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第1話
「…?」
ふと、どこからか人の声が聞こえた。最初は気にもとめなかったが、ぼんやりとした意識が覚醒していくにつれ、音が耳障りに感じてしまう。声、というより笑い声だ。手だけのばして頭の近くに置いた目覚まし時計を探す。右へ左へと感覚だけ頼りに探してるせいか、ぺしぺしっと色んな物が枕元に落下してしまった。
「…あった……。」
触り覚えのある固い感触の物体を掴めた。布団のなかに引きずりこんで、画面を明るくする。表示された時刻は深夜の2時01分。起きなければいけない時間には程遠い。というかド深夜である。
しかし、意識が覚醒して騒音がよりはっきりと認識出来たせいか、眠気は完全に無くなってしまった。とりあえず、体だけ起こしてスマートフォンを探す。ベッドサイドランプも付ける。手に取って起動してみると、充電は既に完了していた。
充電器を引っこ抜こうとした時、ハハハハッと笑い声が聞こえた。あの喧騒はどうやら複数人が集まって騒いでいる音だったらしい。音の出所は、恐らく隣部屋だろう。
「才雅の奴、まだ起きてるのか。」
明日(というかもう今日だが)は平日である。休日前で無いのにあの出来損ないは夜中も遊んでいるのか。
弟である才雅は、二つ下の高校一年生だ。恐らく。多分、きっと。高校に入学しているなら。関わりたく無いから、と出来るだけ口を利かずにいたせいか、俺は弟の事はほんとんど知らない。同じ家に住んでいるから避けきれずに殴られたり蹴られたりは時々あるが、一方的に罵倒されたのみで喋った事なんてここ数年間無い。両親から弟の近況も聞かないので、まあ多分通ってるんだろう、くらいの認識だった。
思えば、弟は昔から乱暴者だった。少しでも馬鹿にされたり、不快に思う事があると、真偽はどうあれ相手を痛め付けて痛め付けて、泣きわめいて相手が謝ってもやめなかった。親が何度学校に呼び出されたかなんて、多すぎて覚えていない。
そんな弟を好きになれるか?なれないだろ。俺も両親も最初こそ叱ったり慰めたりしていたが、力がついてきて反撃が冗談じゃ済まない程になると放っておくようになってしまった。あいつは絶対に自分の否を認めない。自分の中の正解が真実と違っていても、正解を押し付けて相手が認めるまで屈服させる。そんなとんでもない奴だから、誰からも好かれない孤独な奴に思ってたが、どうやらそうでもなかったようだ。
「関わりたく無いし、寝るか…。」
なんだが久しぶりに弟と家にいる時間がかぶっていたとわかったからか、思わず色々と考えてしまった。思考を中断し、明かりを消して布団をかぶって横になった。喧騒はまだまだ続いているが、横になってればそのうち眠くなって気にならなくなるだろう。真っ暗になった部屋の中、隣から聞こえる騒音だけが響いている。
ドンッドンッガンッ!
ギャハハハッ!アハハハッ!
「………。」
ドンッバターン!
アハハハッ!ドンッドンッガンッ!
「…………うるさい。」
ドカッ!
「うわっ!?」
真横の壁から衝撃と音がした。うるさいなあと思いつつ眠ろうとしてたせいか心臓が飛び出るくらい驚いてしまった。思わず上半身を起こしてばくばくと音を立てている心臓に右手を添え、深呼吸する。その間にも笑い声(叫び声にしか思えない)と大きな物音は継続している。
ベッドを弟の部屋側に設置していた事を心底恨んだ。誰だレイアウトした奴。俺だわ。いやそれはともかく。
「こんなの寝れるわけないだろう…!」
明日も早い、もう寝たい、うるさい。焦りからか、それ故の怒りからか、普段は絶対にしないのに、この時は何故か動いてしまった。
バンッ!
