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闇BLフェア開催中

「これこれ、そこの美少年二人。」  高校の帰りに、ちっちゃいじーさんに話しかけられた。 「ん? なに?」 「なんですか?」 「ふぉっふぉっふぉっ。そっくりじゃのう。双子かのう?」 「ああ。でも俺の方がかっこいいだろ。」 「ふふ。僕のほうがかっこいいでしょ。」  兄、弟の順でしゃべっている。 「ふぉっふぉっふぉっ、ナルシストな双子じゃのう。」 「なあ、じーさん。どっちがイケメンだ?」 「おじいさん、僕の方がイケメンだよね?」 「どっちかのう。しいて言えばこちらがタイプかのう。名前はなんて言うのじゃ? 聞いてもよいかの?」 「チッ、俺じゃないのか。見る目ないな。」 「残念だね、陽順。おじいさん、清順だよ。」 と自分の顔を指さして言う俺の弟。 「良い名前じゃのう。」 「失礼にも『同じ顔じゃん』って言う人が多いのに違いが分かるのか。」 「『同じ顔』はヘコむね。『似てる顔』ならまだいいのにね。おじいさんが選んでくれたのは、僕の方がかっこよかったからだよ。」 兄・陽順、弟・清順の順で話している。 「ふぉっふぉっふぉっ、清順の方が話し方が優しかったからじゃ。」 「なんだ。見た目じゃないのか。」 「どっちにしろ、僕のがいいって言われて嬉しいよ。」 「かわゆいのう。美少年大好きじゃ。抱きしめたくなっちゃうのう。」 「やめろジジイ。」 「抱きしめ禁止。」 「言ってるだけじゃ。警戒するでない。わし喫茶店やってるんじゃ。これ割引券。美少年にしか配ってないんじゃ。よかったら来てくれんかのう。じゃあな。」  そう言ってじーさんは、ピューっと走って消えた。  もらった割引券を見た。 「飲み物半額か。」 「行ってみよっか。」  そのまま喫茶店に向かう。  到着した。  「喫茶ブルーレモン」という名前だ。店の前の小さな黒板にチョークで輪切りのレモンの絵と「闇BLフェア開催中」と書かれてある。 「闇BL? BLってボーイズラブか?」 「闇って何? 腐女子御用達の真っ暗闇な喫茶店?」 「お前、腐女子たがら分かるだろ。」 「腐男子だよ。自分もたまにBL読んでるでしょ。とりあえず入ってみようよ。」 「ここが入り口か?」  入り口のドアが小さい。腰をかがめて入った。  店内は少し薄暗くて、暗闇ではなかった。テーブルとイスが普通のよりちょっと小さい。 「小人が住んでそうな可愛い店だね。」  と清順。 「あのじーさんなら丁度いいサイズなんだろうな。」  二人で向かい合って座れるテーブルに着いた。 「いらっしゃいませ。」  おそらく二十代のイケメンウエイターが水を持ってきた。グラス二つを片手で器用に持っている。黒いベストとズボンがかっこいい。ワイシャツの袖を腕まくりしていて、浮きでる血管と筋に思わず目を奪われた。 「本日のおすすめは『闇BLタルト』です。ご注文が決まりましたら、お呼びください。」  とニコッと白い歯が見える笑顔を向けた。 メニュー表を見た。 闇BLタルト 闇BLクレープ 闇BLシャーベット 闇BLパウンドケーキ 闇BLレアチーズケーキ  ……これらはスウィーツだな。 闇BLティー 闇BLスカッシュ  ……飲み物だよな。 「闇BLってなんだ? 全てのメニューに付いてるが、これは一体。」 「写真が無いから分かんないね。深く考えずに決めよっか。僕は闇BLタルトと闇BLティーにしよ。陽順は?」 「う〜ん、闇BLレアチーズケーキと闇BLティー。」 「おっけ。