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「お疲れーっす」  十八時を過ぎた頃、レッスン着に着替えた聖南とアキラさん、ケイタさんが揃ってスタジオにやって来た。  CROWNの到着まで俺と恭也がスタジオを独占して練習に励んでいて、ダンサーさんの輪に戻ったルイさん達は各自で振りを確認し合っていたりと、それぞれが個々のやるべき事をこなしていてあっという間だった。 「お疲れ様です!」 「お疲れ様です!」 「すげぇ、やっぱ三人揃うと迫力ありますね!」 「おぉっ、セナさんまた髪色変わりました?」  わらわらと三人に群がるダンサーさん達へ、聖南は「お疲れ」と声を掛けながら髪をハーフアップに結んだ。  あ、聖南……俺が洗濯したジャージ着てる。  俺と色違いの濃紺のそれは、聖南お気に入りの柔軟剤の匂いだ。  もれなく俺も同じ匂いに包まれていて、誰かに勘付かれたらどうしよって一瞬ドキッとしたけど、聖南はいつも香水を強めに付けてるし……大丈夫だよね。  ついニヤニヤしちゃいそうな口元を押さえていると、恭也がそっと俺の前に立って壁を作ってくれた。  聖南が来て嬉しいという気持ちが隠しきれなくて、恭也にはバレてたみたいだ。 「そうなんだよ。 今日秋コーデ撮ってたんだけど、そこでイジられた。 秋バージョンどう?」 「いいっすねー!」 「っつーかセナさんの顔だったら坊主でもイケるっしょ!」 「何でも似合うってマジで羨ましいっす!」 「美形過ぎるのも困りもんっすね!」  うんうん……! 秋バージョン、すごくカッコいい!  落ち着いた焦げ茶色の髪が聖南にしてはかなり短くなって、……俺の大好きな眼鏡が似合いそう。  朝「行ってらっしゃい」を言い合った雰囲気とはまるで違う聖南を、俺は恭也の背後からジッと見詰めた。  ダンサーさん達が口々に聖南をべた褒めしてるから、俺も心の中でずっと「分かる分かる」と頷き、一ファンとしてCROWNの三人のやり取りを覗く。 「みんな……あんまり褒めないでやってよ。 セナは褒められたらどこまでも図に乗るんだから」 「見てみろ、天狗顔になってんぞ。 あ、もう鼻伸びてねぇ?」 「なんで俺が天狗になるんだよ。 今さらだろ」 「ごめんごめん、すでに天狗だったんだね」 「鼻へし折られねぇようにな」 「違うっつの! 俺は天狗になりようがないって意味だ」 「うわ〜また俺様発言飛び出しそう〜」 「間違いなく飛び出すな」 「俺は物心ついた頃から、イケメンだのカッコイイだの才能に溢れてるだの絶世の美男子だの言われて生きてきてんだ。 天狗様はお呼びじゃねぇ」 「出た、俺様!」 「はいはい、セナ。 あんたが大将」  三人がこのスタジオに現れただけで、笑い声が絶えなくなった。 改めて、CROWNの存在感に圧倒される。  逆に存在を消した俺も、恭也の背中に隠れてCROWNのラジオを聞いてる感覚になり、我慢出来ずに笑っていた。  いいなぁ……聖南のこの自信満々な俺様発言、物凄く好きだ。  冗談を言ってるようだけど、たぶん今のは本気なんだよ。 笑わせようとしてないから余計に面白い。 「お疲れ。 葉璃、恭也。 ETOILEの曲練習は出来た?」  スタジオの隅に居た俺と恭也の元に、聖南が近付いてきたらしい。  恭也と背中合わせになって一人で不気味に笑ってた俺は、 ″ご本人登場″ という文字が脳裏によぎってビクッと肩を揺らす。 「…………っ! お、お疲れ様です」 「お疲れ様です。 たっぷり、練習できました」 「そりゃ良かった。 っつーか葉璃、その頭どうしたんだよ」 「あ、これは……ルイさんがしてくれました」 「ルイが?」 「はい、……実は……」  俺のちょんまげに触って無邪気に笑う聖南が、いつになくカッコいい……。  春香のための激励VTRをルイさんと撮った事を説明してる間も、俺は聖南の恋人じゃなく誰よりも近いファン目線でうっとりと見上げてしまう。  目が離せなかった。  髪型一つ変わっただけでこんなにドキドキしちゃうなんて……聖南への好きが重症だよ……。 「───へぇ、そうなんだ。 それはもう撮り終わったのか?」 「はい。 無事に一回で」 「あとで観せろよ。 ……畜生、妬けるな」 「や、妬ける……っ?」  屈んだ聖南は、俺の耳元でそんな事を囁いてきた。  な、なんでこうイケメンは、スマートに囁くのが上手なのっ?  聖南も恭也も、他の誰かに聞かれちゃマズイ事だからこうして接近してくるんだろうけど、あんまり他の人にやっちゃダメだよ。  聖南の声に弱い俺は、背中にゾクゾクと甘い痺れが走って、膝が笑っちゃうんだってば。  妬けるって言葉にもドキッとしたし、腕を取られてスタジオの隅の隅に連れてかれた事にも心が弾んだ。 「やりきった顔してる。 相当気持ちよく踊れたんだな」 「あ、っ……まぁ、あの…………はい」 「葉璃が清々しい顔してんのはいい事だけど、ヤキモチは焼いていいよな? 俺にはその権利あるよな?」 「あの……っ、聖南さんっ……こんなとこで……っ」 「誰も見てねぇよ」 「見てるっつの。 ダンサー達に勘繰られたらどうすんだよ。 離れろ、セナ」  第三者にはどう見えてたんだろってくらい密着していた俺と聖南を引き剥がしたのは、いつでも冷静なアキラさんだ。  「だってさぁ、」と子どもみたいに不満気な表情の聖南を、アキラさんが窘めて向こうへ連れて行った。  良かった……聖南のヤキモチは心臓に悪いんだもん……。  ここに誰も居なかったら、絶対キスしてた流れだったよ。  ……って、いつまでも聖南に見惚れてる場合じゃない。  これからダンサーさん九名を従えてのCROWNの練習風景が見られるんだから、呆けてたら勿体無い。 「葉璃、こっちで、練習見てようか」 「うん」  恭也と俺は、みんなの邪魔にならないよう入り口付近に佇んで見届ける事にした。  memoryのスタジオともLilyのスタジオとも違う、総勢十二名の男だけの、力強く迫力のあるダンスをこんなにも間近で見られるなんて贅沢だ。 「じゃあ通していくよー!」  CROWNの振付けを担当しているケイタさんが声を上げ、センター位置にスタンバイした。  その時だった。 「ケイタ! すぐに社長室に来てくれ! セナとアキラも!」 「……え?」 「は?」 「何?」  スタジオに走り込んできたのは、スマホとタブレットを両手に必死の形相をした成田さんだ。  その慌てようは尋常ではなくて、今まさに練習を開始しようとしていた三人はもちろん、何だ何だとダンサーさん達もざわめいている。 「あ! ハルと恭也も来てくれ! 林とルイも!」 「ぼ、僕もですか?」 「え〜どうしたん。 なんで俺も?」  成田さんと目が合った俺と恭也、そして俺達の現マネージャーである二人も名指しで手招きされる。  その大慌てな身振りはいかにも「急いで!」と言っているようで、首を傾げて訳を聞く間もなかった。

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