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兄弟の最悪の再会は地下社交場で

 記憶が沈んでいく 「にーちゃん。離れちゃっても……僕たち、兄弟だよね」  ああ、これは、誰の記憶なのだろう。 「ああ、もちろんだろ。俺達は、ずっと兄弟だ」  もう分からない。俺には、分からない。 「にーちゃん。大好きだよ。だから、また会おうね」  消えて行く。大切だったはずの記憶が、消えて行く。 「にーちゃん」  こう言ってくれたのは。誰だったのだろうか…… ◇  記憶が、掠れて行く。 「にーちゃんに、また会いたいよぉ……」  これは、俺の記憶。掠れさせては、ならないはずなのに。 「そうだ、にーちゃんは頭が良いから。僕も頭良くなって……いい学校行けば、会えるかも! 」  そんな、幼い頭を振り絞って会いたかったはずの相手は、どこにもいなかった。 「一杯勉強頑張れば、にーちゃんに再会した時、褒めてもらえるかも」  あぁ、兄さん。アナタは、どこに行ってしまったんだ。 「にーちゃん」  あなたの顔が、掠れきる前に、もう一度会いたいよ…… ◇ 「……長……社長……」  何だろう、微睡みの中、誰かが俺を引っ張り上げる。 「社長、起きてください」 「……んぁ」  頭がぼーっとする。あれ、俺は?  そして、隣の男は誰だっけか。 「寝不足ですね、社長。確かに、会社は急成長中ですがしっかりとした睡眠は……」  あぁ、思い出した。この小煩い小言を言っているのは、俺の秘書である西村。  そして俺は……大橋葉月。コンピューター関連の会社で、現在急成長中の大橋カンパニーの社長だ。  軽く車内で伸びて、窓の外を見やる。夜の帳がおりても、この大都市は眠らない。  窓の外は、行きかう車の光、商店の光、そして街を歩く人々が映る。  思えば、俺も20歳になったばかりの頃はあそこにいたんだなと思うと、なんだか感慨深い。  21歳の時、開発したゲームプログラムが大当たりして、そこから大橋カンパニーは始まった。色々あったが、貧乏だった幼少の頃を想うと、夢のような生活だろう。  ふと、脳にノイズのような痛みが走る。何か、大切な夢を見ていた気もするが……まあいい。確かに、寝不足かもしれない。ゆっくり寝られたのは、いつだったかな。  一つ、大きな欠伸をした後、俺は西村に確認する。 「あー、西村。今どこに向かっているんだったかな」 「はい、今は黒川ファウンデーションの代表、黒川浜地様の招待を受けて、『社交場』に向かっています」  あー、そうだったなと思う。黒川浜地。とある酒の席で出会い、かなり深く気に入られてしまった大富豪。  金が全てのこの男に気に入られたのが幸運だったのか、運の尽きだったのか……  我が会社は急成長中。金を融資してくれるファウンデーションはありがたいし、金の上では絶対の信頼がおける浜地という男と知り合えたのは幸運だ。  だが、浜地の趣味は頂きにくい。金に物を言わせ、綺麗どころの「人間」を買いあさっていると聞く。  この国で、それが合法なわけがないが。金に物を言わせているらしい。今向かっている『社交場』とやらも、そうした施設の一つの様だ。  まあ、付き合い程度に遊んでおこう。あまり深く首を突っ込んで、死なば諸共にならないように。  そして、車は都心を抜け、山奥へと入って行く。すると、そこには。 「へぇ、こんなところが入り口なんだな」  小汚い、コンクリートでできた小屋があった。そこには鉄でできた扉がはめ込まれていて、扉の前に行くと、目の部分の扉が開く。 「合言葉」  穴の中からそう言われたので、先日浜地から教えられた合言葉を言う。 「金があれば地獄も買える」  すると、鉄扉が開いた。俺と西村が入ろうとする。 「申し訳ないですが、今回ホストに呼ばれているのは、葉月様だけなので……」  といわれ、西村は車の中で待つことになった。  