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4❥⑦
あまり見詰められると、何も考えられなくなるほど聖南の心臓がうるさくなる。
いつまで経ってもこの瞳は、聖南の心も意思までも撃ち抜き、捕らわれてしまう。
髪を撫でて気を紛らわす聖南の純粋なる葉璃への愛情は、葉璃にもしっかりと伝わっていた。
「聖南さんがこれからバラードを創るっていうだけで、そんなにプレッシャー感じるかなって。 もちろん今までに創った事ない「王道」のバラードだからなのかもしれないけど、……もしかして、プレッシャーを与えられるような事、言われたりしたのかなって……思っちゃって……」
「………………」
葉璃の瞳が伏し目がちに揺れていた。
今度は聖南が、葉璃を見詰める番だった。
聖南はプレッシャーとは無縁の男だと思われていたのは、先輩としても恋人としても男としても良い事だが、そのせいで無垢な葉璃の疑問を生んでいる。
───話したい。
心を許している葉璃になら、聖南が仕事面で初めて狼狽してしまったプレッシャーに至るまでの経緯を、洗いざらい話してしまいたい。
「あたり」
「…………え?」
「葉璃の読み、あたり」
「そ、そうなんですか? えっ、ちょっ……聖南さんどこ行く……」
「眠たいかもしんねぇけどちょっとついて来て」
「…………?」
葉璃の体ごとベッドから起き出した聖南を、驚きに満ちた瞳が見上げてくるが構わずその手を取った。
作曲部屋として使用している書斎へ行き、パソコン前の回転椅子に腰掛ける。
首を傾げながらも、葉璃は聖南の隣のもう一脚の方にちょんと座った。
「俺な、いつもここと、事務所の会議室で曲創ったり詞書いたりしてんのね」
「はい、……それは知ってます」
「ETOILEは俺が全部仕切ってるから家で作業する事多いんだけどさ、CROWNはそうはいかねぇんだよ」
「……うん」
「曲渡されて、詞書いて、上がったら俺の声で仮録りして十人以上居るスタッフに聴かせて、オッケー貰わなきゃなんねぇ」
「……うん」
「それが今までは普通だったんだ。 世間の流れを見ながら、事務所と相談しまくって、絶対に外さねぇ曲を生むっつー任務?的な」
「………………」
あまり聖南の仕事についてを詳しく話した事は無かったが、おおよそは分かっているだろう葉璃は静かに聞き耳を立ててくれている。
パソコンの電源ボタンを押し、起動させて電子ピアノと連動させた。
「今日レイチェルに言われたんだ。 俺は、俺が本当に創りたいものが創れてねぇって」
「……え……っ」
語りながら、聖南はおもむろにsilentをスローペースで弾いてゆく。
楽譜を見ずに鍵盤に指を走らせるそれは、自ら創った音色だ。
両思いへの道筋が見えなくて塞ぎ込む寸前だった、あのどうしようもなく切なかった時の、聖南渾身のメロディー。
葉璃は初めて、聖南がまともにピアノを弾いている様を見たと思う。 驚きと、羨望と、微かなときめきを含んだ眼差しが、聖南の横顔と指先に痛いほど注がれる。
「頭にきたんだけどな、最初は。 でも俺は、それ以前にそんな事を考えてもみなかったなって気付いたんだ。 こんな事CROWNのプロデューサーとかスタッフには言えねぇけど、確かに最近はETOILEに携わってる方が楽しい」
「そ、それって……」
「俺が創りたいものを創れるからだろうな。 それでもどっかで、確実に世に受け入れられるものを、って頭がなってっから……俺は「普通」が分かんなくなってる」
「……聖南さん……」
「曲作りって奥が深いよ。 それを今から売り出そうかっつー新人に気付かされたんだからな、聖南さんめちゃくちゃ衝撃だった」
「………………」
憤った事まで正直に思いを吐露すると、驚くほど心が軽くなった。
指先を巧みに動かし、何百回と聴いたメロディーを奏でている今、思いがけず最高の気分だった。
最後まで弾き終わったそこで、考えを改めた聖南が一番懸念している事を、何故か頬を桃色に染めた葉璃に伝える。
「俺、マジでしばらくここに入り浸るかもしんねぇ。 ……でも俺、葉璃との時間も大事にしたいんだ。 一分一秒でも、葉璃と過ごす時間をもぎ取りたいって思ってんの」
「聖南さん、……」
「なぁ葉璃、俺の事捨てるなよ? 丸一ヶ月構ってあげらんねぇけど、離れてくなよ?」
言っているうちにどんどん不安に襲われてきた。
葉璃はもう、聖南から離れていかない。
そう信じているけれど、恋人に寂しい思いをさせてしまい多忙を理由にカップルが破局した、などという恐ろしい街中でのインタビューを見た事があった聖南は、それが恐怖でたまらなかった。
音楽と向き合う転機が訪れたと同時に、愛する葉璃が去るかもしれないとなれば本末転倒過ぎる。
『仕事をしない聖南さんは嫌い、でも仕事にかこつけて俺をほったらかす聖南さんはもっと嫌い』
この書斎で曲作りに没頭している聖南に向かって、号泣しながら葉璃がそんな事を言って去って行く妄想が、たった今浮かんだ。
恐ろしくなった聖南は、葉璃の両方の手のひらをギュッと握って瞳で訴えた。
しかし、そんな聖南の恐怖の妄想は、見つめ返された強い瞳の一撃によって一気に消え失せる。
「聖南さんっ。 俺、そんな弱くないし薄情でもないですよ。 卑屈でネガティブでどうしようもない奴ですけど、聖南さんが真剣に音楽と向き合おうとしてるのに、ワガママ言うはずないです。 離れてもいきません」
「ほんとか? 俺が構わねぇからって、よそ見したりしない?」
「しませんよ! 俺を浮気者にするのやめてくださいっ」
「いやでもさ……」
今や葉璃は、聖南の最大の弱点である。
葉璃が居なくなったら生きていけない。
それこそ、やる気だけは満ち満ちているバラード創りも、音楽も、この世界で生きる事も、命さえも、すべてが一瞬でどうでもよくなる。
必然的に出会ってからというもの、聖南は葉璃に関してのみ、ジメジメとぐるぐるが悪化していた。
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