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アルファ視点

 俺の腕の中で、タイチが安らかな寝息を立てている。  彼は俺のことなんて、一つも疑っていない。 「もしもベータからオメガに変えたのが俺だって知ったら、お前はどんな反応をするかな?」  世の中には便利な薬が数多く存在する。  例えば人間が本来持っている第二性を変えてしまうような、おとぎ話みたいな薬も実在するのだ。  もちろんこれは、表だって出回っている物ではない。裏の世界だけでヒッソリと流通している秘薬中の秘薬。一粒何千万円もするような、高価な薬だ。  そんな大金を払い、相手の第二性を変えてまで、自分の気に入った者を番にしたいと望む金持ちは少なくない。  その存在を知るものたちの間でそれは『神薬』と呼ばれているのは昔から知っていたが、欲しいと切望する顧客の考えが全く理解できずにいた。  けれど、タイチと出会った瞬間にその気持ちが痛いほどわかってしまった。  タイチの何が俺を惹きつけるのか、未だによくわからない。  彼は凡庸な容貌で、オメガのような儚さや美しさからかけ離れた、ベータらしいベータだった。  フェロモンなんて感じない。普通であれば友人にさえしないようなタイプの男だった。  けれど出会った瞬間に、俺の本能が「彼が欲しい」と訴えた。  タイチを望む気持ちが一気に膨れ上がったのだ。  そこからの俺の行動は早かった。  タイチに近付いて、“親友”ポジションをまんまと獲得。  そして彼が貧血体質と知ると、「開発中の鉄分サプリなんだ」と偽って、第二性を変える薬を投与し続けた。  この薬は一度に大量摂取することができない。せいぜい一ヶ月に一度程度、服用させるしかないのだ。  タイチはなんの疑いも持たず、“親友”である俺から手渡されたダミーのサプリと、それからサプリを偽った『神薬』を飲む。本当に服用したことを確認したくて、彼には毎回俺の目の前で飲んでもらっていた。 「摂取後のサンプルが取りたいから」と言ったら、快くOKしてくれたタイチ。素直に飲んでくれたのはいいが、チョロすぎて心配になったりもするが。  こんなまっすぐな性格で、俺以外の誰かに利用されたりしたら大変だからな。……もっとも、そうなる前に俺がタイチを守るから、あまり心配はないのだけれど。  そして二年後。  ついにタイチのオメガ化が完了した。  日に日に強くなっていくタイチのフェロモン。それを感じていた俺は、彼がいつヒートに見舞われてもいいように、決して側を離れなかった。  万が一を考慮して、俺のフェロモンで匂い付けをすることも忘れない。中には彼のフェロモンを感じたアルファもいたようだが、俺のフェロモンを身に纏ったタイチに手出しするような者は一人もいなかった。  そんな俺の努力が実を結んだのか、タイチは俺の前でヒートを起こして倒れてくれたのだ。  初めてのヒートはかなり強烈で、噎せ返るような大量のフェロモンを発したため、周囲のアルファが一気に色めき立ったくらいだ。アルファ用のラット抑制剤を服用していた俺ですら、危うくその場で犯したくなるほど、その香りは凄まじいものだった。  それでもなんとか正気を保ち、突然の事態に混乱するタイチを抱え上げて、俺はいそいそと自分の巣であるマンションに彼を連れ帰った。  そしてヒートに苦しむ彼を「助けてあげる」なんて言いながら、貪り尽くしたのだった。  人の性を変える素晴らしい『神薬』はまた、副作用も大きい。  タイチの場合は、オメガ用の抑制剤を全く受け付けなくなると言う副作用が出てしまった。ピルも全く駄目で、唯一アフターピルだけはなんとか口にすることができた。  本当はアフターピルなんて不要だけれど、タイチは大学卒業後にやりたいことがあるらしい。なんでも中学時代からの夢だと語っていたから、本気なんだろう。  番になって子どもができたら、その夢は叶わなくなる。  俺に囲われたら最後、一生俺のテリトリーから出さないことは目に見えているから。  その前に、タイチにはつかの間の自由をあげようと考えている。  どのみち逃がすつもりはないのだから。あと数年間は羽を伸ばすことを認めてあげよう。  俺にピッタリと寄り添って眠るタイチ。  体から放出されるフェロモンの残り香に、俺の雄がはち切れんばかりに反応し出した。 「こんな凶悪なフェロモンで俺を誘うなんて、タイチは悪い子だな」  けれど眠るタイチを起こすのは忍びない。  残った理性を必死にかき集めて、俺もまた眠ることにした。  安らかな寝息のタイチを抱きしめて、耳元に顔を寄せる。 「今はまだこのままでいい。でも覚えていて。タイチは俺の番になるんだからね」  項にキスを落とすと、タイチは擽ったそうにしながら寝ぼけた声で小さく「うん……」と答えたのだった。

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