「うるさいんだよさっきからギャーギャードンドン!静かにしてくれ、寝かせろ!」
ベッドから起き上がり、イライラしながら弟の部屋の扉前まで走り、勢いよくドアを開けた。開けてしまった。そしてそのまま怒鳴った。
怒鳴ってしまってから、事の重大さに気づいた。部屋には数人の男女が集まっており、お菓子やら飲み物やら、ゲームやら、色んな物が散乱していた。突然入って怒鳴ってきた俺に驚いたのか、全員がぽかーんとこちらを見ていた。その中には弟もいる。弟もあっけにとられた表情をしていたが、乱入してきたのが俺だとわかると目付きを鋭くし、ぺったり腕にくっついていた女の子を引き剥がし、立ち上がってこちらに向かってきた。引き剥がされた女の子は小さく悲鳴をあげたが、背中からでも弟が怒っているのに気づいたのか文句も言わずに姿勢を直していた。
そんな弟の怒りの形相を真正面から見ている俺も、怒鳴り込んだ時の勢いはどこへいったのか萎縮して、とんでもない事をやらかしてしまったと血の気が引いてしまっていた。
「突然なんだよ。」
弟は予想よりは静かに話しかけてきた。顔は怖いままだが。前触れもなく殴られると思っていたから、俺は少しだけ先程の勢いを取り戻した。
「そ、そのままの意味だよ。今何時だと思ってるんだ、もう少し静かにしてくれないと眠れない。」
弟は俺より背が高い。形相も相まって威圧感を感じてしまう。実の弟が怖い…と思ってしまう。いくら大勢人がいてもいつも通り殴ってくるのではないか、と徐々に不安が大きくなる。いつもなら目があった瞬間ににやにやしながら俺を罵倒し殴って蹴ってくる。
しかし、予想とは違って弟はこちらを睨み付けるだけで何も言ってこない。周りの人達も、俺達の…いや、弟の出方をうかがっているのか黙ったままこちらを見ているだけだ。嫌な沈黙が部屋を支配する。
「そ、それにここにいる人達がなんなのか知らねーけど、夜中に人ん家でどんちゃん騒ぎしてないで家に帰ったらどうなんだ。」
「………。」
「言いたい事は伝えたからな。」
沈黙に耐えられない。反応しない弟から視線を外し、部屋に戻ろうと扉へ向かう。今は静かでも何が弟の琴線に触れて激昂するかわかったもんじゃない。扉は俺が来たとき開けて、少しだけ閉めたままになっている。ドアノブに手をかけて扉を開けようとした。
ドガッ!
「っな、うわっ…!」
その時、後ろから突然、衝撃があり、開けようとした扉にそのまま倒れてしまった。背中が痛い。肘で体を支えつつ、顔を後ろに向ける。
きゃあっという悲鳴が聞こえた。そこには弟が立っていた。ズボンのポケットに手を入れて、口許をにやにやさせて、……いつもの見慣れた弟の姿だ。何故かこいつは普段は仏頂面なのに誰かを痛め付けてる時だけ、にやにやと笑う。父さんの時はいらいらしてる時が多いが、俺や母さんの時はこちらが泣きそうになればなるほどにやにやと笑う。俺は弟のこの顔が心底嫌いなのだ。
「おい、詫びも無しに帰るのかよ。」
やはりというか、後ろから蹴ったのはどうやら弟だったようだ。
「っ……詫び、だと?」
「折角楽しく盛り上がってたのをぶち壊したじゃねーか。」
ダンッ!と右手を踏みつけられる。
「いっっ…!お前…!」
あまりの痛みにうめいてしまう。弟はそのままぐりぐりと力を入れて手を踏み続ける。痛みに耐えようとするが、無理だ。涙まで出てきた。
「ははっ、アニキ今年受験だろ?手、痛めたらやばいんじゃねーの?」
「…………っぐ、わかってるなら、やめろよ…っ!ホントに折れっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
より力を込められた。踏まれた右手から嫌な音がする。メキメキ、ミシミシ。これでは右手が使い物にならなくなる。なってしまう。
「ほら、早く詫びろよ!弱虫で、臆病で、根性無し、何の取り柄もない!遊ぶ相手もいない根暗なアニキ!」
「……………こいつ…!っぐ、ううう…!」
弟は本当に楽しそうに俺の右手を壊し続ける。罵倒し、俺が苦しむのを楽しんでいる。周りの人達も弟が怖いのか「あれ流石にやばいんじゃ」と目をキョロキョロさせたり、カタカタ震えたりしているが止めようとしない。
「もう高三になるのに泣くとか、ははははは!みっともない!」
痛みが熱さに変わる。燃えるように熱い。骨折はしてなくてもすでに打撲や捻挫くらいの損傷は負っていそうだ。熱い、痛い、涙が出てくる。
聞こえてくる自分を罵倒する声、笑う声、視界に入る己より下の者を見る蔑みの目、笑う口許。
(痛すぎて、逆に落ち着いてきた…熱い、痛い、痛い、痛い、痛い、熱い。嫌いだ、本当に嫌いだ。腹が立つ、むかつく、何でこんな奴が家族なんだ。)
視界が涙で滲み、目から涙が溢れるのも気にせず、俺は弟を睨み付けた。弟は俺が睨んでいるのが気に入らなかったのか、笑うのをやめて睨み付け罵倒し、また強く踏みつけてくる。
「…………いい加減にっ、しろよ…!」
「はあ?」
あまりにもイライラして、また弟に怒鳴ってしまった。弟はすんっと表情を無くし、踏んでた右手から足を外した。距離を詰められ、服の襟を引っ張られ顔を近づけられる。
「何反抗してんだ、クズの分際で。」
睨んで脅してきた弟に対し、無理矢理口許を笑わせて睨み返す。ひるまない俺を意外に思ったのか、弟は無言で目付きを鋭くする。
