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聖者と妖精
ビロードが壁に貼られたその部屋で、ロビンはすっかり女性もののドレスを身に着けていた。絹でできた黄色いポロネーズは、ふんわりとしたスカート部分に愛らしい駒鳥が刺繍されている。栗色のロビンの髪はラウンドイヤーキャップに覆われ、胸元にはロビンの眼の色と同じ翠色が美しいカメオが飾られいる。もともと中世的な顔立ちをしていたのも相まって、ロビンは少女と見間違うばかりに美しい存在に変貌していた。
「綺麗だよ。ロビン……」
そんなロビンを、うっとりとエドワルダが後方から抱きすくめる。青いドレスに身を包んだ彼女は、そっとスカートの裾から手を差し入れ、絹の靴下に覆われた細いロビンの足を撫でまわしていた。
「エドワルダっ」
「あら、やっぱり年も若いし初めてなんだね……。初々しいその反応も可愛らしいね」
「その……まだそれは……」
自分はここを偵察しに来たのだ。手玉に取られてしまっては元も子もない。
「うん、僕もまだ君とは寝る気にならない……。食べちゃいたいとは思うけどね」
「やっぱり君は……」
「さあ、男と女どちらだろう……。僕を形容する言葉があるとすれば、それはモリーだけだ」
そっとロビンの足から手を放し、鏡の中に映るエドワルダは笑ってみせる。その笑みがどこか悲しげに見えて、ロビンは眼を逸らすことが出来なかった。
「ねえ、ロビン。君はどっち?」
エドワルダがロビンを抱き寄せ耳元で囁く。その妖艶なる声に、ロビンは体を震わせていた。
そっとロビンは思い出す。少女の格好をした自分を、異なる名前で呼ぶ母のことを。そんな母に微笑む自分を。
「僕が、男であることを望まなかった人ならいる」
静かにロビンはエドワルダの問いに答える。
「じゃあ君は、女になったことを呪う? 自分が、女になりたいことを?」
「呪うも何も、僕自身がそれを望んでいたんだ。女になることを、僕自身が」
「だから、ここに来たの?」
「そうかもしれないね……」
女になることを楽しむ君たちを狩りに来たとどうして言えるだろうか。ロビンは笑いながら、鏡を覗き込むエドワルダを見つめていた。彼女もまた鏡越しに自分を見つめている。
彼らを狩ることはロビンにとって復讐なのだ。自分を認めなかった母への。敬虔なるプロテスタントでありながら、聖書の申命記に記された禁を破り自らの息子を死んだ姉の身代わりにしていた母への、復讐なのだ。
だからロビンは微笑んでみせる。鏡越しのエドワルドに。
自分を、ここに連れてきてくれてありがとうと。これで復讐が果たせると。
「君は危険な人だ」
エドワルダが呟く。ロビンは大きく眼を見開いて、鏡越しに彼女を見つめた。鏡に映る彼女は蒼い眼をそっと伏せ、口を開く。
「ここに来たことがそんなに嬉しい? そう顔に書いてあるよ」
自分が産まれるよりも数年前に死んだ姉は、自分にそっくりな顔をしていたという。そんな話を聴かされながら、ロビンは母の腕の中で育っていった。そんなロビンに母は姉の身代わりをさせたのだ。
モリーハウスの天井に吊るされた鳥籠の中に、エドワルダがいる。青いペチコートを翻す彼女は、薔薇色の唇をそっと開いていた。
そこから奏でられる高いソプラノに、ロビンは大きく眼を見開く。他のモリーたちも歓声をあげながら、鳥籠に閉じ込められたエドワルダに視線を送っていた。
歌われるのは、恋のバラット。人ではない妖精が、人の男に恋をして妖精の国へと彼を連れ去る物語を、エドワルダの歌は綴る。
このバラットが示しているのはモリーたちのことだ。妖精はモリー。男はモリーが恋慕を抱く相手。その相手を同じモリーにすることで、彼らは思いを成就させる。
死の国のみ使いである妖精が、死者となった人間たちを自分たちの同胞として迎えるように。
ここは地獄だとロビンは思う。妖精たちは堕天使だ。その堕天使たちが築いた王国を地獄といわず何と言おう。その地獄に自分は神の鉄槌を与えるのだ。
それが、自分に課せられた使命。その妖精たちの導き手ともいえるエドワルダを、ロビンはじっと見すえていた。
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