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 六月も半ばを過ぎた。  通常の仕事と並行しながらレイチェルに書き下ろすバラード創りを始めて約一週間ほどが経ったその日、生放送の歌番組に出演するためにテレビ局にやって来た聖南は、綺羅びやかなクリーム色の衣装を着てだらしなく楽屋の椅子に腰掛けていた。  葉璃に背中を押され、新たな目標も出来、後ろ向きな心持ちでは居ないものの、どうにも捗らない。  ヒナタとしての任務を続行中の葉璃は、変わらず週に四日はSHDエンターテイメントの事務所に併設されたレッスンスタジオで汗を流し、残りの三日はETOILEとしての活動に勤しんでいる。  食事も一緒に出来ず、愛し合うのも二日に一度と聖南にとっては低頻度になってしまったが、自らも忙しい最中にいやらしい事ばかりも考えていられなかった。  葉璃に会いたい。 常に一緒に居たい。  同棲を始める前は「夜を共に眠れるだけで幸せ」だとささやかな願望を抱いていたはずが、現在では以前にも増して脳は葉璃を欲している。  それは肉体的にはもちろん、精神的な面でだ。  アップライトピアノの鍵盤に指を乗せると、葉璃の事ばかりが浮かんでしょうがない。  バラードとなると、一般受けするのは切ない歌詞とメロディーなのだろうが、葉璃を思うと恋い焦がれるという気持ちをすっかり忘れてしまっている事に気付いて、歌詞がまったく進まなかった。 「はぁぁぁ…………」  楽屋内に、聖南の大きな溜め息が響く。  打ち合わせが終わり、リハーサルまで待機を命じられていたCROWN三人とも、今日は同色の衣装で椅子に腰掛けていた。 「でっけぇ溜め息だな。 セナ、どうよ。 曲作りは」  緑茶を手に取ったアキラに何気なく問われた聖南は、明らかに難航している事が伺える苦笑を返した。 「まだ一小節。 コンセプトも提出出来てねぇ」 「マジで? バラードだっけ」 「あぁ、バラード。 ほんとは詞先行したいんだけど、今回は曲から入ってるんだ。 すげぇ頭使う」 「そうだ、セナは曲貰ったその日に事務所で詞練ってる事多かったもんねー」 「ん。 あ、そのコーヒーと台本取って」  相槌を打つケイタに、彼の目の前にあった缶コーヒーを指差す。  時計を確認しスマホを取り出した聖南の隣で、同じく台本を手にしたアキラが「うわ、」と声を上げた。 「ETOILEとLilyの曲順近えな。 ハル大丈夫なのか?」 「ほんとだ。 今日はハル君大忙しじゃん」  そう。 今日の生放送は二時間スペシャルと題し、九組のアーティストが出演するその中にETOILEとLilyが抜擢されている。  もちろん今日の出演被りは前々から知っていた聖南だが、葉璃は「平気です」の一点張りであった。  曲順や番組構成を聞いた聖南も、葉璃がそう言うならと口出しはしていない。  この極秘任務を遂行するにあたり、Lilyサイドも全力で葉璃をサポートすると約束してくれていたし、今日は聖南も、そしてアキラやケイタも居る。  葉璃があがり症でプルプルする以外は、何も気に病む事のないように聖南はいつもより真面目に打ち合わせにも参加した。 「今日演者多いし、ETOILEはCROWNと同じ楽屋にしてくれていいってスタッフには言ってあるからな。 何かあった時の口裏とか、出来るだけ葉璃のサポートしてやるつもり。 来月の特番の予行練習にもなるしな」 「そうか、それでここ連名楽屋なのか」 「んー、と……。 Lilyが先で、四曲後がETOILEかぁ」 「その間もCMと企画映像流すらしい。 トータル二十五分は猶予ある」 「セナ、スタッフとの打ち合わせバッチリじゃん」 「家であんまサポート出来てねぇから……。 仕事上でくらいは頼りにしてもらいたいんだよ」  聖南達CROWNも出演すると知った葉璃は、ひどく安堵した表情をしていた。  本当は不安でいっぱいだったのだろうが、頑張りたいと最終兵器の瞳で見上げてくる葉璃の希望を、聖南が手を掛け過ぎる事で潰えさせたくはない。  あの難易度の高過ぎる振り付けを二週間とかからず覚えきった事も、葉璃の成長に一役買うだろう。  あまり遠くへ行ってほしくないけれど、聖南は葉璃のキラキラと輝く瞳、姿を見る事も大好きなのだった。 「セナ、一ヶ月で創るって大口叩いたんだって?」  台本を捲るアキラが、聖南に視線を寄越す。  まさに溜め息など吐いている暇すら惜しいほど、それは聖南にしては珍しくかなりの時間を要しそうだった。 「そうなんだよ……このペースだとせめてあと二ヶ月ほしいとこだ」 「でもやるしかねぇな。 マジで創ってきやがったって、社長と姪っ子の度肝を抜いてやれ」 「そうそう。 セナは有言実行の男だろー? ハル君に捨てられないように、頑張るしかないね」 「やめろよケイタ。 冗談でも怖え」  「嫌い」と言われる妄想をしただけで死にたくなるのに、捨てられでもしたら今の聖南なら大袈裟でなくその瞬間のたれ死ぬ。  交際を応援してくれている二人には日々感謝をしているけれど、ケイタに至っては時折こうして面白がる節があるので困ったものだ。  その度に顔を歪めて本気で嫌がる聖南を見て、楽しそうに笑うのがアキラとケイタだからこそ、聖南は落ち着いていられる。  ったく……と呟き、聖南が缶コーヒーに口を付けた時だった。  楽屋の扉が二度ノックされ、意外な人物が顔を覗かせた。 「ちわーっす」 「え、っ? ルイどうしたのっ?」  何ともカジュアルに現れたルイに、三人の視線が集まる。

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