踏まれていた右手は熱を持ち、ズキズキ、ジンジンとひどく痛む。痛みで歪みそうになる口許と、涙がこぼれそうになるのを抑え、笑いながら言い放ってやった。
「はっ!俺の事殴って蹴って勃ててた奴が、なに上から目線で話してんの?」
弟が、少し口をあけて固まった。周りにいた弟の友人達も「え。」と小さくこぼして固まっている。
「気づいてないとでも思ったか?床に蹴り倒されたら嫌でも視界に入るんだよ。いつもいつも気持ち悪いって思ってたよ、このド変態野郎。」
「……………は、何出鱈目言ってんだテメエ。」
「出鱈目かどうかなんてお前が一番わかってるだろ!」
弟を左手で突き飛ばす。突然の反撃に対応しきれなかったのか弟は後ろに倒れ、尻餅をついた。立ち上がった俺は弟に近づく。
兄弟で睨み合う。いつもは俺が下で弟が上だが、今は逆転して俺が上だ。
「ちょ、ちょっと…。」
弟に先程までぺったりとくっついていた女性が声を発した。困惑した表情で俺と弟を見ている。俺はその女性や周りの人達に視線を移し、
「お前らも男キープする時はちゃーんと品定めして慧眼を磨けよー。こいつ、実の兄貴ボコって発情するド変態だぜ?そんなやつはびらせたってなんのステータスにもならねえだろ。」
と言った。半分以上はまだおろおろとしているだけだが、その内の数人は、
「まじかよ…。」
と弟を嫌悪のにじむ目で見つめていた。
「外面をどんなにお綺麗に繕っても、お前の本性は醜い変態野郎だ!いつもいつも俺や両親に当たり散らしやがって…!」
今度はこちらが襟首を掴み返す。普段から溜め込んでいた不満や怒り、恨みが、吹き出てくる。
「ずっとずっと耐えてた俺の気持ちわかるか!?何年も暴れ続けて、人を恐怖で押さえつけて、それでいて自分が一番理不尽な目に合ってるって怒鳴り散らされた……。」
一度、息を吸い直す。
「お前が一番好き勝手やってるじゃねーか!お前と学校が同じだった小学校や中学校は、家だけじゃなくて学校でも!いつもいつも問題起こして、それで俺まで皆に避けられたんだぞ!」
こいつが、弟が、産まれた時から家族はおかしくなった。小さい頃はまだマシだったが、幼さゆえに許されていた落ちつかなさは歳を経ても直らず、年々酷くなった。暴れまわる弟は人だろうが物だろうが壊して殴って蹴って、手がつけられなかった。
母さんはいつも弟が危害を加えた相手の対応に追われ、その度に泣いていた。自分の育て方が悪かったからと自分を責め、件の弟には暴力をふるわれ、少しずつ壊れていった。父さんは、弟にも母さんにも、俺にも怒ってばかりだ。自分の人生が滅茶苦茶になったのはお前なんかと一緒になったからだ、と。
まだ弟も小さくて、俺も幼稚園に行くか行かないかくらいの頃は、二人とも笑顔で優しそうだった。その時の事はもうぼんやりとしか思い出せないが、かつては普通の家庭だったんだ。
「母さんも父さんもお前のせいでおかしくなったんだ!しかも今は俺で発情までして…これ以上家族を、俺を苦しませるな、頭がおかしくなりそうだ!」
怒鳴っている間、弟は無表情でただこちらを見ているだけだ。聞いているのかいないのか、そもそも聞く気も無いのか、怒鳴りながらもどんどん怒りが湧いてきた。
「俺の事変な目で二度と見るな!弟としても家族としても人間としても、お前なんか嫌いだ、気持ち悪い…!」
一気に喋った為、ぜーはーと呼吸を整える。整えつつ、また睨み付けてやる。怒りで目の前の弟の顔ばかり見ていたからだろうか。すぐに反応を返す事が出来なかった。
突然、弟の拳が目の前に見えた。認識した次の瞬間に鼻に激痛と衝撃が走り、俺はよろけてしまう。
「ぐぁ………っ、てえな!」
反撃しようと拳を振りかぶろうとするが、それより前にまた弟の拳が飛んできた。
「っうあ!」
弟は俺を何度も殴る。殴る。殴る。俺は、ついに立っていられなくなった。床に膝をつき、ふらふらしている所にまた拳の雨が降る。自分の体を支えられなくなって床に倒れてしまう。手で鼻を抑える。感触だけでも鼻血が出ているのがわかる。手のひらが血に染まる。
なんとか出血を止めようと抑えている間に、弟は友人達にここから去るように言っていた。
「テメエらもう帰れ。」
顔をあげる事が出来ない為、弟の表情も友人達の表情も見えないが、弟の声はいつになく低く、威圧感を兼ね備えていた。
「さ、才雅…でも…。」
戸惑う女性の声が聞こえる。ほか、何人かのどうしよう、という声も聞こえる。ざわざわ、と部屋が騒がしくなる。それが気にくわなかったのか、
「うるっせえなあ!目障りだ、散れ!テメエも殴られてえのかよ、おい!?」
床をダンッ!と強く踏み、大声で怒鳴った弟に怯え、一人、また一人と走って部屋から出ていった。部屋に俺と弟の二人だけになると、弟は扉に向かった。
階段を降りる音、玄関が開く音、玄関が閉まる音。何度も反響して聞こえてきたそれが徐々に静まり、沈黙が落ちる。
カチッ
沈黙の中、音が聞こえた。まるで何か鍵でもかけたかのような。無理矢理にでも顔をあげると、扉の前に立ち、俺を見下ろす弟と目があった。思わず恐怖でびくっと反応してしまう。
「ケホッ……お前、もしかして。」
「これで誰も入ってこれねーな、アニキ。」
