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第1話 人形賛歌
地獄の門はやすやすと超えられるものである。
その門はいつもよだれを垂らしながら口を開けているのだ。淫らな風体で獲物を待っている。
モネの恋人は美しい絵描きだったという。それ以外の情報は知らされていないが、モネが執拗に作り続ける人形に反映されている。乳首、腕の傷、白い肢体、すべてが彼の脳裏に刻み付けられているのだ。
カミーユはシーツから顔を出した。モネはまた人形を作り始めていた。
夜の情事のことなど忘れたかのように手は繊細に人形を形作る。
モネの手はぼこぼこになり、ビスクの溶液でただれているときもある。
それでも彼は恋人を作り続けるのだ。
カミーユを貧民街から拾ったモネ。しかしカミーユが恋人にそっくりだからであった。
死せる恋人、アリス。その存在が彼をずっと離さない。
モネは食事を食べるようにカミーユに言うと外に出て行った。
カミーユは墓地に行ったのだと察して乾いたパンをかじる。
「やぁ、カミーユ」
恰幅のいい青年が姿を現す。日に焼けた肌に巻き毛の黒髪がまとわりつく。
「ロダン、またか」
「くれよ、すこし」
ロダンは乾いた固いパンをかじり屈託のない笑顔を浮かべた。
「きれいな白い肌だなぁ、俺とは大違いだ」
ロダンはカミーユの肌をなでる。
「…でも、痕はつけないんだな」
カミーユはロダンの発言に眉を顰める。
「お人形だもんな、大事な大事な」
それが皮肉であることは一目瞭然だ。愛されない代替え品。それがカミーユである。
沼の底に沈むようにドールがほほ笑んだようだ。アリスといわれるドール。
カミーユの最大の敵である。モネ、あなたがぼくを愛するために邪魔なのはアリスの亡霊だよ。
静かになったカミーユにロダンは微笑みかける。
「いつでも、待ってるぜお人形さんよ」
カミーユは唇を引き結びロダンの頭をはたいた。ロダンは女を口説きに薔薇を買いに行った。
僕には薔薇をくれない。それは無条件の愛を与えないという意思。
俺を愛せ。ロダンの目ははっきりそう主張するのだ。
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