すみませーん。」  清順がイケメンウエイターを呼んだ。 「はい。ご注文はお決まりですか?」 「闇BLレアチーズケーキ一つと、  闇BLタルト一つと、  闇BLティー二つ。以上でお願いします。」 「レアチーズケーキお一つと  タルトお一つ、  ティーがお二つですね。  冷たいのと温かいのどちらにしますか?」 「僕は温かいので。陽順は?」 「冷たいの。」 「かしこまりました。」  イケメンウエイターが去る。 「店員さん『闇BL』省略してた。」  清順がガッカリしてる。 「言うのめんどくさいんだろ。全部に付いてるから言わなくても分かるだろ。」 「闇BLって何かな?」 「注文の時聞けよ。」 「すぐ答え聞いたらつまんないじゃん。考えるのが楽しいんだよ。」 「闇BLねえ。闇、闇かあ。なんだろう。」 「闇鍋? 闇金? わかんないや。」 「お待たせ致しました。」 俺の前に 闇BLレアチーズケーキと 闇BLアイスティー。 清順の前に 闇BLタルトと 闇BLホットティーが置かれた。 「以上でおそろいですね。」  イケメンウエイターが注文の紙をレモンの置き物の下に挟んだ。 「すみません、闇BLってなんですか?」  清順が片手をあげて質問した。学校じゃないんだから挙手しなくていいのに。 「ヤミーブルーベリーレモンの略です。ヤミーは英語で『おいしい』って意味だそうです。」 「なんで省略したんですか?」 「なんででしょうね。店長が決めました。」  とイケメンウエイターはニコッと笑顔で言ってカウンターへ戻った。 「食うか。」 「うん。」  俺のヤミーブルーベリーレモンレアチーズケーキは、レアチーズケーキの上にブルーベリーといちょう切りにしたレモンが乗っかっていた。  清順のヤミーブルーベリーレモンタルトもそんな感じ。一口食べさせてもらったがうまかった。  ヤミーブルーベリーレモンティーも、さわやかな甘ずっぱさでおいしかった。  メニュー名を省略した理由が分かった。長いからだ。 「おじいさん、いないね。」  清順が店内を見渡す。 「外で割引券配ってんだろ。」  帰る時にイケメンウエイターから新しく割引券をもらった。 「おじいさんに割引券もらって来たんですけど、おじいさんはいついますか?」 清順が質問した。 「朝から昼間ならいますよ。」 イケメンウエイターがニコッと笑って答える。 店を出た。 「あの店員、全然タイプじゃないが、キュンとくる笑顔だな。」 「素敵な笑顔だったね。」 「孫かな?」 「全然似てないよ。」 「じーさんとデキてんのかな? 腕時計がおそろいだった。」  「僕もそれ気づいたよ。五十歳くらいの年齢差かな?」 「あのじーさんやるな。」 「今度詳しく聞いてみよ。」  次の週の休日。喫茶ブルーレモンに向かう。 「今日は闇BLスカッシュ飲むかな。」 「いいね。ヤミーブルーベリーレモンスカッシュおいしそうだね。」  喫茶店に着いた。  ドアを開いた。カランコロンとドアベルが鳴る。中は真っ暗だった。 「あれ?」 「まだ閉まってる?」 「十時開店だろ。もう十一時だ。」 「そうだよね。」 「すみませーん。」 「今日休みですかー?」  ウェッ  ズビズビーッ 「なんか聞こえる。」 「入ってみようか。」  スマホの簡易ライトを付けて中に入った。店内を照らす。 「おーい、じーさん。」 「おじいさーん。」  ウェッ  ズズッズズーッ 「うめき声と、何の音だ?」 「変なことしてたらどうしよ。」  じーさんが、店の端っこでうずくまって泣いていた。 「じーさんいた!」 「どうしたの?」 「ぐすんぐすん。