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0❥CROWN⑤

 聖南にとっても意味のある渾身のユニット名だったにも関わらず、社長のドヤ顔に思わず吹き出してしまうほど、命名されて一年はそれが馴染まなかった。  しかし来たるべきデビューの日は刻一刻と迫ってくる。  ボイストレーニングの成果は確実にあった。  体の成長に差し支えないほどに体を鍛え、腹筋と喉の強化に努めると自分でも驚くべき事にメキメキと歌唱力が上がり、歌う事が楽しくなっている。  デビューに慄いている暇も無く、知らず知らずのうちに自信とやる気が湧いてきていた。  事務所の人間にうまくおだてられてその気になってきたのも大いにあるが、聖南は褒められて伸びるタイプなのでまんまとのせられておいた。  多額の金と大勢の人間が動いている。  CROWNのリーダーとして「自信がない」と言い続ける事は、アキラとケイタのためにもならない。  自宅から離れて住まいを別にした事も功を奏した。  忘れていられたから。  元々独りだったのかもしれないと自らに暗示まがいに言い聞かせてしまえば、なんて事はなかった。  ずっと、ずっと、孤独だったのだ。  父親に見放されようが、「今さら」なのである。  聖南は独りだ。 家族などはじめから居なかった。  そう思うようにしてからはレッスンに打ち込む毎日にも集中出来て、日常生活にも順応し、聖南は変わっていった。  アキラは元々兄貴肌なので聖南と対等に話が出来る。 むしろ彼の方が聖南より落ち着いていてクールだ。  ケイタは実生活でも三兄弟の末っ子ともあってまだまだ子どもらしいが、レッスンとなると人一倍汗を流して頑張っている。  CROWNと命名されてからは同じレッスンスタジオで毎日顔を合わせ、三人はもはやそれぞれの家族よりも長い時間を過ごした。  三人は性格もまるで違い、歳も違うためか喧嘩にもならない。  楽しかった。  つるむのが嫌で浅い友人関係しか築いてこなかった聖南にとって、この一年はかけがえのない毎日だった。  聖南の家庭事情は何となく察しているようだが、二人は子どもながらそんなもの関係ないとばかりに聖南と対峙してくれた。  二人には邪気がない。  芸能界の荒波を幼い頃から知る三人だからこそ、分かり合える部分が多々あった。  家庭環境など関係ない。 CROWNとしてやらなければならない事を全力でやる。  社長の言葉を借りるならば、頭上にCROWNを輝かせるために今、頑張ろう。  三人は同じ目標に向かっている、いわば同士だ。 「セナ、どこ行くんだよ。 今からデビュー曲の稽古だろ」  デビュー会見を一週間後に控えたその日、学校帰りにレッスンスタジオにやって来た聖南は、終始時計を気にしていた。  そして十九時間際の休憩中、いそいそとシューズを脱ぎ始めた聖南をアキラは訝しんだ。  スポーツドリンク片手に、ケイタもアキラの隣に並んで首を傾げている。 「あ、あぁ…ちょっとな」 「ちょっとってどこー?」 「一時間で戻っから。 先スタジオ入ってて」 「……分かってると思うけど、来週デビュー会見だからな」 「分かってるって」  アキラの台詞にも聖南は振り返らず、金髪からダークブラウンに変わった髪を後ろに括った。  二人の顔を見てしまうと、行きたくなくなってしまう。  わざわざ聖南の通う中学までやって来た、一年以上ぶりに会った光太の話を聞いた事も、忘れたくなってしまう。 「ごめん、マジですぐ戻るから」  そう言い残して、聖南は財布だけ持って外へ飛び出す。  すぐにタクシーを捕まえて指定された場所まで行くと、相変わらずの雑な金髪を揺らめかせてダウンジャケットを羽織った光太が、バイクに跨った状態で待っていた。  そこは懐かしの紅色天賦の溜まり場で、現在は使用されていないのか以前よりもジメジメしている。  光太の話では、聖南が過去に全滅させたある暴走族の総長が、「聖南を呼べ」と何度もコンタクトを取ってきていたらしい。  もう聖南は居ないと話しても聞く耳を持たず、紅色天賦の総長が「自分が相手する」と族同士の戦争を持ち掛けても無駄だったとか。  とにかく聖南を出せの一点張りで、何ヶ月もその台詞を聞かされた総長がついに鬱陶しがり、光太を聖南の元へ寄越したのだ。 「よぉ、来たか。 っつーかこないだ見た時から思ってたんだけど、聖南なんか変わったな」 「変わったって何が?」 「うーん…何がって聞かれると答えらんねぇけど……髪の色か? …あ、来たぞ」 「…………ん」  聖南達の元に爆音を響かせてやって来た、十台の改造バイク。  先頭の男がバイクを降りてこちらへ歩いて来る様を、懐かしい感覚で凝視する。  ここには光太と聖南しか居ない。  紅色天賦との戦争ではなく、聖南一人を痛め付ける事を目的としてこの者らはやって来たのだ。  光太に「下がってろ」と言い放ち、聖南はゆっくりと前へ歩む。  本当は断らなければならなかった。  もう危ない連中とは関わるなと社長からも厳しく言われ、聖南もそのつもりはないとキッパリ言い張ってしまったがために、光太にあんな説明を受けたところで答えは一つだった。  だが聖南は「分かった」と返事した。  日時を聞き、「必ず行く」と言ってしまった。  荒れていた日々は紅色天賦に居た間だけではなかったが、あの一ヶ月の日々は聖南の心に一生生き続けてゆく。  なぜなら、あの狭くて歪んだ小さな世界が、曲がった形とはいえ聖南を生き長らえさせたからだ。  恩や義理で動いたわけではない。  聖南自身がその事実に一旦の終止符を打ちたい、忘れる事は出来ないけれど過去のものにしたい、……その思いでそこに立っていた。  

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