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第10話
「ねぇ、お互いの会社の中間に家借りて、一緒に住もうよ。」
家を何処にしようか悩んでいると弓弦から提案があった。俺は大学卒業した後は疎遠になる覚悟をしていたので、まさかの提案に固まってしまう。
今でも毎日会っていて、泊まりも日常茶飯事だが、これは大学生だから悠々自適に出来ている。一緒に住むということは、社会人になっても睡眠、食事、風呂、家事……仕事以外は一緒にいるということになる。想像するだけで、気持ちが忙しなく動く。
大学で終わってしまうと気持ちに折り合いをつけなくてもいいのだ。好きな人と生活を一緒にする。夢のようだ。まるで恋人の同棲と同じである。
すごい。すごすぎる。
同棲した後に終わりを告げられたら立ち直れないかもしれないとネガティブな気持ちが生まれる。けれど折角のチャンス。後悔するなら、いつくるかわからない別れを怖がるよりも、一緒にいたいと思ってくれている間は近くにいたい。もし同棲しなかったら、大学卒業後疎遠になって会わなくなるだろう。それは避けたい。
「…別に遊馬がしたいなら、いいよ。」
ぶっきらぼうに言いつつも、俺は内心嬉しくて仕方がなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
大学卒業後、2人の会社の中間駅付近のアパートにルームシェアをして住むことにした。
新人社員として会社で働き始め、最初は研修ばかりで社会人も楽だなと軽視していたが、研修が終わるとツラさがどっと押し寄せてきた。山のような覚える事、今まで接する機会が少なかった歳上の人との関わり、タイムプレッシャー、徐々に独り立ちする仕事の数々……。
謳い文句みたいに書かれていた残業月10時間なんて新人には適応されなかった。確かに仕事の早いひと、うまく人に仕事を頼める人は早くに帰っていく。でもそれ以外の人は残業して退社時間が7〜8時はザラだった。
『終わらなければ残業してやれ。』直接へ言われなくとも、社内の雰囲気はそうなっており、俺はいつも最後の方まで残り、身体的にも精神的にもクタクタで、激変した生活についていくのがやっとの状態で帰宅する。
「ただいま……。」
「あ、雪雄。おかえり。」
帰りが7〜8時の俺とは違い、弓弦は定時退社が基本だった。親父さんの会社はまずまず大きい会社なので、きっちりしている。残業なんて以ての外。残って仕事をするなら評価を下げられ、残業時間が多い部署は改善を求められる。
なので弓弦が残業しているときは1.2回しか知らない(実は俺が眠った後に自室に篭って持ち帰った仕事をしていたらしいが、自分の事で手一杯で気づかなかった)。
俺より帰宅が早いが為に、いつの間にか夕食当番は遊馬になっていた。食卓にはハンバーグにコーンポタージュ、サラダと白米が準備されている。
「ご飯ありがと…。いただきます。」
「今日も疲れてるね?仕事で何かあったの?」
大学の頃は俺に毎日吐き出していた不平不満を遊馬は社会人になって言う事が少なくなった。親父さんの会社なので、我慢しているのだろうか。でも仕事の話を楽しそうに話すことも多く、本当に楽しいこともあるのだろう。
今は大学の時とは逆転し、俺が仕事のモヤモヤを吐き出して、弓弦に聞いてもらい、励ましてもらうようになった。
「そっか。慣れないときついよね。でも雪雄なら大丈夫だよ。前の時出来ないって言ってたこと、もう出来てるんだから。」
遊馬に話を聞いてもらうと俺は何もできないと惨めな気持ちが無くなり、自信を取り戻して会社に行く事が出来ていた。俺が欲しい言葉をくれて、sexしながら俺を好きだと囁いて、大事に愛を注いでくれる。好きな人にこんなにも思って貰えて嬉しい。
でもふと終わりのことが頭をよぎると、怖くて隠れて涙を流した。
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