俺が扉内部に入り、そこにあったエレベーターに乗って下に向かう。  そして、エレベーターの扉が開く。むせかえる様な、甘ーい匂いが鼻にくる。そして、人の喘ぐ声が耳を溶かすように響く。  ここが、浜地の言う社交場か……と思っていると、奥の方から 「やぁやぁ。葉月さん。良くお越し下さった」  そう言って寄ってきたのは、恰幅の良い大男。今回俺を招待してくれた浜地だ。 「こんばんは。浜地さん。招待ありがとうございます」 「いや、何を言いますか。近年まれに見る才能に、しばしの夢をみせようということでして……」  なんて、言葉を交わしつつ、周囲を見渡す。綺麗どころ、可愛いどころの『男』が、様々な方法で、浜地の招待客に弄ばれている。  なるほど、これが浜地の趣味か。なんとも悪い意味で、良い趣味をしている…… 「さぁ、葉月さんもおいでください。今日は良い奴隷をたくさん用意しましたから。もし気に入った奴隷がありましたら、落札してくださいな」  何て言っている浜地の話を聞き流しつつ、彼と共に歩く。なるほど、奴隷たちの首には、バーコードの様なものが付いた首輪がはめられている。これも商品というわけか。  なんともまあ……人権という言葉は、どこに行ったのだろうか。  まあ、いいや。俺も、暇が潰せるのなら、男だろうが何だろうが良いし、自分の趣味はそんなに良いとは言えないことは知っている。 「では、浜地さん、多少強力な、『薬』に耐えられるような、そんな奴隷はいますかね?」 「ほぅ、葉月さんも、中々いい趣味ですね。では、此方に」  そう言われ、浜地の後ろについていくと、着いたのは檻の中。肌と鞭が打ち合う音や、悲鳴、下賤な嗤い声がする。そして俺は、目を閉じ、耳に集中する。  耳をつんざくような、『心地よい』悲鳴。  許しを請う、『甘美な』懇願。  この二つが交じり合い、なんとも言えない調和した音となっている。ほぅ、と息を吐き、目を開けた。 「中々にいい場所ですね」 「えぇ、そうでしょう? ですが、葉月さんも見た目にそぐわず、中々に鬼畜ですねぇ」 「あはは。よく言われますよ」 「この檻の中は、そう言う趣味用の奴隷を飼っている場所です。葉月さんのお眼鏡にかなう奴隷もいると思いますよ? 」  そう笑っていると、浜地が奥に行き、一人の、四つん這いで全裸の男を連れてきた。  長い黒髪を、一本のポニテに纏め、犬耳のカチューシャをしている。そして、お尻からは、イヌの尻尾のオモチャが出ており、なんとも哀れな姿だ。赤い舌を出し、ハッハッと犬のように呼吸している。目はアイマスクで隠されており、腕には、注射の跡がいくつもある。  なるほど、中々に面白い奴隷の様だ。 ……ゃ……  何か、脳にノイズが走る。なんだ?この感じ。 「この奴隷などどうでしょう。綺麗どころですし、薬も今まで大量に投与されているので、強力な薬でも楽しめると思いますよ」 「ほー。そりゃすごい……」 「ほら、挨拶」  そう言って、浜地が男の腹部を蹴りあげる。  すると、少しむせた後、掠れた声で。 「は……じめ……まして……俺は……犬の……ポチです」  と挨拶をした。 ……ちゃ……  まただ、何か、この奴隷を見ていると、頭にノイズが走る。少し目頭を押さえる。 「どうしましたかな? 」 「い、いえ。少し寝不足で……」  あれ、俺は、大切なことを。忘れてる。  忘れちゃならないことを。掠れさせてはならない記憶を……  浜地が、この奴隷について語り始めた。 「この奴隷はね、父親に売られたんですよ。確か……鮫田とか言う男だったかな?まあ、11歳で奴隷として売られ、様々な男の元を転々としたんですが……」  べらべら話す浜地。だが、俺はそれどころじゃなかった。その鮫田という単語。それは俺の中で、雷が落ちたかのようにショッキングな単語だった。  俺の両親は離婚している。父方に兄が。母方に俺が引き取られたのだが……  父の苗字。それが鮫田。ろくでもない男で、野垂れ死んだと聞いていたが。