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4❥③
聖南には意味不明の問いだった。
会って数分の小娘に一体何が分かるんだと、聖南にしては珍しく内心で憤った。
眉を顰めた聖南に気付いたレイチェルはなかなかの強心臓で、口撃の手を止めない。
「才能があるのに、自由に創作出来ないなんて可哀想です」
「可哀想って…。 俺は好きでやってんだけど」
「人目を気にしていらっしゃる。 非難される恐れのあるものは創らない、そういう事でしょう?」
「いやそういうわけじゃ…」
「バラードを創りたい、もしくは歌いたいと思った事はないのですか?」
「それは……」
次々と繰り出される追撃が、聖南の眉間の皺を濃くしてゆく。
何も知らないくせに、と子どものような返しをしそうになった。
聖南は何故バラードを歌わないのかと、それはもう数年前から取材を受ける度に問われているが、事務所の方針でと答えるに留めていた。
無論、事務所側はそれを聖南やCROWNのプロデューサーらに押し付けた事はない。
しかし売れなければならなかったのだ。 CROWN、そして聖南は、この世界で生きていかなくてはならなかった。
CROWNはバラード向きではない。
賑やかなダンスミュージックを軽やかに歌い、難易度の高いダンスを華やかに踊る。
三人はバラエティ番組での順応も早く、アキラとケイタに至っては今や連続ドラマの常連だ。 そのおかげでファン層は多岐にわたる。
それこそがもはや、万人受けするもの、期待されているものを必然的に提供していかなくてはならない最大の要因なのだ。
言われなくても、好きなものを創っている。
喜ばれるものを生み出せている。
バラードに限らず、聖南のやりたい仕事の中にレイチェルの言うものがこれまでに無かっただけだ。
「セナさんは創作面だけが優れているのではなく、歌唱力もあり、お声も素敵です。 それなのになぜダンスミュージックばかりを歌われるのか、創作されるのか、私には理解出来ません。 ……お世話になるおじ様の前で、私がセナさんにこのような出過ぎた事を言うのは気が引けるのですが…」
「………マジでな」
聖南の呟きに、場が凍り付いた。
構わず溜め息を吐いた聖南に、尚もレイチェルは隣から視線を送り続けてくる。
『ガンガン言うだけ言って、今さら気付きやがったのか』
申し訳無さそうな表情をしているだけ、まだいい。
葉璃が事務所内で、知らない俳優からズバズバ指摘されたと嘆いていたが、こんな気持ちだったのだろうか。
「そんな事は分かっている、余計な口出しをするな」と、その時の葉璃もきっとそう思っていたに違いない。
現に今、聖南は沸々としたフラストレーションを心中に溜め込んでいる。
───無性に今、葉璃に会いたい。
聖南の顔を見て未だに頬を染める葉璃から、お疲れさまです、と遠慮がちに微笑まれたい。
「レイチェル、その辺にしておきなさい。 セナの機嫌を損ねたら面倒くさいからな」
「俺はガキか」
「私から見ればまだまだ子どもだ」
「…………ふん」
機嫌を損ねるなど、あるはずがない。
けれど聖南の眉間は今にもくっついてしまいそうなほどに寄せられていて、自らの虚勢にもうんざりだった。
核心ばかり突かれて腹が立つので、聖南は考えを変えた。
創りたいものを創れていないと見られているのなら、レイチェルが度肝を抜くようなバラードを創り上げてやる。
二度と生意気な口を叩かせたくない。
聖南にも意地とプライドがある。
これまで培った技量を最大限に活かして、世間の聖南のイメージさえひっくり返るほどの曲を仕上げてみせる。
───ムカつき過ぎて、逆に闘志に火がついた。
「分かったよ、バラード創るから待ってろ」
「ほ、本当ですか!? 嬉しいです!」
「上がったらいつでもレコーディング出来るように喉温めとけよ。 一ヶ月で仕上げっから」
「一ヶ月で! まぁっ…素晴らしいお話! ね、おじ様!」
聖南の不機嫌さが伝わり、表情を曇らせていたレイチェルが見る見るうちに元気になった。
碧い瞳を瞬かせてはしゃぐレイチェルは、社長に向かって「素敵なお話よね!」と興奮気味に訴えていて、社長もすぐさまそれに頷く。
社長のデスク越しに会話をしている二人を黙って見ていた聖南のポケットの中から、ふと振動を感じてスマホを取り出すと、愛しい者の名が表示されていた。
『……葉璃だ! お疲れさまです、か。 今終わったんだ』
貰っていたスケジュール表よりもかなり時間が押しているが、顔文字付きのメッセージを見た聖南の眉間の皺はその一つで綺麗さっぱり無くなる。
聖南が返事を送ると、すぐに返信が返ってきた。
いても立ってもいられない。
こうしちゃいられないとばかりに、聖南は急いでサングラスを掛けて立ち上がった。
「ん、じゃ俺出るわ」
「え…セナさん、もう帰ってしまわれるのですか? これからおじ様と食事をするので、ご一緒にと思ったのに…」
「悪いな」
「なんだ、連絡が来たのか?」
「あぁ。 夕凪社に居るらしいから拾って帰る」
「まったく。 デレデレしおって」
「……誰かをお迎えに?」
あからさまに声のトーンが変わった聖南を、レイチェルが寂しげに見やる。
事情を知る社長はというと、聖南の変わり身の早さに苦笑していた。
「社長。 余計な事は言わねぇようにな」
「分かっておるさ。 では頼んだぞ、セナ」
「任せとけ」
今の今まではしゃいでいたレイチェルの複雑な表情を見ないまま、聖南は「お疲れ!」とだけ言い残して足早に社長室を後にした。
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