嫌な予感は当たるものだ。先程の音は、やはり弟が扉の鍵をかけた音だったらしい。内側から鍵をかけるタイプの部屋だった事を今は恨む。
「言いたい事は色々あるが…そうだな。」
弟は顎に右手を当てわざとらしく「えーと?」と声を出して考え始める。
「まず、テメエ一つ勘違いしてるぞ。」
「勘違い…?」
何を言い出すのか。あからさまに怪訝な顔をした俺に、弟はしゃがんで顔を近づけてくる。避けようとするが右手で襟を捕まれてしまう。
「俺はちゃーんとお前の事嫌いだよ。」
「…………それは、願ってもない事だけど。」
怪訝な顔で言葉を返す。にやにやしながら、弟はより顔を近づけてくる。おでこ同士がぶつかる。
「俺が好きなのは、いつもどこか俺を馬鹿にして偉そうにしてるテメエの顔が、こうやって泣きそうになって怯える顔に変わる瞬間だよ!」
「っ、なにす、うわぁ!?」
襟をぐんっと引かれたと思ったら、言い終わったと同時に壁に叩きつけられた。痛みで顔が歪む。襟を離され、ズルズルと壁に背中をつけて座り込んでしまう。
弟を睨み付けるが、まるで響いていない。むしろ先程よりにやついている。
「ただ嫌いで不快なテメエの顔が、その時だけ好きで、好きで好きで仕方がないんだよお!」
弟は笑った。こんなに笑う弟は初めて見る気がする。
なにより、言っている内容が全く理解出来なかった。こいつは何を言ってるんだ?俺の怯える顔が好き?
「何言ってんだ、お前……。」
理解が出来ない。人を殴ると興奮する奴だとばかり思っていた。しかし、先程から叫んでる内容から暴力ではなく俺の顔に対して……。
(気持ち悪い…!)
先程までとは違う意味でこの場から逃げ出したくてしょうがない。出口であるドアは施錠されてしまっている。窓はカーテンがかかっていて、施錠されているかわからないが、どちらにしろそこまで行くには目の前の弟をどうにかしないとたどり着くことなど不可能だろう。距離もある。
思考に意識が向いていた為、弟が距離をつめて来ていた事に気づくのが一瞬遅れた。はっ、とした時には再度体を引っ張られ、床に倒されてしまっていた。
「っ、何すんだ!?」
今度は仰向けだ。天井を背景に弟がこちらを見下ろしている。照明が背にあるため、弟の顔は暗くて見えない。それが余計に恐怖を増長させ、心臓が高鳴り、顔から血の気が引いていく。
「…っふふ、ははっ…。良いねぇその顔。」
服を掴まれる。また襟だ、もう伸びてしまっている。そして、弟は左右に力を入れ始めた。力がこめられる程前を止めてあるボタンが引っ張られて、ミチミチ、と嫌な音をたて始める。
「は…!?お前、何してんだ!?」
このままではボタンを止めている糸が切れてしまう。焦った俺は弟の腕を掴み止めようとするが、負傷した右手に力が入らず、左手だけでは妨害にもなっていない。
耐えきれなくなった糸がブチッ、ブチッと切れた音が聞こえる。弟がより力を込めると、バツンッと一気にボタンが飛び、服の前が開いてしまう。飛んだボタンが宙を舞い、ベッドの下や部屋の隅、カーペットの上に落ちていく。
ボタンが飛んでしまったパジャマの下は、何も着ていなかった為、素肌が見えてしまっている。
(まさかこいつ…いや、流石に現実でやる奴いるわけない。)
嫌な考えがよぎり、さらに顔が青くなる。あり得ない、あり得ないだろう、と首を振って恐怖を振り払おうとする。右手は痛くて動かないが、両足は動く。お腹の上にのし掛かっている弟に向けて、左足で蹴りあげる。
「っ。」
弟が少し呻いた。きいてる。影になっている為表情は確認出来ない。弟からの反応がないのが少し怖いが、ひるませて逃げ出そうと必死に抵抗した。もう一度蹴る。
「…っ、おい。」
左手でなんとか体を支えながら起き上がろうとする。右手に少しでも力を込めると、刃物が刺さったような痛みがはしってしまう為、片腕のみではうまくいかない。足で攻撃しつつ、体を起こす事に夢中になってしまっていた。弟に反応があった事に気づくのが遅れてしまった。
「いってえ…!」
顔の左側にガツン、と衝撃が走った。一瞬視界がぶれた後光で埋め尽くされ、何も見えなくなった。瞬きを繰り返し、くらくらしつつも抜け出そうと足を動かすが、足にも衝撃が走った。
弟が何かしているんだ。それだけはわかった。足が痛い。痛みで痺れてきた。段々と動かそうとしているのに、力が入らなくなってくる。
「抵抗するのは大いに結構だけどさあ、本当に妨害される程動かれるのは嫌いなんだよなあ…。」
一段と低くなった声が聞こえた。目が見えなくても、声だけで弟が先程より怒っているのがわかる。情けないことに、その声だけで怯み、体が抵抗をやめてしまった。抵抗する気力を損なわれ、一気に体が重くなった。痛みがはっきりと知覚出来てしまった。
心では逃げたい、暴れて逃げたい、と思っているのに。俺の体は、恐怖に負けてしまったようだ。足を動かすことさえ、重くて…いや、動かそうとしても動かなかった。目眩で意識が弟からそれていた間に、足は痛め付けられ、何かで両足とも縛られていた。
「……な、何する気だよ、お前!外せ!」
「ふーん、口はまだ生意気みてーだ、なあ!」
ガツン、と殴られる。まただ。視界がぶれる。血の味がする。弟の拳は止まらず、顔だけではなくお腹にも飛んできた。
痛い。痛い。痛い。痛い!苦しい。苦しい。苦しい!
