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2❥⑧

 事務所に到着すると、スタッフへの挨拶もそこそこに葉璃を連れてエレベーターに乗り込んだ。  サングラス姿のまま現れた聖南に、行き交う社員達が皆立ち止まって丁寧な挨拶を寄越すのに対し、「うぃーす!」と雑で陽気な返ししかしない聖南だがこれは昔からである。 「……社長室、ですか?」 「あぁ。さっき社長直々にプロデュース頼まれた」 「えっ! 誰の……?」 「知らねぇ。それを今から聞きに行くんだ。姪っ子だっつってたけど、デモ聴いて無理だと思ったら……」  断る気満々だ、と言いかけて急いで口を噤む。  危ない。仕事だと割り切れと怒られた記憶がふと頭をよぎる。  葉璃との時間を死守したいとさえ言わなければ良いのだが、葉璃の前では駄々っ子が過ぎる聖南はうっかり口を滑らせてしまいそうなので、咄嗟に腕を組んで誤魔化した。 「姪っ子さん……」 「どんな歌声か、技量はどの程度か、まずは聴かなきゃ始まんねぇよな」 「……そうですね」  浮かない顔の葉璃には気付かぬまま、聖南は形ばかりのノックを二回して社長室の扉を開ける。  そこにはデスクで化粧の濃い秘書が仕事をしていて、手短な挨拶を済ませると、もう一枚奥の扉へと進んだ。 「来たぞー」 「おう、セナ。ハルも一緒か」 「はい……っ。お疲れ様です」 「うむ、お疲れ。セナもきちんと挨拶しないか」 「誰に?」 「私にだ。……ん? なんだ、妙な顔をして」 「いや……お疲れ。たまに忘れるんだけど社長なんだよな。ガキの頃から知ってるとなんつーか……」  葉璃の肩を抱いてソファに促してやり、ちょこんと腰掛けたのを見てから聖南もドカッと腰を下ろして足を組む。  挨拶をしろと言う社長の顔をサングラスを外してジッと見詰め、記憶の中の若かりし大塚社長を思い出すと何やら心がムズムズした。  一見怖そうなライオン丸のような顔には気が付けばシワがいくつもあり、いつの間にか白髪も増えた。  聖南が成長したのと同じく、世話をかけた父親代わりの社長も同様に歳を取ったという事だ。  この社長室は、誰に言っても共感してもらえないだろうが、聖南にとっては実家のようなものなのである。 「あぁ、あぁ、分かった。皆まで言わなくていい。嬉しいぞ、セナ」 「フッ……。さすが。言いてぇ事分かった?」 「もちろんだ。オムツをしていた頃からセナの事は……」 「それこそ皆まで言うな。葉璃の前だぞ」 「悪い悪い。いやな、そのピアスを見る度に思い出すんだ。危なっかしいセナの過去を」 「はいはい……」 「……ピアス?」  苦笑を浮かべた聖南に、小首を傾げて見上げてくる葉璃のキョトン顔が向けられた。  そういう過去があると打ち明けたはいいが、そこまで深く話さなかった聖南は葉璃の頭をポンポンと撫でる。  当時の事は出来るだけ思い出さない方がいい。  いつの間にか和解した(事になっている)、父親への恨み等は聖南の中ではほとんど払拭されたのだが……純真無垢な葉璃にケンカに明け暮れていた過去など詳しく語りたくはない。 「なんだ、そのピアスの事はハルに話していないのか? 過去の事はすべて話したと言っておっただろう」 「ヤンチャしてた頃の事は詳しく話してねぇよ。褒められたもんじゃねぇし」 「副総長……でしたっけ? 聖南さんが金髪で裏ピースしてた写真なら見ましたよ?」 「思い出さなくていいって。ほら、社長が余計な事言うから葉璃が興味津々でキラッキラな可愛い顔してんじゃん」 「ピアスの件は美談であるし、話しておいても良いのではないか?」 「聞きたいです、聖南さん! ずっと気になってたんですよ。その輪っかのピアスずっと付けてるから……すごく、あの……気になってました」  もじ……と人差し指をツンツンさせている葉璃が、まさかこのピアスに気付いていたとは思わなかった。  その辺まるで無頓着な葉璃は、聖南が送ったネックレスが初めてのアクセサリーだと言っていたのを思い出す。  確かに美談かもしれないけれど、かい摘んで話すのも少々気が引けた。  それでも隣からキラキラとした興味津々な瞳光線を向けられると、ピアスを弄びつつ聖南は渋々と口を開くしかなかった。 「……分かったよ。俺が荒れてヤバかった頃、CROWNとしてデビューしたその年にアキラとケイタが小遣い出し合って俺の誕生日にくれたんだよ」 「そうだったんですか……!」 「セナはデビューする前年までが酷かったからなぁ。しかし事情が事情だ、あまり責める気にもなれなくて困り果てたぞ」 「……副総長時代、ですか……」 「あ、あぁ……まぁな。デビュー直前で俺が考えなしに二人を巻き込んで、ケイタは大泣き、アキラとは大喧嘩かまして。現場見せちまったから余計にだろうな、「もうヤバい事に首を突っ込むな、俺らとCROWNを頑張るって約束してくれ」……って二人が半泣きでこれを」 「そのピアスにそんな美談が……」 「美談は美談かもしんねぇけど、……」  言葉を濁して簡潔過ぎるほど簡潔に語った、聖南の耳に毎日光る輪っか状のピアスに込められた二人の思い。  小さな頃から顔を合わせる事の多かった二人には、聖南が荒れていた頃 多大に心配と迷惑をかけた。  CROWNとしてのデビュー初年、聖南のその過去によってネガティブイメージを付けられそうになった事もあった。  それでも二人は聖南を責めなかった。  いくつも空いた聖南の両耳のピアスホールを見ながら、「一緒に頑張ろう」と言ってくれた。  聖南の両耳に一つずつ装着されたピアスは、迷惑をかけ通しだった自身への戒めと、感謝に値する二人の思いがそれぞれに詰まっている。

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