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第8話

 ジェフリーがジェフ・アドルとして騎士団の一員となりはや三ヶ月が過ぎようとしていた。  最初の昇格試験が間近に迫っている。  騎士見習いは訓練を経て、試験に合格した時点で正式な騎士団員となれる。  昇格試験は3か月ごとに行われるが、三年以内に合格しないと騎士団員になる資格なしとみなされ、解雇されてしまう。  ジェフリーは少々馬術に苦戦しているものの、ほぼ合格レベルには達している。  リチャードは、文句なしに合格レベル、いやそれを超えている。  正直リチャードは現役の騎士のなかに入れても、相当に強いだろう。  騎士団に16名いる部隊長クラス並みには、強いのではないかとジェフリーには思えた。  冒険者の経験上、馬上の戦闘にも隙が無い。  ほんと、嫌味のつもり?  ジェフリーは馬の上で自在に動けるリチャードの様子を嘆息して見つめた。  ジェフリーも、下手ではないのだ。  しかし、ただ走らせるだけではなく、馬の上で剣を振り回したり、弓を放ったりとかは、圧倒的に経験値が足りていない。  人馬一体にはなかなかほど遠いのが現状だ。  まあこれだけは、慣れるしかないか? 「リチャード!  ちょっと、相手しくれないか?」  馬上訓練の時間は終わっているのだが、少しくらいの居残りなら大丈夫だろう。  ジェフリーはリチャードに声をかけた。  訓練するなら、強い相手じゃないと意味ないからな……。 「……分かった」  リチャードが頷き、二人は訓練用の馬場の中央に向かった。  ジェフリーは訓練用の刃引き剣、リチャードは同じく刃引きされた長槍を手にしている。  リチャードは馬上では槍を得手としているようだ。 「じゃあ、はじめるか?」  リチャードが長槍の柄を、トントンと地面に打ち付けたのを合図に、打ち合いが開始した。  もちろんリーチが長い分、リチャードの方が有利だ。  しかし懐に近く近づければ、ジェフリーの方が有利になる。  油断なく数合打ち合ったが、リチャードの鋭い突きを交わしきれず、ジェフリーは落馬してしまった。 「うわっ!」  もちろん、こんな時にも風の精霊ルドーは地面に打ち付けられないように風でクッションをしてくれる。  かすり傷一つ付いていないのに。 「大丈夫か?」  馬から降りて近づいてきたリチャードは、事もあろうにジェフリーの背中とひざ裏に腕をまわし、ジェフリーを持ち上げた。 「え? 嘘!  リチャード、今すぐ下ろせ!  俺は何ともない!」  ジェフリーは足をばたつかせて必死に逃れようとするのだが、リチャードの手はしっかりと握られていて、びくともしなかった。 「頭を打ったはずだ。  治療師に見せるまではダメだ」 「大丈夫だっているのに!  横暴だ!」  お姫抱っこをされたジェフリーは、馬場にいた訓練生だけでなく、騎士団の敷地内の中庭で棒術の稽古をしている第6部隊の騎士たちの注目を浴びている。 「も、もう、恥ずかしから……下ろせ……」  ジェフリーは息を荒げながら声を吐き出し、両手でリチャードの胸を押して力を籠めるのだが、どういう筋肉をしているのか、アルファとオメガの力の差なのか、全くビクともしなかった。  リチャードはそんなジェフリーの言葉が聞こえないかのように無視を決め込んでいる。  ジェフリーは騎士団の治療院まで、下すつもりはない様だ。  もう!  リチャードめ!  こうなったら道連れにしてやる!  ジェフリーはリチャードの首に艶めかしく両手を絡め、リチャードの顎下に頭をつけ、胸板に体を預けた。 「あっ! ……おい!  何してる!」 「え?  下ろせっていうのに聞いてくれないし!  あまりに積極的に来られるから、お応えしなきゃと思って。  ねぇ……リチャ?  ダーリン?  や・さ・し・くしてね?」  周囲がざわつき始め、リチャードの顔が一瞬にして真っ赤に染められた。 「……くそっ!」  ジェフリーは「ざまあみろ!」と、ニヤついた表情を浮かべた。    足早に騎士団の官舎の中をリチャードは進んだ。 「馬鹿か?  お前は!  明日っから、皆に冷やかされるぞ?」  