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最終話(第5話)
もう見えるようになったのだろう。兄はじっと俺を見つめる。
そう、俺だけを見つめているのだ。
こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。
兄はもう俺だけのものだ。
今日は、夢が叶った記念日だ。
だから今の俺は、とても気分がいい。
「だって兄ちゃん嫌いじゃん、俺のこと」
「別に、嫌いじゃねえよ」
「嘘つき」
古い記憶。兄が笑いながら濡れたタオルで俺の鼻と口を押さえてきた。
息が吸えない苦しさ。
でも兄の笑顔が嬉しくて、されるがままになっていた。
「かずき兄ちゃん、俺のこと殺そうとしたくせに」
今ならわかる。あれは殺意だ。だから、兄の希望通り死んで構わない。
「その代わり、兄ちゃんが俺を殺してね」
下から兄を突き上げながら問うと、兄は泣いていた。
「ほら、俺のこと、殺したいんでしょう?」
兄の殺意は、俺だけに向けられる愛だ。
兄の手を取り、俺の首元に近づける。
「俺、かずき兄ちゃんのこと、愛してるからさ、殺して……?」
「くそ……っ!」
首に添えられる兄の指は熱かった。
皮膚と骨が軋む音がからだの奥から耳へと響いてくる。
すぅーっと、目の前がホワイトアウトするような、でもそんな気持ちよさを阻止するようなのど仏を圧迫してくる痛み。
そして、俺を包み込んでいる兄を感じる。
───気持ちいい。
それが声に出たのか出なかったのか、もう分からなかった。
からだの揺れと、まぶたの奥に感じるまぶしさで目が覚めた。
ゆっくり目を開けると兄がいた。
俺は死んでいなかったようだ。
「よかった……」
安堵のため息をつく兄をぼんやりと見ていた。
「殺してくれたら、よかったのに」
ガサガサとかすれた自分の声に少しびっくりした。
「馬鹿野郎。俺を犯罪者にする気かよ」
兄の顔色は悪い。
「でも、かずき兄ちゃんは、昔、俺のこと殺そうとしたじゃん」
追い打ちをかけるように、俺は言った。
「あれは、悪かった……。でも、あのときは、母さんとか、みんなお前のことばっか見てて、お前がいなくなればって思ったんだ」
ごめん。そう小さく兄が謝る。こんな兄は、見たことがない。
そんな兄を見ると、無性に嬉しくなってきた。
「別にね、そんなこと、どうでもいいんだ」
「どう、でもいい?」
「うん。だって俺は……かずき兄ちゃんになら、殺されていいんだから」
「なんだよ、それ。俺は、子どもだったとはいえ、絶対にしちゃいけないことを、お前にしたんだぞ」
「そんなに、心が痛む?」
兄の目が罪悪に濡れている。ゴクリと喉が鳴った。
そのきれいな兄の目に映る俺の顔は、とても楽しそうな顔をしていた。
「じゃあかずき兄ちゃん、全部、俺のモノになってよ」
「ぜんぶ? 全部って?」
「全部は全部だよ。かずき兄ちゃんの体も、心も、全部……」
「そうしたら、許してくれるのか?」
「許すもなにも、どうでもいいって言ってるじゃん。仲良くしようよ……ね?」
兄の顔に手を添えて、俺は兄にキスをした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
12月の風は冷たい。
帰宅部なのに、大学受験に向けての進路面談や勉強で忙しくなってきたせいで帰りの時間が遅くなる。
俺の進路なんて、もうずっと前から兄と同じ大学だって決めているのに。
「ただいま」
「あ、和斗~。和希からまたアンタ宛に手紙届いてたわよ」
「ホント? ありがとう、お母さん」
「なによ~、あんたたち仲悪いのかと思ってたけど、いつの間に仲良くなったの?」
「うん、最近ね」
兄からの手紙を受け取って部屋に戻る。
「あ、もしもし、かずき兄ちゃん? 手紙、ありがとう」
そう言って兄にテレビ電話をかけながら、手紙の封を開ける。
潰れないように段ボールで固定された定形外郵便の中には、使用済みのコンドームが入っている。
『う、あ……かずとぉ!』
スマートフォンの画面の向こうには、冷蔵庫の側面に固定されたディルドで尻の穴をひとり慰めている兄の姿。
「ねえ、これってさ、この間ケツアクメできた時の精液だよね? もう、かずき兄ちゃん、いったん腰止めて、ちゃんと見て?」
カメラに向かって見せつけるように、ローションと兄の精液をオナホールの中へ入れる。
『あ……』
「ほら。かずき兄ちゃん、セックスの時間だよ」
兄の精液が入ったオナホールの入口に、大きくなった自分のそれをあてがう。
『あ、ああ……かず、とぉ』
画面越しに見える兄の口から、唾液がとろりと垂れた。
「かずき兄ちゃん、お正月はちゃんと帰ってきてね?」
『う、んっ! かえる、ちゃんと帰るから! 和斗、かずとぉ……』
「約束だよ。じゃあ、入れるね」
俺がオナホールに全てを収めると、兄も腰を動かしはじめる。
『はっ、ああっ!』
「ん、んん……かずき兄ちゃん、かわいい、かわいいよ」
俺が動かす手の動きに合わせて、兄が腰を動かす。
まるで本当にふたりでセックスしているような感動を覚える。
『あ、も、イク、イク……ッ!』
兄は俺に言われた通り、そばに置いていた皿に射精する。
その光景に俺も堪らなくなってオナホールに吐き出した。
「ふぅー……兄ちゃん、ちゃんとお尻でイけてえらいね」
『あ、うぅ、かずと、きもちよかったか?』
不安そうな兄の顔。
兄にとって、これは懺悔のつもりなのかもしれない。
「うん、気持ちよかったよ」
画面越しにそう言って笑ってやると、兄の顔が和らいだ。
終話ボタンを押してスマホの画面を消す。
毎日のように名前を呼んでもらえるなんて、少し前には思いもしなかった。
だけど、あれ以上に強い愛は、その時にしか感じることができないだろう。
「かずき兄ちゃん。いつか、俺を殺してね」
了
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