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「ハルっぴの家ってこの辺なんか?」 「いえ、違いま……あ、えーっと……」 「どこに送ったらええ?」 「あっ、ちょっと待ってください」  正真正銘ヒナタのストーカーとなったルイさんの車の助手席で、ようやくスマホを起動させる。  聖南からは三つのメッセージと二件の着信が入っていた。 「あの……事務所で、お願いします」 「またかいな。 俺の事そんなに信用出来んか?」 「違いますよ! そうじゃなくて、迎えに来てくれるらしいので……」 「誰が?」 「…………聖南さん」 「え、はっ? セナさんって収録中やろ?」 「ついさっき終わったらしいです」 「連絡きたって事? ハルっぴ、そんないつもいつもセナさんに送ってもらうってどういう事なん?」 「……これには深い理由があるんです」 「…………めっちゃ濁すやん」 「と、とにかく、送ってもらえるなら事務所までお願いします! ありがとうございます!」 「…………礼言うて先手打つやん」 「ルイさん、前見て! 前!」  濁した俺に不服そうな視線をくれるルイさんが、慌ててブレーキを踏んだ。  二時間も出待ちしてヒナタに会えなかった喪失感を、俺にぶつけないでほしいよ。  厳密に言えば会えてるんだけど、そんな事も言えないし……ましてや聖南との関係なんてもっと言えない。  メッセージを見る限り、聖南はSHDの事務所に迎えに来るつもりだったみたいだ。 俺がルイさんと居る事を伝えると、ものの十秒で「なんでルイと居るんだよ」と不満タラタラな返信が届いてキュンとした。  聖南、またヤキモチ焼いてる。 「ハルっぴ、お前やりよったなぁ」 「やりよった? 何をですか?」  右肘を窓枠に置いて左手だけでハンドル操作をするルイさんは、完全にプライベートモードだった。  見た目がチャラチャラしてる人は自家用車までチャラついてる。 ……気がする。  俺が今座ってる助手席に狙ってる女の子を乗せて、ルイ節で巧みに口説く様子を想像してみた。  「ハルっぴの家って事務所にあるんやないの」なんて、まだブツブツ言ってる今風の横顔を盗み見する。  ぷぷ……っ、やっぱり似合い過ぎる……っ。  変な話だけど、ほんとに "ヒナタちゃん" に会えてたらルイさんはどうする気だったんだろ。 「何をって。 あんな短時間で歌と手話覚えるやなんて、ハルっぴマジでやりよったー言うてんの」 「あぁ……その事ですか」 「……何笑ってん」 「笑ってないです、ちょっとだけしか……」  ルイさんごめんなさい。 嘘吐いた。  チャラ男の想像が行き過ぎて、ルイさんが南国の島で女の子をはべらせて豪遊してるとこまで想像してた。    せっかく、甘えを許さない叱咤のルイさんが褒めてくれてるのに、失礼な事しちゃった。 「まぁええわ。 ヒナタちゃんには会えんかったけど、ハルっぴに会えたしな」 「…………?」 「よう頑張ってんな、って言わなと思てて」 「えっ!? ルイさんが……っ、ルイさんが叱咤しない……!」 「なんでそんな驚くんよ。 俺はハルっぴの大食いの方が驚いてるわ」 「俺は大食いじゃないですよっ。 人より気持ち多めに食べてるだけです」 「それが大食いやっちゅーの」  ど、どうしたんだろ……ルイさんが叱咤激励の激励の方を、こんなに屈託なく笑ってくれながら見せてくれるなんて。  そういえば、昨日も霧山さんの代役するって決めた時すごく心配してくれてたな。  最近のルイさん、優しくて調子が狂う。  臨時マネージャーとなって俺についてくれてから、日に日にツンケンした態度が無くなってたの……気のせいじゃなかったのかな。  あ、もしかしてこうやって俺を油断させておいて、後からまた叱咤の嵐で凹ませようっていう作戦?  そんな意地悪な人には見えないけど、最初の印象が根強いからどうしても悪い方に考えてしまう。  なんたって俺は、卑屈ネガティブ野郎だし。 「お、もうセナさん来てるやん」 「ほんとだ……っ」  ルイさんの車が事務所の駐車場に到着すると、聖南はこの暑いなか車外で俺を待っていた。  近付いてくるアイドル様のその表情は、頑張って取り繕ってるのが見え見えだ。  何もやましい事なんてないのに、聖南のヤキモチ顔を見ると胸がザワザワするから、急いでルイさんにお礼を言って車を降りた。 「聖南さんっ、お疲れさまです! ルイさんとはたまたま会ったんですよ! ねっ?」 「そうや。 ストーカーって言われてしまいましたけどね」  続けて降りてきたルイさんを振り返って、よくない事の言い訳をしてるみたいに早口で捲し立てる。  なんでこんなに焦るんだろ……聖南の考えてる事が手に取るように分かるから?  「俺以外の男と二人きりになるな」っていう聖南の約束ごとは、ルイさんにも適用されるの?  あわあわすると余計に聖南が怒っちゃうのが分かってるのに、俺は冷静さを欠いてしまう。  首を傾げた聖南とルイさんの間に挟まれた俺は、ちょっとだけ気配を消して黙っておく事にした。 「……ストーカー? 誰の?」 「ヒナタちゃんっす!」 「あ? て事はルイ、SHDの事務所前に居たのか?」 「そうなんす! リハ終わりにハルっぴ送ろう思たらもう居らんし、足は必要ないってメッセージもきてたから俺は自由行動を」 「それで出待ちしてたのか」 「会えんかったっすけどね」 「そりゃ無理だろうな」 「なんでなんすかぁ! てっきり裏口から出て来る思たんに、今日に限って表から出て行きよったんですよ、ヒナタちゃん! 憎いわぁ!」  うぅ……聞いてられない……。  ヒナタに夢中なのは怖いけど、本気で出待ちしてたルイさんを結果的には騙してる罪悪感が、じわじわと襲ってくる。  俺がルイさんと居た経緯を知った聖南は、心なしかホッとした柔らかな表情に変わった。 「ヒナタとは縁がないって事なんじゃねぇの?」 「嫌やぁ……こんなの神様のイタズラとしか思えんでしょ……」 「あんま熱入れ過ぎるなよ、ルイ。 アイドルと恋愛するのはすげぇリスク背負うことになんだから。 ヒナタの都合も考えて動け」 「……了解っす……」 「分かればよろしい。 葉璃送ってくれてありがとな。 じゃ行くか」 「はい」 「あ、セナさん待ってください」

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