もう嫌だ。殴らないで欲しい。兄としてのプライドも意地も、殴られる度に破壊されている。
「やめてくれ、やめっ…あ、てくれ…もう、もう抵抗しない、ッぐ、から…!」
腕を動かして顔やお腹を守る。視界が真っ暗になった。目元に当たる肌に涙が伝う。その姿勢で固まり、ひたすらに懇願する。
「…。」
固まりながら震えていると、拳が飛んでこなくなった。暫くはそのまま縮こまっていたが、衣擦れの音と何か触ってきている感触に不安になり、恐る恐る手をずらして触られている部分を見る。
弟の手が見えた。自分の太もも辺りで、布を持って動かしている。ひんやりとした空気により素肌が触れて寒い。見えたのは弟がパジャマのズボンをおろしている光景だった。
「お前…!気持ち悪い、やめ、っがあ!」
瞬時に拒否反応が起きて抵抗をしようと体をよじる。すると、すかさず拳が飛んでくる。もう何度目だ。止まってもまた出てきてしまう鼻血が口にも入ってきた。血の味が嫌で出そうと咳き込む。
首に衝撃が入った。驚いて目を見開くと、弟が片手でオレの首を掴んでいる。反応を返す前に
首をギリギリと絞められ、声は声になら無かった。片手とは言え、ものすごい力だ。
「…ッ、ン…ぁ…!」
苦しい、苦しい、苦しい苦しい!酸欠か、頭がボーッとしてくる。視界がチカチカしてきた。もう、無理だ、息が。
「ッハァ!……カハッ、ゲホッ…!」
突然首への圧迫感が消え、吸えなかった空気が一気に入り込んでいく。何度も咳き込み、目にうかんだ涙もぼろぼろと落ちる。視界はまだぶれたままだ。それでも、なんとか見えた自分の下半身は既に布を一つもまとっていなかった。
「ッヒ、ハ……ッヒ、ハ……なんで、見るな、気持ち悪い、気持ち悪いいいい!」
ままならない呼吸、大嫌いな弟に何も身にまとっていない姿を見られた事、何度も殴られて痛い顔やお腹、踏まれて痺れて動けない右手、縛られた足。恐怖と羞恥で頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。叫んで逃げたい欲求や受け入れきれない現状にパニックに陥ってしまう。弟を突き飛ばそうとするが、ただジタバタと手を動かすだけしか出来ない。滅茶苦茶に手を振り回す。
バシッ。
「あああああ…!」
偶然、振り回していた手が弟の頬に当たってしまった。それでも俺は自分を止められなかった。暴れて弟から逃れようとしていた。ただ恐怖だけが俺を突き動かしていた。
痛みも忘れて暴れまわっていた右手が、弟に掴まれた。まるで握手でもしているかのように握り、ぐぐ…っと力を込めてくる。みし、と聞こえてくる音と共に強烈な痛みが身体中を駆け巡る。
「いっっ!いた、痛い…!」
変色するまで踏まれた右手が再度悲鳴をあげる。その痛みで混乱していた意識は元に戻ったが、状況が改善された訳ではない。むしろ、弟の憤激している顔が認識出来てしまった為、より救いがないと自覚出来てしまった。
右手はまた圧迫された為、痛みがひどい。心なしか腫れているようにも見える。
このままでは、この右手のように他の箇所も痛め付けられてしまうのでは。右手だけでも耐えきれない痛みがあるというのに、これ以上他の箇所まで殴られて踏まれでもしたら…考えるだけでも恐ろしい。
「あ…頼むから、もう止めてくれ、お願いだ、頼むよ…。」
必死に懇願する。服をほぼ脱がされて、みっともない姿を晒してしまっている羞恥心から涙も余計ににじんできてしまう。
しかし弟には、もうプライドなどかなぐり捨てて止めるように声を発している俺の言葉など届いていない。光源を背にし、半分影になっている弟の口がにんまりと笑ったのが見えた。小刻みに肩を揺らし、
「は?ここまでして止めるわけねーだろ?」
と笑う。とても楽しそうに。
「いつもはほどほどで止めといてやったけど、今日はもう止めねえ。テメエが泣きじゃくってごめんなさいごめんなさいって謝っても止めねえ。」
弟がのし掛かってきた。縛られた足は動かない、力無く投げ出された手は左しか動かない。
「せいぜい泣いてわめいて絶望してくれよ、それで壊れてつまらなくなったら飽きて捨ててやるからさぁ!」
