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婚姻

 駒鳥亭のテラスを降りたその場所に、チャペルへと続く扉はある。夜中だというのにチャペルの中には背の高い女たちが集い、清楚なドレスを褒め合っていた。よくよく見ると彼女たちの細い首には喉仏があり、体つきも普通の女性に比べていかつい。  モリーたちである彼女たちは、今日この場所でおこなわれる婚姻を今か今かと楽しみにしていた。彼らが意中の人と結ばれることはまずない。だからこそ、モリーハウスでは彼らのためにチャペルやプライベートルームを併設しているのだとロビンはエドワルダから聴かされている。  そのチャペルの礼拝席にモリーたちと共にロビンは座っていた。   今やこのモリーハウスが法に逆らうことをおこなっていることは明白であり、ロビンはじっと神の冒涜するそのチャペルを見回す。  白を基準としたチャペルには小さなバラ窓が備え付けられている。その薔薇窓に照らされながら、純白の花嫁衣装に身を包んだ男性が初老の男に伴われ、マダムの待つ祭壇へと歩み寄っていた。祭壇の前には同じく花嫁衣装に身を包んだ男性が待ち構えている。  年にして三十歳ほどだろうか。整った顔立ちの二人は顔を見合わせ、お互いの花嫁衣装が乱れるのも気にせずに抱きしめ合う。  チャペルから、二人を祝福する声と拍手が沸き上がる。ロビンの隣に座るエドワルダもまた涙に潤んだ眼を細め、結ばれるはずのない二人に惜しみない拍手を送っていた。 「静粛に、諸君」  そんなモリーたちにマダムが声をかける。人々は静かになり、向き合うモリーのカップルたちへと視線を向かわせた。僧衣に身を包んだシスターは、そっと二人を見つめ言葉を紡ぐ。 「汝ウィリアム・アイリスは、このルシドラ・マクドナルドを伴侶とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」 「誓います」  マダムの言葉に、ウィリアムと呼ばれたモリーは頷いた。マダムはウィリアムの隣にいる赤毛のモリーへと顔を向ける。 「汝、ルシドラは、この男ウィリアムを伴侶とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、 病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」 「誓います」  分厚い唇を動かし、男とは思えない繊細な声でルシドラは誓いの言葉を述べていた。二人は見つめ合い、マダムの言葉を受けて口づけを交わす。人々から歓声が再び湧きあがり、そんな人々に二人は満面の笑顔を浮かべていた。 「何なんだ、この茶番は……」  気持ちが悪いと、ロビンは吐き捨てていた。神がアダムとイブをこの世に作ったころより、男と女が伴侶になることは自然の理として存在する。その理を捻じ曲げ、男と男が神のみ名のもとに結ばれるこの儀式は、神への冒涜そのものだ。  女装だけならばまだ許容できる。だが、神への冒涜を平然とおこなうこの駒鳥亭の連中を、ロビンは放っておくことができなかった。  神のみ名において男同士の結婚など、けっして許されてはいけない行為だ。その法に背く行為をロビンはしかと眼にした。  証拠はつかんだ。あとは、仲間たちと共に警史を引き連れこの場所に殴り込みをかければいい。今のようにチャペルで結婚式を挙げてくれていれば、それこそ好都合だ。 「気持ちが悪いって、モリーハウスに来て女装してる君が言える台詞かな」  澄んだ嘲笑がロビンの耳朶に轟く。隣にいるエドワルダが、黄色いドレスを着たロビンに苦笑を送っていた。 「結婚は男と女同士でやるものだ。それを、悪魔すらも恐れるようなこのようなことが、許されていいのか?」 「マダムは聖書のどこにも、ソドムとゴモラでおこなわれていた悪徳が男色だと決めつける文章はないと言っていたよ。僕に聖書のことは分からないけれど」 「君はモーセの十戒を言えるか?」 「姦淫がいけないとは書いてあるけれど、男同士が結ばれることは悪とは書かれていないよ。逆も然りだ」 「それは君の解釈だろ」 「君はカトリックのように教会を介してしか人は神の教えを理解できないと思っているのか?」  氷のように冷たいエドワルダの眼差しがロビンを射抜く。ロビンはぐっと言葉を堪え、そんなエドワルダを見つめた。 「僕は思う。ローマ教皇も国王も、真に神の教えを理解しているとは思えない。僕の存在がそれを証明している」  エドワルダが口元を歪めて笑う。彼女が言うように国王やローマ教皇が神の教えを理解していないとはどういう意味なのだろうか。 「ねえ、ネズミ殺しをを見学しないかい?」  いぶかしがるロビンに、エドワルダは妖艶な微笑みを送ってきた。

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