リチャードは苦り切った表情でジェフリーに告げた。 「で?  お前たち、いつから付き合ってた?」  明日どころではなく。  夕食時、早速近づいてきた先輩騎士バイロンは、向かい合わせに座るリチャードとジェフリーに話しかけた。  ジェフリーは食べていたスープを飲み込み切れずにむせた。 「う……ぐ……何言って!」  ジェフリーの言葉を、リチャードが遮る。 「一ヶ月ほど前だよな?  ジェフ。  なぁ……ハニー」  リチャードは憎らしいほどさわやかに笑っている。  こいつ、昼間の仕返しか!  ジェフリーはリチャードをきっ、と睨にらみつけたが、リチャードはどこ吹く風だ。  「何言って……!」 「ジェフ。恥ずかしがるな!」 「恥ずかしがってなんか、ない!」 「じゃあ、別にいいだろ?」 「どこがいいんだ!  全然よくない!」 「否定すればするほど……。  広まるぞ?」 「……………」  後悔先に立たず。  ジェフリーは、呑気に笑っている精霊たちをジト目で眺めながら、なんでこうなったのかと頭を抱えた。  だいたい、リチャードが騒ぎ過ぎたのだ。  全然何ともなかったのに。  どれだけ冷やかしの声が飛んでも、リチャードは治療院に到着するまで決してジェフリーを離さなかった。  どれだけ心配性なんだ。  でも、血相かえてやってきたのは可愛いかったな……?  ……あ、いや、俺ってば、何考えてる?   リチャードはアルファなんだから、距離を置かなきゃ……。  そんなことを考える理由に気付かないまま、その日の夜は暮れていった。  翌朝、バイロンのように揶揄からかってくるものがいるのではないかと身構えて食堂に付いたジェフリーだったが、あいにく騎士団の見習いたちの関心は、もうすぐ行われる昇格試験と、その後の配属先についてだった。 「ジェフは、どこに行きたいんだ?」  尋ねたのは、三年前に欠員補充で見習いになったラウルだった。  彼にとっては今回が最期のチャンスとなる。  ジェフリーの見たところ、実力はあるのだが、本番に弱い。 「俺か?  俺は第七部隊かな?」  第七部隊は魔物が多く住むエルファンガの境界線を堅固に護っている精鋭が集まる騎士団最強の部隊だ。  誰もが希望するが、希望したからといって簡単にはなれない。 「ラウルはどこを希望してるんだ?」 「そりゃ、第七だけど、俺の実力じゃ無理だ。  第一か、第三でせいぜいかな?」  第一部隊は王宮を警護する部隊、第三は辺境警備だ。  他の部隊にくらべたら、少しランクは落ちる。  しかし、第一部隊が人気はある。  なぜなら、王族たちを警備している関係上、気にいられれば出世できる可能性があるからだ。 「まあ、今度まで落ちたら、騎士は諦めて兵士になるよ。  もし、上司なったらよろしくな、ジェフ!」 「落ちる気満々じゃないか?  ラウル。  試験の時は本当の戦闘だと思えば、きっと受かるよ」 「だといいけど!  でもやっぱり、第三かな?  第一は空きがないっていう話だし。  ほんと、魔法宮長官の人気、ヤバイよな?」 「は?  なんで、長官の人気が関係してるんだ?」  実をいうと、もう3か月も過ぎているのに、ジェフリーの失踪どころか、魔法宮長官の変更すら発表されていない。  長官といえばすなわち、ジェフリー・レブルなのだ。 「……麗しい、方だからな……」  それまで黙っていたリチャードが急に言葉を発して、ジェフリーは驚いてリチャードを見つめた。  ……う、麗しい? 僕が?  思わず頬が赤くなってしまう。  ジェフリーは自分の動揺を隠すように、リチャードに聞いた。 「リチャードはどこを希望してるの……?」 「第一、だ」  意外……ジェフリーはその言葉を飲み込んだ。  出世を望んでいるような素振りは、リチャードにはない。 「……護りたい人が、いるからな……」  ため息の様に漏らされたその言葉は、ジェフリーの胸にぐさりと突き刺さった。  好きな人、いるんだ……。  沈み込んだ気持ちは、なかなか浮上できず。  自分の心の中に眠る気持に気付かないジェフリーはそのまま数日を過ごし、そして……昇格試験の前日となった。 

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