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 メイクの力ってすごい。  目の前の鏡に映る自分が、まるで俺じゃない。  Lilyに紛れても不自然じゃないよう仕上げられた、いかにも気の強そうな「ヒナタ」が鏡の中から俺を凝視している。  今日のウィッグはサラサラストレートのロングヘアーで、明るめの茶色。  衣装は前回と一緒のミニスカートで、露出度高めな白いシースルーブラウスの胸元には、同じ素材の大きくて柔らかなリボンが付いている。  右の手首と首にはブレスレットとネックレス、両耳には重たいイヤリングまで装着済み。  聖南が「別人だ!」って騒いでた気持ちがよく分かるよ。 ……これはまさしく、別人だもん。 「仕上がりだけは一丁前よね」 「ミスしたら許さないわよ」 「CROWNが来てるからって調子に乗らないでよね」  ……俺、調子に乗った事なんて生まれてこのかた一度もないんだけど。  鏡の中から自分を見詰めてくる視線から逃げるように、楽屋の隅っこに居た俺にわざわざ近付いてきてこんな事を言ってくる。  前回の収録の時もそうだったけど、あたりの強いLilyのメンバー達は、本番になると小さな嫌味どころか悪口めいた事を俺に直接ぶつける。  未だに俺を良く思ってないのが見え見えだ。  しかも、講師や事務所の人が居る前ではみんな揃って俺に優しいフリをするんだよ。  視線も態度も冷たくなければ、飲み物を渡してくれたり、熱心に教えてくれようとしたり……つくづく、女の子って怖いと思った。   でも俺は筋金入りのネガティブだから、最近は卑屈さを全開にしてるといちいち凹まなくて済むと気付いた。 『俺なんかが影武者で入ったばっかりに、みんなはお荷物背負わされたと思ってるんだ。 男で、チビで、顔だけやたらと女顔した気持ち悪い奴が、Lilyの輪に入れるわけないって思ってるんだ。 週の半分以上を俺なんかと顔を合わせなきゃいけないなんて不愉快だよね。 うん。 分かってるよ。 俺みたいな何の取り柄もない奴には冷たいくらいがちょうどいいよ』  ……根暗野郎の卑屈さがこんなところで役立つとは思わなかった。  どうせ俺なんか。  いつまで経ってもこの業界に馴染めてる気がしない、成長も出来てない、周囲に甘えっぱなしの俺なんか、優しくしてもらおうなんて期待しちゃいけない。 「あ、リハ呼ばれたって」 「行こ行こ」 「緊張するねー」  も、もうリハーサルの時間なんだ……。  事情を知るメイクさんが大急ぎで仕上げてくれたヒナタになって、この楽屋で打ち合わせを済ませ、嫌味を言われて、と何だか目まぐるしく時間が過ぎている。  みんなお揃いの衣装を着て、それぞれ個性的な髪型やメイクを決め、本番さながらのリハーサルのためにスタジオへと向かう。  俺は、唯一最初から優しいミナミさんに連れられて最後尾を歩いていた。 「あっ! あれもしかして、セナさんじゃないっ?」  一番俺を目の敵にしている金髪のリカの声に顔を上げると、今まさにスタジオの中へ入って行くキラキラした後ろ姿を見付けた。  ……あ、っ聖南だ……! 「CROWNのリハ見学出来るのかなっ?」 「アキラさんとケイタさんも居るよ!」 「もう一人知らない人が入ってったよね?」 「誰だろ?」  何度か共演経験があるはずなのに、静かな廊下にも関わらずLilyのメンバーみんなでキャーキャー騒いでいて、その辺は普通の女の子と変わらないんだなってちょっと安心した。  意地悪なとこばかり見てるせいで、申し訳ないけどそれだけが彼女達の本質だと思い込んでしまってる。  あぁ……どうしよう。 ただでさえ緊張してるのに、CROWNの三人とチャラ男が居る前でリハーサルだなんて……。  色んな意味でドキドキが増した俺は、なるべくミナミさんの歩調に合わせて気配を消す。  何しろ、チャラ男とは事務所で出くわす前にヒナタの時に一度接触している。  そのチャラ男に俺(ヒナタ)が見付かったら、面倒な事になりそうだと脳が直感したんだ。 「よろしくお願いします!」 「よろしくお願いします!」  スタジオ内に入ると同時に、リーダーのミナミさんがスタッフさん達に大きな声で挨拶し、メンバー全員もそれに続いて一礼した。  え、ちょっと、ミナミさんどこ行くの……!  俺もみんなに倣って一礼していた隙に、ミナミさんが中央のカメラの傍に居るプロデューサーさんの元へ行ってしまった。  ───ヤバイ。 ほんの二メートル距離で、聖南達が俺を見てる。  視線を感じた俺がそそくさとセット前に歩もうとした、その時だった。 「見付けた、かわい子ちゃん! 前回の収録はいつ放送なん?」 「………………ッッ!」  ガシっと衣装の上から腕を掴まれて振り返ると、さっきとは違う満面の笑みで俺を見下ろすチャラ男が人目も気にせずそんな事を問うてくる。  俺は一瞬でパニック状態に陥った。  ギョッとしてチャラ男を見上げてすぐ、スタンバイの声がかかる。  早く持ち場につきたいのに、さも親しげに肩を抱かれてさらに体が固まった。 「今日も可愛いなぁ、自分。 リハも本番も頑張ってや」  応援してる、と耳元で囁かれてビクッと肩を揺らすと、難なく解放された俺はダッシュでカメラの前に急いだ。  ……聖南が、見ていた。  アキラさんに腕を掴まれている聖南が、俺とチャラ男を鋭く射抜いていた。  「ヒナタ」は、少しの雑念も動揺も許されない。  余計な事は考えないって、ついさっき誓ったばかりなんだ。  頑張るって約束したのに。  聖南と、約束したのに。  チャラ男の顔を見上げた瞬間、「余計な事」だけが俺の頭の中を渦巻いた。  

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