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 聖南が俺を見付けてくれて、「頼れ」と温かく包み込んでくれなかったら、今頃まだあの暗くてジメジメした非常階段に俺は居たはずだ。  光り輝いて目をやられて直視出来ないくらい眩しい世界は、卑屈とかそんなのじゃなく、まだ俺には相応しくないと思ってる。  でも俺にはこの「仕事」しかない。  聖南を追い掛けるためには、俺がこの世界に相応しくならなきゃいけない。  人前に出るからには、もっと自覚を持たなきゃいけない。  カメラの向こうで番組を観てくれている、大勢の視聴者が居るという事を意識してなきゃいけない。  ささやかな悩み一つで俺が逃げを選択したら、ETOILEに関わっているすべての人達の労力と期待が無駄になるんだ。  いつもいつも、カメラの前に立つと緊張して目の前がグラついてしまって、その事だけで頭がいっぱいになる俺だったけど、今日は少しだけ違った。  ETOILEはデビューしてもうすぐ一年。  もっと早くに気付かなきゃいけなかった、アイドルとしての自覚。  それをヒナタで痛感した皮肉な心境は、きっと聖南にしか分かってもらえないだろう。  出番を終えてステージを降りた俺は、ミナミさんの影に隠れて下を向いたままスタジオを出る、……事はしなかった。  楽しかったから。  本当に、楽しかったから。  だからこそ思い知った。  すぐそこに絶対的な味方が居て、俺なりに怠りはしない努力を認めてくれる仲間も居て、それに甘んじてた俺は柔らかな檻の中でぬくぬくと今日までを歩んでいた。  俺は生意気にも、聖南の背中を追い掛ける事が出来ると思ってた。 輝く世界に足を踏み入れれば、聖南の隣に居て恥ずかしくない自分で居られる。  そんな浅はかな勘違いをしてたんだ。  曲中、カメラの向こう側でフロア内からこちらを見守るいくつもの瞳と目が合った。  それは、良いものを作ろうとするスタッフさん達のとても熱心な瞳だった。  他人と目を合わせられないはずの俺は、スイッチのおかげで何人もと目を合わせられていて……ふと思った。  番組に携わっているのは、ここに居るスタッフさん達だけじゃない。  フロア内や副調整室(通称サブコンっていうらしい)で、今日の番組のために何ヶ月も前から動いていただろうスタッフさんがまだまだ大勢居る。  事務所のスタッフさんもそう。  華やかな芸能界の裏で、俺達演者を輝かせようと日々働いてくれている人達がたくさん居る。  俺は、自分の事だけに必死でそんな大事な事にも気付けなかった。  聖南が居る世界に足を踏み入れた。 あとは階段を一つ一つ上っていけば聖南の背中が見えてくるはず。  ……感謝の気持ちも向上心も見せかけだけだった俺に、そんなもの見えるはずなかった。 「───お疲れ様、ありがとう」 「お疲れさまです。 こちらこそありがとうございます」 「え?」  スタジオを出てすぐの楽屋で足立さんと合流した俺は、大切な事に気付けたヒナタ姿でお礼を返す。  首を傾げた足立さんに下手くそな笑顔を向けて、その場で私服に着替えた。  そこに待機してくれていたメイクさんから大急ぎでメイクを落としてもらい、ETOILEの衣装に着替えなきゃならない俺は何食わぬ顔で楽屋を出る。  するとそこに、リカとアヤメが仁王立ちしていた。 「センターお疲れさま」 「納得いかないけど、お疲れさま」 「………………」  ───やっぱり後からのパターンだったか。 出番前おとなしかったからおかしいと思ってたよ。  その棘のある言い方で、大サビでの俺のポジションについてメンバーが不満を持ってたんだって事をいま初めて知った。  影武者の俺がどうして、重要なラスト部分を任されたのか。  それは離脱したアイさんがそのポジションだったからというだけで、他に意味なんかない。 「お疲れさまです」  俺は毅然と二人を見て、背を向ける。  こんなところで時間を割いてる暇なんてない。  何を言われても、どんなに冷たい視線を向けられても、聖南が言ってくれた事を胸に刻んでる俺はもう動揺なんてしないよ。  すれ違ったままのメンバー達と俺の関係修復は、もはや絶望的だなって他人事のように思ってしまった。 「───良かったね、最強の味方居て」  小さくそんな台詞が聞こえてきたような気がしたけど、急いでいた俺はすぐさま『CROWN、ETOILE様』と書かれた楽屋へと戻った。  無人だと思い込み、扉を開けてすぐ目に入った顔に盛大に眉を顰める。 「……あ、……」 「あれっ、ハルやん。 今までどこ行ってたん? もう本番始まっとるよ」  楽屋に設置されたテレビで、呑気にお菓子を頬張りながら生放送を観ていたらしいチャラ男が、俺を見て立ち上がる。  会話してる間も惜しくて、というかあんまりこの人とは喋りたくないから、ペコッと頭だけ下げて衣装を掴んだ。 「衣装にも着替えんと呑気なもんやなぁ。 プロ意識が欠けてるんやないの? まぁハルは甘えん坊やらしいから、それが許されるとでも思ってんのかな」 「………………」 「はよ着替えーや、ETOILE出番まであと十五分くらいやないの?」 「分かってますよ! あ、あの、着替えるんであっち向いててください!」 「男同士で何言うてんの。 ……ええけど」  ムカつくなぁ。  まるで家に居るみたいに寛いでる人に「呑気」とか「プロ意識欠けてる」とか言われたくないんだけど……!  無視出来なくて言い返すと、チャラ男はテレビの方に体を向けてやっと俺から視線を外してくれた。 「その傷、どうしたん?」  ……と思ったら、すぐそばでチャラ男から右の脇腹に在る例の傷を指差されていた。 「……えっ……! ちょっ、テレビ見てたんじゃ……っ」 「これは……火傷かいな。 ガッツリ痕が残ってる」 「い、いや……これは……っ、その……!」  まじまじと見てくるチャラ男が傷に触れようと腕を伸ばしてきたその時、ガチャ、とノックも無しに扉が開いた。

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