「ひっ…。」
悲鳴をあげてしまう程、弟が…こいつが恐ろしい。
「な、何してんだよっ、オイ!やめ…ッガァ!」
抵抗はもう何度もした。暴れるだけなら弟はケラケラと笑うだけだ。
「うるせえうるせえ黙れ黙れ!」
しかし、どこで線引きがされてるいるのかわからないが、突然怒り出し、殴って、首を絞めてくる。
意識がかすれてくる。繰り返されて段々と体を動かす事がまた億劫になってきた。
弟の暴力が止まっても、俺は動けなかった。ぼうっ、と倒れたままだ。
感覚となんとか見えている視界で弟の動きを追う。衣擦れの音がする。腰辺りに触られた。…何をしているんだ。
首だけでもなんとか動かし、視界を広げる。ぼやけた視界を、瞬きで鮮明にする。と、同時に臀部に何か押し付けられる感触がした。くちくち、と穴に触れる音も聞こえてきた。冷たい感触もある。
頭を、先程はあり得ないと捨てた考えがよぎり、顔が青ざめる。
「何してんだよ、お前!」
思わず声をかける。うまく見えないが、手で穴を広げようとしているのは間違いない。体は悲鳴をあげているが、左手だけでも動かし、穴をいじっている方の手を掴もうとした。しかし、力が入らず、手を添えるだけで精一杯だ。上げた首もまた床に倒してしまった。
「おい、冗談だろ…?何考えてんだよ、お前っ、可笑しいよ…。」
そうこうしているうちに、指が一本入ってきた。変な感覚が下半身に走る。痛みは無いが、ひたすらに気持ち悪い、あんな場所で指が動いている感覚は感じたことなかった。
「っひ、このやろ…うう!」
指がまた一本増やされている。二本の指で穴をぐにっと広げられた。そのまま指が深く深く入っていく。
「っは、っは、っは、…もう、やめてくれよ、意味がわからない、なんなんだよっお前!」
圧迫感が徐々に増えてきて、未知の感覚から自然と呼吸が荒くなる。まさか、本気なのか?こいつ、俺を、本気で犯そうとしているのか!?
二本の指がばらばらに中を動き回る。ローションでもつけているのか、ぐちょぐちょと粘ついた音が体の中から響いてくる。その感覚に耐えられず、思わず目をつむってしまう。
視界が黒く染まっても、弟に襲われている状況は何も変わらない。このまま意識を失ってしまいたい。
こんな状況、受け止めきれるわけがない。混乱している間にも弟は手を止めない。
「さっきから嫌そうな反応しか返してこねーけど、前はばっちり勃起してるって自覚してるか?」
「んぐ…!?」
勃起してしまっていた性器を指でピンッと弾かれる。突然の刺激に先端からぴゅくっと精液が出てしまった。快感を感じてしまった自分に嫌気が指す。
「まあ、こちらとしては前立腺が探しやすくて良いがな。」
勃起してると固くなって見つけやすいんだとよ。と、ケタケタ笑う弟は死神か悪魔か、自分に害成す何かにしか見えない。
泣いているつもりはなかったが、目からは涙がとめどなく流れている。汗で頬に張り付いた髪にも涙がつき、余計に鬱陶しい。
「ひっ、ぐ…!」
髪に気を取られ、意識が逸れていた時に今までにない衝撃と、認めたくないが、快感が襲ってきた。慌てて顔をあげるが、ここからだと弟の頭でほとんど隠れてしまって何をしているのか見えない。
弟も汗をかいており、髪ぺたっと肌にくっついていた。
状況が把握出来ない間にも弟は手を動かし続けている。
「ひっ、っん、っ、あっ…!」
弟が指をぐん、と動かして一点を押す度に快感が走る。何で、こんな事で反応してしまうんだ、と自分の体に起こっている事が受け止めきれない。押されているから、以外にも焦りと恐怖と不安から呼吸がまた荒くなる。
とにかくこれを止めて欲しい、止めないと、おかしくなってしまう。
「やめ、っ、やめて、くれ、っう、やめろ…!」
出そうになる喘ぎを抑えながら制止を呼び掛ける。弟が手はそのまま動かし続けながら体を起こし、顔をあげて近寄ってきた。
その顔はにんまりと笑い、心底楽しそうだ。
「言っただろう今日はもう止めねえって。」
まるで死刑を宣告するように、上機嫌な声で言い放たれる。同時に今まで以上に力を込め押された前立腺に、我慢出来ずに口から出てしまう喘ぎ声。
