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雀夜・6
「……頑張ったな、桃陽」
雀夜が白々しい言葉を投げかけてきた。俺は頬を膨らませて、横目で雀夜を睨み付ける。
「ふてくされんな、約束通り抱いてやるからよ。取り敢えずお前は一度風呂で洗った方が良さそうだな」
「だってもう時間ねえもん。雀夜がダラダラしてるから、もう一時間終わるもん」
唇を尖らせて文句を言うと、雀夜が馬鹿にしたように笑って俺の手の拘束を解いた。
「延長すりゃいいんだろ。残り一時間はお前のために使ってやる」
「……ほんとに?」
「ああ。こっちの目的はもう達成したっぽいしな」
「………」
悔しいけど、……もういい。とにかく今は、この男に約束を守ってもらうだけだ。
ベッドを降り、ふらつく足取りでバスルームに向かう俺の後を、雀夜がついてくる。
「……一緒に風呂入るの?」
「ベッドはお前の小便で濡れてるし、体洗うついでに風呂場でヤればいいだろ」
ついで、か。俺はムッとした顔を雀夜に見られないようにして、さっさとバスルームの脱衣所に入って行った。
「お客様。服、脱がせましょうか」
「棒読み止めろ。怒ってんのか?」
「怒ってないけどさ」
そっぽを向くと、雀夜は勝手に自分で服を脱ぎ出した。ついつい横目で盗み見てしまう。
予想通りの逞しい肉体。腹筋はバキバキに割れていて、腰が太く、胸板は厚く、広い。抱きしめてむしゃぶりつきたくなるくらいに、雀夜の体は完成されていた。まるでCGのようだ。きっと体を見せる仕事だから、自主的に鍛えてるんだろう。
俺は自分の体を見下ろした。俺だって体を使う仕事に変わりはないはずなのに、この差は一体何なのか。腹なんて、薄らとしか割れていない。子どもみたいにぺたんこだ。
「お、俺も少しは鍛えようかな……」
自分の体が恥ずかしくなってそう言うと、雀夜がベルトをはずしながら笑った。
「お前はそれでいいんじゃねえのか。俺みたいになったら可愛くなくなるぞ」
「……俺、可愛い?」
「まぁ、一般的に見てツラはいい方なんじゃねえの」
「………」
たったそれだけのことで、再びやる気が増してきた。
「ズボン脱がしてあげる」
雀夜の足元にしゃがんでジーンズを脱がす。現れた黒のボクサーパンツ。似合ってる。
ごくりと唾を飲んでから下着に手をかけ、ゆっくりと下ろしていった。
見たくて、触りたくて、欲しくて仕方なかった雀夜の男の部分。それが目の前に現れ、思わずその場でかぶり付きたくなってしまう。本当にこの男は、何もかもが完璧だ。性格以外は。
「じろじろ見てんじゃねえ。エロオヤジかお前」
「うー。だってさ……咥えたいじゃん」
「後で死ぬほどしゃぶらせてやるよ。取り敢えずお前は体を洗え」
そうだ。またしても仕事を忘れるところだった。
俺は立ち上がってバスルームに入り、浴槽の「湯張り」スイッチを入れた。高温のシャワーで室内を温め、ついでに照明を暗くしてムードが出るようにする。
「割と綺麗な風呂だな。その辺のラブホみてえなモンだと思ってたけど」
裸になった雀夜が入ってきた。俺はニッコリ笑って雀夜の手を取り、シャワーの温度を手で確かめてから彼の胸に向けた。
「熱くないですか、お客様?」
「ん」
空いた方の手で、広い胸元に触れてみる。呼吸に合わせて静かに上下する雀夜の胸板。抱き付きたいのを必死に我慢しながら、丁寧に雀夜の全身へシャワーをかけてゆく。
「桃陽は、客を抱いたりもするのか?」
ふいに問いかけられ、俺は顔を上げて雀夜の目を見た。
「たまにだけどね。意外でしょ。童貞くんの筆下ろしから処女の初貫通まで、何でもするよ」
「そうか。……俺は後ろは使ったことがねえ。その意味では、お前の方が経験豊富だな」
「じゃあ俺が雀夜の初めて、貰っちゃおうかな!」
「調子に乗るな」
ようやく一つ雀夜に勝てたのが嬉しくて、俺は笑った。
「でも俺は、抱くより抱かれる方が体に合ってるみたい。タチ役だとあんまり気持ち良くないんだよね。慣れてないせいもあるんだろうけど……リバOKにしてる以上、お客さんに言われたらやらない訳にいかないから」
力なく笑みを浮かべると、雀夜が俺の手からシャワーを奪って言った。
「性に合ってないんじゃねえのか」
「え……」
「俺らの仕事なら、自分のやりたいことを話し合って決められる。嫌なプレイをする必要もねえし、相手が限られてるから病気のリスクもずっと低い。客の顔色を伺う必要もねえ。お前はこの店で気張って最短で上り詰めてきたみたいだけど、それでもどっかで不安に思っていたはずだ」
雀夜が突然ベラベラと喋りだしたので、俺は茫然としてただ彼を見つめることしかできなかった。
「男と寝た数で金がもらえる仕事しかねえ、って思ってるんだろ。その歳でそれだけ男の扱いに慣れてるってことは、過去に相当な経験をしたはずだ。若いうちしかチヤホヤされないことも分かってるんだろ……ましてそのツラだからな」
「雀夜……」
「俺と一緒に来い。お前ならうちでもナンバーワンになれる」
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