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0❥CROWN③
冬休みに入った。
何とか、学校も、レッスンも、社長との約束通り毎日通えている。
生活習慣と食生活を変える事からのスタートで、はじめの一ヶ月は真っ当な暮らしに慣れるのがかなり大変だった。
聖南は、社長と話した翌週にはレッスンに通いやすいよう事務所所有ののワンルームマンションに引っ越した。
口調のキツイ社長の妻が、週一で見張りのように聖南の暮らしぶりを見に来るので、気ままな独り暮らしを大いに堪能……というわけにはいかなかったが。
事務所と社長に大きな借りが出来てしまい、俺に構うなと言いたいところだがそうも言っていられない。
社長も、その妻も、事務所の人間も、物言いは強いが聖南を心配しているのがひしひしと伝わってくるのだ。
孤独な生活は変わらないものの、これまで感じた事がないほど日々が潤っている。
寂しさなど感じる暇もない。
社長から課されたレッスンメニューが、これまでの比ではなかったからだ。
たっぷりと体を動かしているおかげで食欲も湧き、決まった時間に睡魔に襲われ、目覚まし通りに起床して学校へ行く。
引っ越したため校区外となってしまったが、社長が公共機関は使わない事を条件に学校側と話を付け、転校せずには済んだ。
毎朝「成田」という男が聖南を学校へと送り、放課後迎えに来てレッスンスタジオまで送る。
社長の聖南への手厚過ぎるサポートに、事務所の中には納得のいかない者も居ただろう。
面と向かっては言ってこないが、他人の顔色を見る癖のある聖南には、好意的に思わない者の視線くらい分かる。
それでも聖南は頑張るしかなかった。
聖南が裏ピースをキメて写ったのはコアな雑誌にしろ、メディア関係者の横の繋がりを甘く見てはいけない。
大塚芸能事務所の名が地に落ちかねない写真内容と状況から、被害金額はそのまま聖南が被り、これまでの功績など無かった事にされて事務所をクビになってもおかしくなかったのだ。
息子同然だから便宜を図ってもしょうがない、社長のそれは聖南にさえ理解し難い厚い情だった。
………期待を、信頼を、親心に似た温かい気持ちを、裏切ってはいけない。
こんな哀れな自分でもあと少し頑張ってみてもいいのなら、捨て去った生きる希望をもう一度持ってみようかと思った。
親には恵まれなかったが、聖南と近しい周囲は気恥ずかしくなるほど情深い。
孤独な聖南には、その情が何よりも励みになっていた。
「聖南、育ち盛りなんだから出来合いばかりでなくきちんとした飯を食えよ。 ハウスキーパー雇うなり、それが無理なら私の家に居候を……」
「自炊すっからいい。 面倒だからしなかっただけで、簡単なもんなら自分で作れんだよ」
「そうか。 ところで聖南。 帰りに下でヘアメイクの者に髪を何とかしてもらえ。 それはあんまりだ」
「だよな〜同感〜」
「調子のいい奴め」
年が明け、新年の挨拶がてら社長室にやって来た聖南は、大塚社長と軽口を叩いて時間を潰していた。
切る時間も惜しいほど最近はクタクタなのですっかりロン毛になってしまい、後ろでひと括りに結った髪は金髪と黒髪が半々で見れたものではない。
笑いながら煎茶を啜り、菓子をつまむ。
何やら話があるとかで、社長は先程から何度となく腕時計で時刻を確認しては「はぁ…」と溜め息を吐き、そわそわと落ち着かない様子である。
「なぁ、誰か待ってんの?」
───コンコンコン。
見かねた聖南が社長にそう問い掛けたのと、扉へのノックが同時だった。
「失礼します」と外側から知った声がして見てみれば、それはやはりいつも送迎してくれる成田の声で、その背後からはこれまたよく知った顔が現れる。
「お、アキラとケイタじゃん」
久しぶりーと笑顔を見せると、二人も控えめに手を振ってくれた。
アキラとケイタは年齢こそ一つ二つずつ違うが、昔からレッスンを共にしていた。 聖南が荒れてしまう数カ月前まで、仕事以外はほとんど顔を合わせていたと言っていい。
しかし聖南が再び真面目にレッスンに通い出したここ三ヶ月、そういえばスタジオで一度も二人の姿を見かけなかった。
「遅くなって申し訳ございません。 社長、僕も同席した方がよろしいでしょうか?」
「あぁ、もちろん。 成田は聖南の隣へ、お前達二人はそっちに掛けなさい」
「はい」
「はーい」
三人がそれぞれ着席したのを見計らい、社長がゴホンと咳払いをする。
改まったその雰囲気に、聖南は思い出した。
毎日きちんと学校とレッスンへ通い、社長への誠意を見せた暁には、ボイストレーニングをする意図を教えてやる───年明けに。
社長はそう言っていた。
「───来年の冬、お前達三人をダンスアイドルグループとしてデビューさせる」
「はっ!?」
「え?」
「え?」
三人は一様に驚愕し、一度互いを見合わせた後、三人ともが「だからか…」と瞬時に納得した。
この三ヶ月、何故か三人は顔を合わす事なく別々のレッスンスタジオでレッスンメニューを受けていた。
今日の日まで他のレッスン生達とは差別化され、ハードな別メニューを唐突にこなしてゆく日々に、疑問を抱かなかったはずがない。
デビュー云々を当人達に悟らせないために、社長と事務所スタッフは秘密裏に動いていたのだ。
この時、聖南は中学二年、アキラは中学一年、ケイタに至ってはまだ小学六年生だった。
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