17 / 29

やなぎのそばで

この世には咲かない花もある。叶わないこともある。 徳川の世に生まれ、大きな権威を持つ父の元に生まれた彼は爺の目を盗んで屋敷を抜け出し、酒場で身分を隠し、町人として呑むことが楽しみだった。 中でも三郎と居合わせた時は、楽しくて嬉しかった。 屋敷の中しか知らない彼に三郎は街での出来事や芝居の話、他の藩の美味しいものなどたくさん教えた。 初めは三郎は何も知らない彼を訝しがっていたが、目を輝かして話を聞く彼に悪い気はしなくてべらべらと呑みながら喋った。 三郎は彼を愛しく思い 彼はまた三郎を尊敬し、愛しく思っていた その日は三郎がしこたま呑んでしまい、足取りがかなり怪しくなっていた。  酒屋を出て提灯を持ちながら、ふらつく三郎を慌てて追っかける。 柳が風に揺れている川の横を二人で歩く。  ふいに転びそうになった三郎の手を彼が掴む。 掴んだ手のひらがひどく熱かった。 三郎が空いている手で彼の顎を上に向け、彼はそのまま瞳を閉じる。 どちらともなく、唇を重ねた。 その夜から二人は出逢うことはなかった。 彼は家を継ぎ、三郎は江戸を出た。 それでも二人のあの日の夢は遠くに続いていく。 夢の中で花を咲かせ、想いは叶うのだ。 【了】

ともだちにシェアしよう!