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「ごめんなさい、今言うべきじゃないのは分かってるんですけど、お風呂……入りたいです。 ……お風呂」 「風呂っ? また急やなっ?」  そんな切羽詰まったように言うから、ほんとはセナさんとは親戚じゃないんです〜の説明でもしてくれるんかと期待してしもたやん。  すみません、ごめんなさい、を繰り返すハルポンは、俺と棺を交互に見ながらソワソワしてた理由を語った。 「ご、ごめんなさいっ。 俺ダメなんです。 一日二回以上シャワー浴びないとおかしくなっちゃいそうなんです。 ほんとにごめんなさい。 おばあちゃんも、こんな時にすみませんっ」 「二回以上……」  言うてる事は分かる。 確かにちょっとばかし唖然とはしたが、必死の形相でばあちゃんにまで声掛けてるところを見るとハルポンは大マジなんや。  最期が悲しむだけで終わらんよう寄り添ってくれてる、ハルポンのそんな些細な願いくらいすぐにでも叶えてやりたい。  事情話して一、二時間抜ける事さえ伝えれば、ばあちゃんを送るための線香の煙も絶やさんでおってくれるやろう。  それに、いつでも身奇麗にしとかなと俺に嫌味ばっか言うてきてたばあちゃんやったら、今にも棺から飛び出てきて「汚いまんま見送るつもりか、はよ行かんかい」もんや。 「すみません、不謹慎ですよね、ほんとにすみません……っ」 「……ばあちゃんはそんくらいの事で怒ったりせえへんよ。 なんなら「はよ行け」ぐらい言うで」 「ほんとに申し訳ないです……。 どこか、シャワー浴びられるとこないですかね? すぐ戻ります、ほんとに。 すぐです」 「そんなら……」 「ありますかっ?」  この近く……歩ける距離にネカフェはあった。 スーパー銭湯らしきもんも、少し車走らせればあるやろ。  でもハルポンはアイドルや。  どんな事情であれ、他所様にハルポンの裸なんか見せたら俺があらゆる方面から大目玉を食らう。  しかもなんや、この顔でもハルポンは一応男の子で、付くもん付いてるってことやん?  それ想像すると俺もお供に行きづらい。 ハルポンの裸はタブーな領域の気がする。  となると、車もある事やし場所はあそこしかない。  飲み終わった紅茶のペットボトルを握り締めて、まだ「すみません」と呟いてるハルポンに提案してみた。 「……俺ん家、行くか。 車で十五分あれば着くと思う」 「えっ!? でもルイさんの家は……っ」 「泊まるわけやないんやからええやろ。 シャワー浴びるだけや。 俺もシャツ換えたいしな」 「………………」 「もしかして、それも許可貰わな?」 「…………っっ」 「決まりやな」  セナさんの〝条件〟が気になるんか、あんまり乗り気ではなかったみたいやけど最終的には綺麗好きの性分には抗えんらしかった。  棺の中で眠ってるばあちゃんと、常駐してる葬儀社の人に二時間ほど抜ける旨を伝えて、ハルポンと車に乗り込んだ。  大通りまで抜けて都会の道路を走ってると、こんな時間やいうのに結構混んでて何回も信号に捕まった。  助手席でおとなしく座ってるハルポンは、真っ直ぐ前向いてる。  その横顔は、本番直前のステージ袖で気難しい顔して震えてる時とは真逆やった。  この土壇場で性根の強さを見せるハルポンのおかげで、俺も朝よりだいぶ気持ちが落ち着いてる。  病院に駆け込んだ時、岡本サンと現実的な話した時、喪服に着替えなと慌てて家帰って少し泣いた時、役所行って書きたくないもん書かされて印鑑押した時、オーディションに駆け付けた時、……ハルポンが声を枯らして泣いてくれた時──。  そのどれも、俺は常に涙を堪えてる状況ではあったが、動揺はたっぷりしとった。  我慢してるつもりはなかったんやけど。  最期まで見送ってやれるんは俺しか居らんのやから、俺がわんわん泣いてたらばあちゃんも逝くに逝かれへんやろ。  俺がしっかりせなどないするん。  誰がばあちゃん見送ってやんの。  気持ちはそうやって保ててたのに、油断してたらすぐ目の前滲むし、手首から震えて何回も印鑑押し直したし。  あかん、ひとりになってもうた。 とうとうこの時がきてしもた。 俺の家族はばあちゃんだけやったのに、二度と起きんってどういう事やねん。 ひどいわ。 こんな早う俺をひとりぼっちにするやなんてほんまにひどいわ。  逝ってしもたばあちゃんに心ん中でいっぱい悪態ついて、その後は結局〝なんもしてやられんでゴメン〟と謝った。  ボケ老人になっても面倒見るって約束してたんになぁ。  寂しいやんけ。 俺もう生き甲斐のうなったわ。  なぜか知ってた今回のオーディションの事も、結果聞かんと逝きよって……。 「……ルイさん」 「ん、っ?」 「ワガママ言ってほんとにごめんなさい。 俺は気配消して透明人間で居るはずだったのに……」  運転してる俺に気を使って、タイミングを見てたんやろな。  ハルポンがそう言ってショボンとしてたんは、ちょうど信号待ちのときやった。 また俺の視界が水っぽくなるとこやったから、話しかけてくれて助かった。 「いや……俺もその辺すっかり抜け落ちてて、気回らんですまんかった。 風呂入ってさっぱりしたらメシ行こな。 ゆっくりは出来ひんけど」 「いえ、そんな……っ」 「あと、俺ん家ワンルームやからデカない。 バスルームも普通に狭いけどカンベンや」 「そんな……そういうのは俺気にしないんで大丈夫です。 ……ありがとうございます。 ごめんなさい……すみません……」 「謝り過ぎやって」 「でも……っ」  分かったからもう謝らんでええ。  それを俺が何回言おうが、ハルポンは口癖のように謝罪の言葉を口にする。  俺やったら……いや、まず普通は出会ってそんな経たん人間が心配やからって、親族の通夜に一晩付き添ったりせんのやで。  ばあちゃんの棺は開いたままや。 『気味悪くないんか。 怖くないんか』  俺はハルポンに、そう聞いた。  けどハルポンは、泣きながらこう答えた。 『姿を見るのはやっぱりちょっと怖いから無理ですけど、ルイさんの大切な人でしょ。 おばけになって出てきても、俺とかルイさんを驚かせたりはしないと思います。 だから大丈夫です』  ハルポンらしいなと思った。  それ聞いて、今日ばかりは甘えて付き添っててもらお、と遠慮を消した。  てかな、逝って早々オバケになったばあちゃん出てきたら、俺かて怖いわ。

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