ヒックヒック……。お、おぬしらか……。」  じーさんが涙と鼻水でグチャグチャの顔をしていた。 「何で泣いてんだ?」 「お腹痛いの?」  じーさんがズビスビと鼻をすすりながら 「ぐすんぐすん、ヒックヒック。 ……彼氏に店の金を持ってかれたんじゃ……。」 「えっ。彼氏ってあのウエイター?」 「笑顔の素敵なイケメンウエイター?」 「そうじゃ……。今朝、レジのお金を持ち出すところを注意したら殴られた。ウェッ、ウェッ……」  じーさんの嗚咽が激しい。 「ひでえな。大丈夫か。」 「落ち着いておじいさん。」  清順がじーさんの背中にそっと手を置く。  俺は店の電気のスイッチを見つけてオンにした。 「じーさん、今日は店休めよ。」 「ゆっくり休んだほうがいいよ。」 「ぐすんぐすん。おぬしら、闇BLシャーベット食べていかんか? 特別にタダにしてやる。ひとりでいるのがつらいんじゃ。」 「タダ? いいのか?」 「ありがと、おじいさん。」 「グスッ、二人とも遠慮しないのう。じゃが、そこがいいのう。」 「うまいな。闇BLシャーベット。」 「うん。ヤミーブルーベリーレモンシャーベットおいしい。」 「ふおっふおっふおっ。美少年が喜ぶ笑顔は最高じゃのう。ケーキもシャーベットもわしの手作りじゃよ。ブルーベリーもレモンもわしが育てたのじゃ。」 「へえー、料理上手で果物も育ててんのか。」 「今度作り方おしえてよ。」 「ふぉっふぉっふぉっ。美少年の頼みならお安い御用じゃ。」 「そういえば、じーさん、警察に彼氏のこと電話しないのか?」 「彼氏、殴ってお金持ってたんでしょ。警察に相談したほうがいいよ。」 「アイツが店の金を持ち出すのはいつものことじゃ……。」 「えっ!」 「いつもなの?」 「今頃ギャンブルに使ってるんじゃろ。」 「じーさん……。」 「別れたほうがいいよ。」 「そうじゃな……。しかし、なかなかふんぎりがつかんのじゃ。何しろ、九百年以上前から好きだったのじゃ。」 「九百年? そんなに長生きなのか?」 「九百年も片想いしてたの?」 「ああ、わしもアイツも千年生きておる。年はほとんど変わらん。 二人とも魔法使いじゃ。同じ師匠についていたのじゃ。わしが兄弟子でアイツは弟弟子。 若い頃はもっとかわいかったんじゃ。 アイツはしょっちゅう若返りの薬を飲んでるから見た目が二十代なのじゃ。 最近やっと告白してOKもらえたんじゃ。」 「へえ。魔法使い初めて見た。」 「どんな魔法が使えるの?」 「証拠を見せてやろう。ジジンプイプイ じじじのジ」  食べ終わったシャーベットのお皿が浮かびあがった。 「うわっ」 「何これ手品?」  スイーっと二枚のお皿とスプーンが、キッチンの流しに飛んでいった。泡のついたスポンジが宙に浮きながらカチャカチャと音を立てて洗っている。 「魔法じゃよ。」 「へえー。魔法でギャンブル勝てないのか?」 「そうだよ。魔法でボロ儲けすればいいよ。」 「魔法を悪いことに使っちゃいけないのじゃ。罰があたったら嫌じゃからの。」 「魔法でギャンブラーと別れればいいのに。」 「そうだよ。殴ってお金持ってく男ひどい。」 「アイツに九百万貸してるんじゃ。返してもらうまで別れられん。今日も勝ったお金で返すと言ってギャンブルに行ったんじゃ。」 「九百万? そんなに貸してんのか?」 「まさか全部ギャンブルに使ってるの?」 「そうじゃ。九百年と九百万を無駄にしたくないんじゃ。」 「無理だろ。あきらめたほうがいい。」 「九百万当てても返してこないと思うよ。」 「な、なんじゃと…………!」 