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4❥ライバル
今年は出来るだけ仕事をセーブして、あえて家に居る時間を作ろうとしていた。
寝ても覚めても葉璃がそばに居るという、出会ってからずっと聖南が夢見ていた毎日が過ごせるのだ。
Lilyの不始末によって葉璃が駆り出されてしまい、まったくの予定外だった仕事が舞い込んできてしまった事で、一層その思いは強くなった。
葉璃は慣れない芸能界で緊張と戦いながら、文字通り頑張っている。
聖南には何が出来る? …そうだ、公私共に支えていく事ではないか。 それならば聖南は、立場上簡単にそう出来るのだから、可能な限り自由な時間を増やした方がいい。
逆に仕事をセーブするための理由はこれしか思い付かない。
炊事、洗濯、掃除、身の回りのあれこれ、出来る限り葉璃の世話を焼きたい。 焼かせてほしい。 いや、絶対に焼く。
葉璃と仲違いしてジメジメしてさえいなければ、聖南は昔からかなりマメな方だ。
しかも葉璃のためだとなれば、苦でなどあり得ない。
言うなれば、まだ浸透していないかもしれないが、世の男性が育児休暇を取得して自宅で有意義な日々を過ごしたいと願うような、そんな感覚である。
とにかく、自分と葉璃は熱々ラブラブカップルだと信じて疑わない聖南にとって、一年くらいは新婚生活を満喫しても良いだろうという主観に基づき、確実に実行に移していた。
まさか葉璃だけではなく、聖南にもイレギュラーな仕事がやって来るとは思わなかったが。
「なんでまたこのタイミングで話がくっかなぁ…」
ヒナタを絶賛奮闘中の葉璃を支えてやれる、聖南ならば何かとアドバイスも出来るし、励ましてやれるし、何よりそうする事によって葉璃と過ごす時間が増える。
どこぞの俳優なんかに御託を並べられ、成長出来ていないと嘆いていた葉璃がひと回りもふた回りも大きくなれるのならば、経験を積む良い機会……。
そう良い方へ考えて、際どい衣装ばかりのLilyの影武者を良しとした。
聖南は新婚生活休暇をもぎ取るため、日々の仕事に邁進していたというのに。
「お、セナ。 早いな」
社長室に現れたこの部屋の主は、サングラスを掛けたままふんぞり返って革張りのソファへ腰掛ける聖南を見付けて、ふっと笑った。
お疲れ、と言いつつ微動だにしない聖南は今日、社長の姪であるレイチェルと初顔合わせをするためにやって来た。
朝早くからモデルとしての撮影仕事を行い、夕方までスタジオ内に監禁されてゲッソリだったが、顔合わせは早い方がいいと社長に諭されここに居る。
同じく女性誌の取材のために撮影をこなしている葉璃とは、今日は一度もメッセージのやり取りすら出来ていない。
おおよその帰宅時間は分かっていても、葉璃からメッセージが来ないだけでジリジリとしてしまう聖南は、現在モチベーションが皆無であった。
「すまないな、まもなく到着すると連絡が入ったんだが。 この時間だから道が混んでいるのかもしれん」
「あぁ、俺は時間あるから別にいいよ」
言いつつ時間を確認するフリでスマホをチェックする。
……十七時半。 まだ葉璃からの連絡はない。
そろそろ「お疲れさまです(*´ω`*)」といつものメッセージが入っても良い頃なのだが、取材が長引いているのだろうか。
迎えに行く気満々なので、早めに連絡が欲しいところだ。
聖南のジリジリが限界を超える前に、何気ないメッセージでいい、このジリジリを一刻も早く落ち着かせてほしい。
「どうだ、年内…もしくは来年頭にはシングルを発売したいと考えているが」
珍しく社長は聖南の隣に腰掛け、秘書の女性にノートパソコンを持ってくるよう指示した。
葉璃で頭がいっぱいだった聖南は、一瞬考えて頷く。
「……ん、順調に行けばな」
「レイチェルは一度でいいと話しているが、もし発売後に人気が出て、引き続き日本で活動したいと言ったらセナは…その後も引き受けてくれるか?」
「分かんねぇよ。 それは俺じゃなくてレイチェルが決める事だろ」
「それはそうなんだがな。 セナの気持ちを…」
社長の言葉は、秘書のノックによって遮られた。
ノートパソコンを持った香水のキツイ秘書が扉を開けて入室してきたのだが、その背後に金髪が見えた聖南は組んでいた足を床に付ける。
「おぉ、レイチェル! 到着したか! 久しぶりだなぁ!」
「おじ様、お久しぶりです」
姪っ子との再会に大興奮の大塚社長は、秘書に促されて入室したレイチェルを立ち上がって出迎えた。
聖南はどうしようかと迷ったものの、一応の礼儀で立ち上がる。 しかし両手はポケットにインしているので、礼儀も何もない。
「セナ、こちらが私の姪っ子、レイチェルだ。 レイチェル、こいつがうちの稼ぎ頭…」
「セナさん、ですよね。 よろしくお願い致します」
「あぁ…聖南です。 よろしく」
「テレビで拝見するより、うんと背が高いですね。 生で見るとお顔も日本人離れしていらっしゃる。 …素敵な殿方です」
「……殿方…」
レイチェルは歌唱のみが流暢というわけではなかった。
敬語の混じった日本語もペラペラで、どうりで通訳らしき人物も付けずに一人でここへやって来たはずである。
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