こんな快感に感じ入っている自分の声など聞きたくなかった。大粒の涙が流れる。止まりそうにない弟の所業に、もう諦めて身を委ねてしまおうかと、僅かながら考えてしまった自分に絶望した。
ギロチンを目の前にした罪人の気持ちが、今ならわかるかもしれない。
穴に、指より遥かに大きいものが推し当てられる。嫌だ、と反射で抵抗しようとしたが、
「い、いあああああっ…が、あああああ…!!」
激痛が走った。痛くて痛くて、涙が止まらない。衝撃のあと、ふと目の前が暗くなり、まるで見えている世界が額縁の中の絵のような錯覚に陥る。
絵の中から、弟がこちらを見て気味の悪い笑みを浮かべている。それが動くと自分の体も動いた。今度は口が動いている。聞き取れない。
「………ッ、………ゥ……。」
「返事くらいしろよ、お・に・い・ちゃ・ん。」
今度は聞こえた。しかし、返事をしようにも
「…………………ぁ……。」
やはり絵の中の自分は動けない。
「痛みで意識飛んだのかよ面倒だなあ。」
不機嫌な弟が喋っている。反応がない俺に苛ついているのだ。
「血が出た方が、滑って良さそうだし、もっと泣き叫んでくれる、かなあ!?」
世界が揺れた。痛みで無理矢理現実に戻された。痛い。なんだ、苦しい、痛い!
「痛い、痛い…!うあ…っ、痛い!」
弟が激しく動く度、激痛が走る。
もう訳がわからない。俺は、なんで、こんなことをされないといけないんだ。
痛みに呻いていると、首に急に圧迫感を感じた。そのまま強くなっていく。呼吸が出来ない。耳にキーンという耳鳴りがして、苦しみがどんどん増してくる。
「ッうぐ…!?」
弟が、俺の首を両手で絞めていた。にやにやと笑いながら。
「俺さあ、首絞めながらヤるの大好きなんだよなあ。首絞めるとさあ、相手めっちゃ苦しそうなのに気持ち良さそうでしかも超しまってこっちもいい気分になるんだよ。」
上機嫌に喋っている弟の声が耳鳴りのせいでほとんど聞こえない。自然と首回りにも力が入ってしまい、喋ることも難しい。
「や、めろ…死んじ、まう…。」
なんとか絞り出した拒否は、自分でも悲しくなるほど小さい。
「うるせえなあまた殴られたいのかよ、ええ!?呻くか喘ぐかどっちかにしろ!」
悪魔か、悪魔のような形相で弟は至近距離まで顔を近づけ、俺に叫ぶ。その間も首を絞める力は衰えず、気道は塞がれ続ける。
もう無理だ。と、意識を手離す寸前で強く腰を打ち付けられ、首の圧迫感が消えた。突然入ってきた空気にゴホゴホと咳き込む。
「っ、重、い…!」
体に重いものが乗ってきた。というより、倒れてきた。衝撃でさらに咳き込んでしまう。
「ハハッ…!気持ちいいなあ。」
弟だった。荒く呼吸をしながらも、心底嬉しそうに笑っている。今すぐにでも突き飛ばしたいが、疲労と拘束で体が動かない。呆然と力無くなすがままになっている。
そのまま背中に腕がまわって、…………何をしているんだろうこいつは。
「アニキ…ふふ、ハハハ…!そっかそっか、やっぱそうなのか俺。」
何故か抱き締められた。そのまま首筋に顔を埋めてケラケラ笑っている。くすぐったいが、酸欠で感覚が鈍っているのか、もうどうにでもなれ、と反応すら返せない。そんな俺に気分を良くしたのか、俺から離れた弟の顔は悦楽にひたっていた。
「今度は意識が飛ぶほどやってみたい、無気力な今のアニキより、もっともっと…!」
首に再び手が伸びてきた。また、苦しくなるのか、興奮して気が動転してる今の弟に先程よりも強く絞められたら。
(死ぬかもしれない…!)
小刻みに震えつつも逃げ出そうと体を懸命に動かそうとする。そんな俺の動きを、心底面白そうに陶酔した表情で弟はいとも容易く止め、
「ははっ…!」
再び、首が絞められた。
「……めろ、………や…ろ、やめ………れ、や、め………。」
「また意識飛ばしたのかよ。」
何度か抱いた後、兄からの反応が薄いなと顔を覗き込む。目は俺の動きを追っていない。
上気したように赤くなった頬、目は虚ろで、両目から大量の涙を流し「やめろ」とうわ言を繰り返している。壊れたのか?
