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 ──妙な事ばかりだ。  誰が聞いてるか分かんないからって、物凄く接近してきた葉璃から簡潔に耳打ちされた、現在の状況。  犯人は社長さんしか知らなくて、それもまだ決定的な証拠を掴んでいないからという理由で明かされていない。 その犯人は、セナさんとレイチェルさんのゴシップを使って、実は葉璃を陥れようとしている……なんて、さながらミステリードラマみたいな話だ。  俺は口下手で本ばかり読んできた人間だから、こういう話を聞くとつい深読みしたり、不審な点を探したりしてしまう。  そんな俺は、葉璃の小さな声を萌え聞きながらも一つの疑問が浮かんだ。  それは、なぜ社長さんは犯人を明かさないわりに、〝葉璃を陥れようとしている〟と仮定出来たのか──。 「もうね、何が起きてるのかぜーんぜん分かんない」  重要な話は終わってしまい、耳打ちの必要がなくなった葉璃はパイプに腰掛け、足を投げ出した。  心中を表した言葉の通り、唇をムムッと尖らせている。  葉璃を狙ってるかもしれないという話だけを聞いても、現実味も無ければ信憑性も量れない。  そりゃあ、ムッともするよ。 「そうだね……。 何にも分からないね……」 「聖南さんもお手上げだって言ってた。 犯人を教えてくれないから動きようが無いって」 「うん。 でもその話が本当なら、葉璃は特に、気を付けないとね。 護衛らしき人は、見かけなかったけど……セナさんのお父さんが手配したなら、きっと、その道のプロだ」 「……だと思う。 四日経ったけど、俺も全然分かんないもん。 あまりにも気配が無いから、〝ほんまにそんなヤツおるんか〟ってルイさんが怖がってて笑っちゃった」 「あはは……っ、たしかに怖いよ」  葉璃は狙われてると知って怯えてるどころか、周囲に目を向けられるほどケロッとしている。  護衛の存在を怖がってた、という事は、ルイさんまでもこの話を知ってるのか……。  絶対的に信頼できる協力者は多い方がいいけれど、少し妬いた。  葉璃といつも一緒に居られるルイさんが、やっぱりとても羨ましい。 「ルイさんと言えば、俺ヤバかったんだよ」 「ん? ヤバかった?」  些細な事で嫉妬する俺に気付かない葉璃が、また身を乗り出してきた。  耳打ちとまではいかないものの、最接近されて喜ぶ俺は、対葉璃に関してのみ単純だ。 「そうっ。 あの任務のこと、ルイさんにバレるとこだった」 「えぇ? どうして?」 「四日前に俺、社長さんに呼び出されたんだ。 色々あってルイさんは今回の事情知ってたから、社長室でどんな会話をするのか、一緒に聞いててくれるって事で通話を繋いでたんだけど……」 「あぁ、……うん。 ルイさんは、同席しなかった、って事かな?」 「そうそう。 ルイさんは駐車場で待っててくれた。 でも俺……社長さんと話する前からめちゃくちゃ動揺しちゃって、通話繋いでる事すっかり忘れてたんだよ」 「わぁ、それはヤバい」  「でしょ」と、葉璃は苦笑いした。  ヤバかった、というくらいだから、恐らくその場でヒナタの話題が出ていたんだろう。  ルイさんは唯一、葉璃が〝ヒナタ〟である事を知らない。 しかも誰の目にも〝彼女〟に入れ上げてる様子で、今は任務がバレる事よりも正体を知られる方がマズそうだ。  葉璃の任務遂行まで、あと一ヶ月も無いはず。  うっかり口を滑らせないように、ルイさんの前では俺も発言には気を付けよう。 「ルイさんには、まだ、バレてないんだよね? 通話、繋いでたんでしょ? どうして、バレてないの?」 「んと……駐車場で聖南さんがルイさんに話し掛けて、焦りまくって俺との通話切っちゃったんだって」 「セナさんが、そこに、居たの?」 「そう。 聖南さんも社長さんに呼び出されてたみたいで、駐車場にルイさんの車があったから、俺も一緒に居ると思って声掛けたらしいんだ」 「あぁ、そういう事か」 「その時、ルイさんが〝切ってもうた〟って言ってたみたいで。 誰かと通話中だったのに話し掛けて悪かったな、って聖南さんが話してくれたんだけどさぁ……俺、後からその話聞いて冷や汗かいちゃったよ」  額にアニメの汗マークが見えちゃいそうなほど、葉璃には珍しい濃い苦笑が可愛かった。  ペットボトルのお水で水分補給しているだけで人を惹き付けてしまう葉璃は、バレちゃいけない事をいつも抱えている。  任務もそう、セナさんとの事もそう。  それらは、うっかり漏らすと一大事になりかねない特大の秘密ばかり。  緊急任務の星の下で生まれた性で、葉璃には隠しておかなきゃならない事柄が尽きない。  ちなみに俺は、そのすべてを知っている。  いじらしく秘密を守ろうとする葉璃の姿を、一番近くで見ていると言っても過言ではない。 「ふふっ……。 葉璃、今日も安定の、可愛さだね」 「えぇ……?」  俺がこう言うと、葉璃は毎回ちょっとだけ変な顔をする。  そんな事ないって言いたいんだろうな。 もしくは「またそれ?」か。 「葉璃はいつも、頑張ってる。 頑張り過ぎなくらい。 陥れようとしてる、犯人って奴は、そんな葉璃の頑張りを、知らないんだね。 葉璃を知ってる人だったら、足を引っ張ろうなんて、思わないはずだもん」 「恭也……」 「許せないよ。 本当に許せない。 俺も、協力する。 俺は何をすればいいか、何ができるか、考えるよ」 「……恭也……っ」  気持ちを言葉にするのは難しいけれど、こんな俺に感極まってくれる葉璃にはそれが容易かった。  いくつ秘密を抱えても、ネガティブな発言をしながら常に前を向いてる葉璃が、俺には眩しく見えて仕方ないよ。  だって、高校時代の葉璃と今の葉璃は、全然違う。  葉璃を守ってあげたいという俺の気持ちは変わらないのに、葉璃の方がとてつもなく大きなものを守ろうとしてるんだよ。  心が折れてしまわないように、励まして、慰めて、一緒に笑顔になってくれたら、それだけで俺は存在意義を見出だせる。  だから俺はもう、大切なものを守っている葉璃を支えてあげる事しか出来ない。  大事な大事な俺の親友を狙う不届き者が分かりさえすれば、その余地はまだ……あるんだろうか。

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