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… … … 「おっはよーさん! って、なんやハル太郎。 疲れてんなぁ」  疲れてるなって? そりゃそうだよ。 クタクタだよ。  二時間も寝てなくて、おまけにまだお尻の感覚が変だし、声出し過ぎて喉も本調子じゃない。  マスクで風邪気味な雰囲気を出して誤魔化してはみたけど、元凶である聖南の獣を呼び起こしたのは紛れもなく俺だから文句も言えない。  約一週間も禁欲中だった恋人は、これでも加減したと恐ろしい事を言いつつ謝ってたもんなぁ……。 「……おはようございます。 ……今日はハル太郎なんですね。 二回目じゃないですか?」 「可愛いやろ、○ム太郎みたいよな。 見た目とピッタリ。 今のところな、しっくりくるかは置いといて俺のお気に入りなんよ」  頭が働かないから、とりあえず「ふーん」と気のない返事をして、スマホを見てみる。  現在、朝の九時前。  聖南に送ってもらい、事務所ロビーに設置されたソファに腰掛けていた俺は、ルイさんが来るまで大きな窓から降り注ぐ朝陽の暖かさにやられてウトウトしていた。  ほんの数分前まで座ったまま意識を飛ばしていた俺には、朝からこのやかましい声は精神衛生上よくない。 「ハル太郎が……?」 「そうや。 てかマジでどしたん? 寝不足か? 風邪か? プロ意識どこ行ったん?」 「もう〜うるさいなぁ……。 仰る通り寝不足なので、移動中ちょっとだけ寝かせてください」 「分かった分かった。 着いたら起こしたるわ」 「お願いします」  今日も絶好調なルイ節を聞かされて、つい本音が出てしまう。  腕を引かれて社車の後部座席に誘導してくれたルイさんに「ハル太郎は眠いです……」とだけ告げ、膝を曲げて横になった。  走り始めてすぐに俺は寝てしまい、本当に現場に着くまでほっといてくれたルイさんから、今日の仕事内容を教えてもらう。  一つ目の仕事は、雑誌の取材。  これは午前中いっぱいで終わって、午後は別の雑誌の撮影プラス取材だった。  この二社の雑誌の仕事は毎月、ETOILEのハル単体にきているものだ。  ありがたいけど、未だに担当の人と目を合わせられない俺は不覚にもルイさんに随分と助けられた。  ここの現場だけじゃない。  林さんと恭也が居なくて縮こまる俺は、一人で赴いてもウジウジしててきっとみんなをイライラさせてたんじゃないかな。  そんなだから、普段ならいくらも時間のかかる撮影や取材が、ルイさんと行動を共にし始めてからはかなり時間短縮出来ている。  事あるごとにイラっとする台詞を吐かれはするものの、話し方や馴れ馴れしさはさておき初対面の人とも臆さず話せるところは見習わなきゃいけない。  皮肉にもルイさんの第一印象が最悪だったおかげで、二度とあんな事言われたくないって思いで仕事に取り組めている相乗効果も生まれた。  こんなに身近に叱咤激励の叱咤だけしてくる人が居たらボーッとも出来ないし、甘えるなんてもってのほかだよ。 「ハル太郎、今日も春香ちゃんのとこ行くんか? こっちはこっちで週末の特番に備えて練習あるやろ? しかも今日はCROWNも合流する言うてたし、俺スタジオから動けんのよな」 「あ……そういえば佐々木さんからメールきてました。 ……んーと、……」  あっという間に一日の仕事を終えた俺は、ルイさんと車に乗り込んですぐに佐々木さんから届いていたメールを開く。  昔みたいに春香達と一緒に踊っていると楽しくて楽しくて、どんなに遅くなって疲れていても出来るだけ相澤プロのスタジオに足を運ぶようにしていた。  動きを見てほしいと言われてたけど、行ってみて分かった。 春香達は、新しいジャンルの振付けにみんながみんな手探りだっただけだ。  しかも、送ってくれるルイさんが二回目以降から早くもmemoryのメンバー達と仲良くなって、ダンサーである事を理由に振付けを一緒に見てくれたりもした。  振りを覚えるのが早いと珍しく俺を褒めてくれたルイさんこそ、覚えが早かったんだ。  メンバー一人一人の動きを、相澤プロのレッスン講師と並んで真剣に見ていたルイさんに、「どんな立ち位置なんですか」って笑いながら言った事もあった。  ……返ってきたルイ節はこうだ。 『どんな立ち位置もこんな立ち位置もあるかいな。 ダンサー皆兄弟なんよ。 ジャンルで判断して毛嫌いしたらいかんなって、俺も反省してる』  肩まで伸びたチャラついた赤髪をひと括りに結んで、ジャージ持参で付いてきて張り切ってるのは伝わったけど、ルイ節の意味は全然分からなかった。  とにかくmemoryのみんなも相澤プロのレッスン講師も、ルイさんを大絶賛してる。  元気いっぱいで嘘のない社交性の塊……これだけだと聖南とよく似てるんだけど、ルイさんの事は何かずっと苦手なんだよね。  何が違うんだろって考えてみても、よく分かんない。 ……聖南がいい。 「えーっと、……こっちに来るのは難しいだろうから、ルイさんと俺のダンス映像を撮って送ってほしい、……そうです。 memoryの二曲分」 「ん〜? 俺もか? なんでや?」 「春香達の励みになるからって」  佐々木さんからのメールを読み上げると、事務所に向かうべくハンドルを握ったルイさんがルームミラー越しに俺を見てくる。 「ハル太郎のV送るのはええとして、なんで俺もなんよ」 「あれだけ春香達と馴染んでてよく言いますよ。 ルイさんの社交性、ちょっと分けてほしいです」 「そうやなぁ、俺とも最初は目合わせんかったもんな、ハル太郎。 やっと見てくれるようになったけど。 なっ? なっ?」 「え、っ……いや、そんな見ないでくださいよ……! 怖いです!」 「あははは……! おもろ」 「俺はちっとも面白くないです!」  信号待ちで振り返ってきたルイさんの視線から、逃れるように窓の外を見た。  聖南と出会う前にタイムスリップしたかのような、懐かしい感覚でみんなと踊れて楽しかった中にすんなりとルイさんが馴染んできた事は事実だ。  人好きされる明るさと、顔をくしゃくしゃにして屈託なく笑う飾り気のなさ……そして俺が一番認めたくないのは、振りを覚える早さとダンスの上手さ。  一緒に踊っていると、楽しいと思ってしまっていた。

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