ぺちぺちと左頬を叩くがうわ言は終わらず、衝撃でたまっていた涙が更にこぼれ落ちた以外に反応は示さない。
それにまたにんまりと俺は笑った。自然に口角が上がってくる。
「うーん、その表情と反応が虚ろになってぼやけた眼、最高だ。」
はあ、はあ、と息を吐く。顔に熱が集まってきて、またあそこに熱が集まってくる。兄の胸をさすり、首筋に顔を埋める。そのまま舐めて噛んで、先端をいじる。ぴくっ、と反応が示され、気分がいい。完全に兄の体にのし掛かり、空いている手で兄のものを掴み、さすり、刺激を与える。
「ああ、輝里、輝里ぃ…!もっと怯えてくれ、もっと虚ろになってくれ、可愛い、可愛い…!」
夢中になって触っていると、兄のものが反応し、また濡れてくる。暫し、そのまま続けると、精液が出てくる。回数も重ねていたので少量だが、俺の手と兄のお腹に飛び散る。
にやけるのが止まらない。体を起こし、兄の精液を舐めながら歩いてスマホを取りに行く。照明で影にならぬよう、注意してカメラを起動し、ピントを合わせる。カメラ越しで自分の好きな兄の姿がはっきりと確認出来た。
「アハッ。」
パシャッ。
抑えきれない笑いと、シャッター音が真夜中の部屋に響いた。
目が覚める。ぼんやりとした意識が覚醒する。何時だ、今は。体を起こそうと力を入れる。
「ッッッッ!?ア゛…!?」
身体中あらぬ所に激痛が走った。あまりの痛みに悲鳴をあげそうになるが、喉も焼けるように痛く、声にならない。
「あれ、アニキ起きたの。」
痛みに悶えていると、弟の…才雅の声が聞こえた。怖い。普段なら兄としてプライドもあるから、あからさまに怖がったりしないが、今は無理だった。恐怖で思わず飛びすさりそうになる。が、
「ッ…!……、……ゲホッ、くっそ…。」
身体中の激痛とまた叫びそうになって喉も痛み、呻いてその場で固まってしまった。
「あんだけ叫べば喉つぶれるに決まってんだろ。」
ほい水、と弟は氷入りの水が入ったコップを差し出してきた。目が点になる。普段の弟からは考えられない出来事に恐怖も一瞬飛んでしまう。
恐る恐る手を伸ばして、コップを受けとる。受け取ろうとする動作だけでも色んな所がじんじんと痛む。なんとか口許まで運び、一口飲む。水がしみて喉に痛みが走るが無理矢理飲み込んだ。
俺が水を飲んでいる間に、弟はベッドに座りこちらをじっと見てくる。あまりにも見てくる為、こちらも視線を弟に向けてしまう。無表情だ。
「まあありきたりな脅しなんだけどさ、昨日の写真に撮ったから。」
「ゴフッ!……………え。」
少しずつ水を飲んでいると、弟はスマホの画面を俺に見せてきた。その画面と言葉の内容に驚き、少しむせてしまう。
「え、え………え、ごれ、いづ…。」
喉は痛いが無理矢理にでも声を出して尋ねる。スマホの画面には、全身噛み跡、あざだらけで白濁も散らばっている俺の姿が映っていた。目は虚ろで、ベッドに力なく横たわっている。撮られた記憶など無い。
「別にこれ誰かに見せるつもりとかはさらさらねーよ。今日から痛め付ける度に2、3枚撮ってアルバムでも作ろうかと。」
弟はこちらの質問には答えず、恐ろしいことを宣告してきた。写真を撮る…?アルバム…?
「何を…言ってんだよ……消せよ、ッケホ…。」
「今のテメエは憎たらしいだけだが、昨日みたいになったアニキは大好きだもんで。好きな奴は傍に置いておきたいもんだろ?」
弟はこちらの言うことなど意に介していないのか、スマホを操作し、また違う角度から撮った俺の写真を表示し、見せながら脅してくる。怖い。
「そして滅多に会えない想い人には、会いたいと思って当たり前なわけで。しかも、確定で会える方法が目の前に転がってる。」
怖い。怖い怖い。理解出来ない。弟から動かない体を無理矢理動かして距離を取ろうとする。
「逃げんなよ。ちょーっとイライラしたら肌身離さず持ってるこれをわざと表示したままにして教室の机の上に置き去りにするとか、しちゃうかもなー。」
体を支えていた腕を捕まれる。引っ張られ、体は弟の方に傾いてしまい、ついには弟の体に寄りかかってしまう。恐怖で心臓はバクバク大音量で鳴り続けている。体は震えている。
恐怖で震えている俺の顔を両手でつつみ、顔を近づけた弟はにっこりと笑った。
「じゃ、これから暫くは俺の好きなアニキでいてくれよ。輝里。飽きたら、捨ててやるからさ。」
両手が首に移動し、軽く締め付けられながら感じる弟の唇の感触は、息苦しさで朦朧としてくる意識では感じ取る事が出来なかった。
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