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3♡④

「……何が? てかおいで。 ぎゅーしてなかった。 ごめんな、ぎゅーしてちゅーだったのに順番が違ったな」  俺が話す気になったと分かるや、聖南の全身から隠す事なく溢れ出ていた怒りのオーラがこつ然と消えた。  自分で押さえつけてたくせに、すぐにコロッと切り替わる聖南はほんとに子どもみたいだ。  俺を抱き起こして膝に乗せ、ぎゅっと抱き締めてくる大きな子ども。  頬擦りして、ちゅ、と触れるだけのキスをして、また頬擦りする甘えたは、俺にだけ見せる「日向聖南」の姿だ。  手荒くしてごめんって意味なのか分からないけど、一通り仲直りのスキンシップを取って満足した聖南が首を傾げた。 「……で、成長出来てないって何? 背の話? いいじゃん、成長痛のおかげで三センチ伸びて、俺ともちょうどいいバランス。 このくらいだとすっぽり抱けて俺は超満足してるのに、何が不満よ?」 「違いますよ! 身長の話じゃないです!」 「違う?」  ……なんでそうなるの。  あんなに痛み止めが手放せなかった成長痛のわりに、あんまり身長が伸びてなくて凹んでいじけてた時期もあったけどさ…。  そんな事で、今さら聖南を怒らせるほどの隠し事をするわけないよ。  隠すというより、自分がとっても情けなく思えて口にするのが嫌だってだけだ。  大先輩である聖南が、「ハル」の事をどう見ているのか聞くのが怖い。  世間にも業界にも俺の性格が広まってるにしても、受け入れられてるかといえばそれはまた別の話だ。  変わらなきゃって思いながら、デビューしてもうすぐ一年。  ───「もう」一年。 「………俺、甘えてるから…」  聖南の膝の上で体育座りをして、足の間に顔を埋める。  言いにくい事を話す時、俺は聖南の瞳も見詰める事が出来ない。 「誰に?」 「みんなに……」 「はぁっ? 葉璃ってそんな浮気性だったのか? 俺の知らねぇとこで知らねぇ奴にホイホイ甘やかされてんの? 許さねぇよ?」 「だ、だからっ、違いますって! 聖南さんが話せって言うから話してるのに…」 「いや、マジで言ってんだけど」 「もっとダメじゃないですか!」  甘えてるの意味が違うよ、聖南…。  俺が知らない人とは目も合わせられないって知ってるのに、妙な誤解をした聖南はグイッと俺の顎を持って上向かせた。  嫌でも視線が合う。  ほんとだろうな?と、綺麗な二重瞼を細めて追及してくる。 「…何で急にそんな事思ったんだよ」 「えっと……あ、あの…大塚所属の俳優の方に、その…ちょっとしたご指摘を…」 「俳優〜〜? もしかしてピアスの話聞いた後にトイレ行くっつってたあの時か? 戻ってきてから様子おかしかったもんな。 誰だ? 何て言われた?」  眉を顰めて俺を向かい合わせに座らせた聖南が、早くも怒りの炎を再燃させる。  誰って…俺が聞きたいよ。  名前も知らないし、顔も見た事ないから俺にはチャラ男という印象しかない。  外見も雰囲気も、そして前向きで少々強引な内面も聖南とよく似た、チャラ男…。 「すみません、……名前は分からないです。 …でも、俺もずっと心のどこかで自覚してた事なんです。 …甘えてる。 ほんとに……みんなに甘えてます、俺は…」  あの時の俺は、考えないようにしていたすべての負の部分を言い当てられてすごくイライラしてしまってたから、一言一句覚えてられなかった。  落ち込むよりも腹が立った事で、俺にも実は自覚があったんだと気付いたのはいいけど、第三者から言われると世間の声を直に聞いたような衝撃を受けた。  やっぱり俺にはアイドルなんて向いてないんじゃないかと、チャラ男の言葉は俺の中核を貫いた。  ボソボソと呟く俺をジッと見ていた聖南の目を、見つめ返せない。  「甘えてる」。  たぶん俺は、聖南に一番、「甘えてる」。 「……俺の葉璃ちゃんに余計な口出ししやがったのは誰か、突き止めねぇと」 「やっ、やめてください! あの人も悪気があるような感じではなかったんです。 …嫌だなって思ったのは、俺が自覚してる事をズバズバ言ってきたからで、成長出来てないのはほんとだから…!」  聖南の瞳がギラッと輝いたのを見てしまい、慌ててチャラ男の肩を持つ。  イラッとするから庇いたくなんてなかったけど、突き止めたところでまたグサグサやられちゃいそうだから、いっそ二度と会いたくない。  ヒナタの姿でナンパされた事なんて言った日には、ほんとに聖南は持てる権力ぜんぶ使って突き止めるに決まってる。  もう関わらないでいたい。  聖南に打ち明けてしまったからには、チャラ男の助言めいた問い掛けも真摯に受け止めるから。  目標とする人に指南を仰ぐから。  忘れられるもんなら忘れたいよ。 …変な格好してたのも見られて、おまけにタオル借りちゃったから偉そうな事も言えないけど……。  少しだけ聖南が俺から視線を外す。  腕を伸ばしてベッドサイドに置かれたアロマランプのスイッチを押し、ふわりとハーブの香りが漂い始めた。  聖南は「あのな、」と前置きして、俺を抱き上げてベッドから下ろすと、聖南の太ももにはさみ打ちされる。  小さな子どもに言い聞かせるように、両手を持たれて下から瞳を覗き込まれた。 「いいか、まだ葉璃は成長途中なんだよ。 やっと羽化して蝶になったばっかりなのに、色んな工程ぶっ飛ばして飛び続けられるかって話だ。 確かに葉璃の周りはみんな葉璃に甘いかもしんねぇけど、努力してない奴を構い倒して可愛がる変わり者は居ない」

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