兄の消息は知れず。  だが、ああ。まさか、そんな…… 「にー、ちゃん……?」  この呟きが、浜地に聞かれなかったのは幸いだろう。  あぁ、兄さん。なんで、あなたはこんなところで、奴隷なんかになっているんです……  なんで、ああ。あぁ…… 「葉月さん? 」 「……っぁ。すいません。眠気でぼんやりと」  いけない。ポーカーフェイスを崩しまくってしまった。これ以上はいけない。  俺の大好きだった兄さん。いじめられても助けてくれて、父親からの暴力からも守ってくれた大切な兄さん。  何とかして、ココから…… 「良いですね。この奴隷。いくらですか? 」  幸い、浜地は金が大好きな人間だ。金さえ払えば、何でもしてくれる。  俺は、兄さんを奴隷として、買った。 ◇  西村は、兄を連れて出てきた俺に目を見開いていたが、この男の良いところは、見ざる言わざる聞かざるを寺で行くこと。何も言わず、俺の屋敷に戻ってくれた。  そして、俺は兄の首から延びる、リールを引っ張りながら、寝室に入っていく。  俺は、ベッドに座り、兄は、床に犬のように座る。  何といえばいいんだろうか。  感動の再会ではない。最悪の最悪。そんな再会の仕方だろう。何て声をかければいいんだ。  まあ、とにかく。アイマスクが邪魔だ。俺はアイマスクを外してやる、  顔だちを見て確信した。ああ、この人は、兄さんだと。 「に、いさん。兄さん!」  俺は思わず抱きついた。9歳の時に別れ、実に16年越しの再開だ。抱きしめ、震えながら、兄に声をかける。 「兄さん。葉月だよ。兄さんの弟の、葉月です」 そう、涙を流しながら、兄に言う。  だが、帰ってきたのは予想もしていなかった言葉だった。 「……ぁ。ご、主人様。今晩は、そう言うプレイですか? 」 「え」 「兄弟という設定で、ポチで遊んでくださるのですね」  何を、言っているんだよ。兄さん 「兄さん、分からないんですか。俺です。葉月です! 」 「では、ポチが兄役をさせていただきます……ところで、どんなお薬を使うのですか? 」 「兄さん! あなたの名は、ポチじゃない、終夜ですよ」 「……ぇ?しゅーやという名前の設定でしょうか」  必死で呼びかけ、名前を伝えても、不思議そうに、焦点の合わない目で小首をかしげている兄。  あぁ……そうか。わかった。わかってしまった。  兄は、すでに壊れてしまっているんだと。16年、いや、浜地の言葉が正しければ、15年近く。男達に調教され、薬を使われた兄は。もう……終夜兄さんの『心』は。もう、壊れ、死んでしまっているんだ。  なら……  なら……  俺が、やるべき事は、一つ。  この『ポチ』を『兄』に再調教する事だ。  俺は、寝室の戸棚を開ける。一夜の暇つぶしの相手を買ったことは何度かある。こういう、ドラッグを使用したプレイも。  さて、どの薬を使おうか。  どんな薬を使い、洗脳じみた調教をすれば、ポチは兄になるだろう。  俺は、注射器と、小瓶を持って、兄に近づいていった…… ◇  俺はポチ。  俺を買ってくださり、飼ってくださる人は、変わっている。初対面の時、兄弟プレイを使用だなんて言ってきた。  でも、言葉を交わすうちに、色んな顔をして、最後には……とても、素敵な顔になっていた。  薬品棚を見るご主人様は、俺のことを、ポチにしてくれた、皆さまと同じお顔だった。  俺は、ぼんやりとした頭と、視界の中。注射針を刺しやすいよう、腕を差し出した。  チクッとした痛みと共に、頭に一瞬。何かの情景が浮かんだ。公園で、誰かと話す情景。  でも、浮かんだだけだった。  ドラッグの効果で、意識が沈みゆく。  あぁ、とても心地いいよ。葉月………  あれ、今、ご主人様を心の中でとはいえ名前呼びしちゃった?  おかしいなぁと思いつつ、俺の意識は、完全に闇に沈んでいった。

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