ、今日も頑張ろう!」

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