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処刑場のアリア

 タイバーン処刑場に美しいアリアが響き渡る。刑の執行を見守る観衆たちはその声に聴き惚れていた。  女のそれと寸分たがわないそれを、少年が奏でていると誰が思うだろうか。美しい金髪を翻す歌い手は、淡い色彩のドレスに身に纏っていた。空のように青いドレスと同じ眼を少年は伏せる。  否、彼は女性かも知れないし、かと言って男と呼ぶには必要なものが欠落した存在でもあった。だからこそ、彼を育てたマダムは、彼のことをこう言ったのだ。 『お前はモリーだと』  モリーとは男の中でも女の格好を好んでした同性愛者たちをさす言葉だ。同性愛、特に男色はイギリスにおいて、極刑に値する重い罪だ。 彼らはロンドンの各地にあるモリーハウスと呼ばれる隠れ家で、密かに会うことを楽しんでいた。そんなモリーたちに囲まれて、美しきエドワードは育ったのだ。  マダムは自分をモリーだといった。男でも女でもなく、男しか愛せない中途半端な存在だと。他のモリーたちが男でいられたのと違って、エドワードはそれができない体をしていた。  それが、彼が美しい歌を奏でられる理由でもあり、彼の秘密でもある。 「ねえ、君はどう思うロビン?」  不意に歌をやめ、エドワードは口を開く。彼は手に持っていた銀の懐中時計を眼前へと持ってきていた。湖面を想わせるエドワードの眼が不意に歪み、彼の頬を温かな涙が流れていく。  壊れた時計が時を告げることはなく、それは止まってしまった最愛の人をエドワードに思い描かせた。  ロビン。  自分と同じモリーありながら、モリーとして生きることを許されなかった存在。彼を殺したのは他ならぬエドワード自身だ。マダムと、自分を育ててくれたモリーを守るためにエドワードはその手を血に染めた。 だから、これから語られるのは二人のモリーたちの物語だ。  エドワードとロビン。  モリーとしてしか生きられなかった少年と、モリーになれなかった少年の、儚くも罪深い物語なのだ。

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