「当てた金でまたギャンブルするだろうな。」 「ギャンブラーは恋人にはお金返さないってテレビの人生相談で言ってたよ。きれいサッパリ忘れようよ。」 「う、ううう、そんな……わしは騙されてたのか……。」 「ここのケーキうまいから、九百万なんてすぐ稼げるだろ。」 「僕ら美少年が働く喫茶店だって宣伝すればボロ儲けできるよ!」 「バイトするって勝手に決めんな。」 「いいじゃん。一緒に働こうよ。」 「おぬしら…………。ありがとな。じゃあ、彼氏とは別れる。縁切りの魔法を使う。」 「縁切りの魔法!」 「あるんだ。」  カチャカチャとじーさんが何か作ってる。 「何作るんだ?」 「ジュース?」 「闇BLスカッシュじゃ。これを魔法のアイテムにするんじゃ。」  ブルーベリーシロップとレモン汁と炭酸水を混ぜて、闇BLスカッシュができあがった。 「ヤミーブルーベリーレモンスカッシュか。」 「赤紫色がきれいだね。」  闇BLスカッシュの入ったグラスをじーさんが両手で持つ。じーさんの目が涙で光ってる。涙が一滴グラスの中に落ちた。 「ジジンプイプイ ジジジのジ ラナヨサ デママイ ウトガリア!」  グラスの中の炭酸水がシュワシュワーッと急速に蒸発して、店内がブルーベリーとレモンの香りで充満した。 「…………これでワシは、もう……、アイツのことを、好きでは……ない。 アイツも、ここへは……二度と、来れない……。ウウッ、ウオッ」  じーさんの涙と鼻水があふれ出す。 「じーさん……。」 「これ使って。」  清順がハンカチを渡した。 「ズビーッ!」  じーさんが清順のハンカチで鼻をかむ。 「いっぱい泣けよ。じーさん。」 「そのハンカチあげるね。」 「ウウッ……。」 「かわいそうだな。」 「大好きだったんだね。」 「わしの九百年がッ! わしの九百万がッ! 無駄じゃったッ!」 「男じゃなくて時間と金か。」 「大丈夫だよ。一緒に取り戻そう。」 「ウウッ! ありがとな。清順。」 「えっ、じーさん、俺は?」 「おぬしは名前なんじゃったかの?」 一週間後 「今日から本格的にここでバイトだな。」 「緊張するね。陽順、ウエイターの格好似合うね。」  俺はウエイター、清順はパティシエの格好をしている。 「だろ。俺何でも似合うんだ。」 「僕のが何でも似合うけどね。」 「いや、俺のが似合ってるから。」 「僕のが似合ってるの。」  にらみ合う。清順、怒った顔もかわいいな。もちろん俺の方がもっとかわいいが。 「にしても、じーさん来ないな。」 「寝坊かなあ。」 「ふぉっふぉっふぉっ。」 じーさんがやってきた。 「お。じーさん遅かったな。」 「遅刻だよ。何してたの?」 「ふぉっふぉっふぉっ。デートしてきたんじゃ。」 「えっ、縁切りの魔法はどうした。」 「効果無かったの? より戻したの?」 「ちがうちがう。新しい彼氏ができての。八百年前から気になってた男なんじゃ。」 「なんだって。一途に一人の男を好きだと思ってた。」 「もー、他にも好きな人いたんだね。」 「昨日からデートしてたからのう。今日の分のケーキ作ってないんじゃ。ふぉっふぉっふぉっ。」 「ええーっ。闇BLフェアどうすんだよ。」 「がんばって借金返すんじゃないの?」 「全部手作りじゃなくてもいいじゃろ。スーパーで材料買ってくるかの。清順付いてこい。陽順は店の掃除しておけ。ふぉっふぉっふぉっ。」 「適当だな、じーさん。」 「でも落ち込んでなくてよかった。」 おしまい

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