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32❥狙い

「そういう事だったのか……」  来週に迫った特番の打ち合わせのため某局にやって来た聖南は、先に楽屋で待機していたアキラを車に呼び出し、ゴシップの犯人とこれまでの顛末を語って聞かせた。  ちなみにケイタは、他事務所の男性アイドルグループへの振り付け指導で抜けられず、一時間遅れで到着すると連絡が入っている。 「さすがにアキラとケイタは接触されねぇと思うけど、何かあってからじゃ遅いし一応耳に入れとくわ」 「あぁ……」  新曲の発売で各局巡りをしない限り、ラジオ番組以外でなかなか揃う事のないCROWNの三人が蜜になる時期がきた。  特番の多い年末年始は毎年三人ともが多忙を極める。  文章に残せない類の話をしたくとも、この時期は直接の連絡もすれ違いになる事が多々あるため、聖南は今日の日を待っていた。  楽屋で語るのも躊躇われる内容だ。  アキラはそれを察知し、速やかに聖南の車に乗り込み黙って耳を傾けてくれたのだが、内容が内容なだけに表情は険しい。 「そのアイって女が主犯格だって事、向こうの事務所は知ってて野放しにしてんの?」 「連絡が取れねぇんだと」 「そんなの探偵でも何でも雇って見つけ出せって話だよな。うさぎちゃんがどんだけ気を付けたって、接触される時はされるぞ。相手は素人使ってんだろ? 怖いもんナシのヤバイ輩なんか使われたらどうすんだ」  SHDエンターテイメントの対応に憤慨している様子のアキラに、聖南は苦笑を浮かべてそれを返事とした。  聖南の愛車の助手席に居るので、今ばかりは愛称で呼ばなくていいのだが、葉璃を甘やかし愛でる長男はいつでも徹底している。  そして、聖南の予想以上に怒りの感情を顕にした。 「知ってて言わなかったって、社長もどうしたんだよ。セナを疑うだけ疑って、ごめんなさいじゃすまねぇだろ」 「俺だってまだ納得出来ねぇ部分あんだけど、何回も頭下げられてんのに〝許しません〟は俺が大人げねぇじゃん。ルイからはまるで親子喧嘩だって言われてさ。でも……何となくそう表現されんのも悪くねぇと思ってる俺がいる」 「セナは人が良いからな……」 「それうさぎちゃんにも言われた」 「なんて?」 「〝聖南さんは人を嫌いになれない人間です〟って。俺は他人にはそう見えてんの? 自分自身はドライだと思ってたんだけど」 「ドライ〜? それはない」  きっぱりと断言されてしまい、いじけたように唇を尖らせる聖南には本当に自覚が無かった。  あれだけ幻滅したと意気消沈していても、何度も何度も頭を下げられ謝罪されたあげく聖南の知らぬところで男泣きしていた事まで聞かされてしまっては、父親代わりの彼に勘違いの一つや二つあったとて責め続けられない。  誤解を生んだ別日で撮られた写真が二枚存在し、そのどちらも意味深に切り取られていては、レイチェルの恋心を知る社長が〝まさか〟と疑いを持ってもしょうがないと思ってしまった。  遠回しではあったが、聖南には葉璃よりもレイチェルの方が似合いだと言われた件に関しては、まだまだ許せそうにはないが。 「接触されたのは今のところルイだけか?」 「ああ、そうだ」 「なんで今さら接触してきたんだろうな」 「そこなんだよ。写真で揺さぶれなかったから焦ったにしても、目的があって動いてる気がしてならねぇ」 「うさぎちゃんが危険だってのはそういう事だよな……」  聖南同様、事態を把握したアキラも腕を組んであらゆる可能性を考えているように見える。  悪意が少しずつ葉璃に迫っているのは確かだ。しかし彼は、以前にも大変な目に遭ったというのに聖南よりも危機感が薄い。  ヒヤヒヤしているのは周囲だけで、来れるものなら来てみろと言いかねないほど、当人は非常にどっしりと構えている。  それが強がりなどではない事を聖南は感じ取ってしまっているので、余計にハラハラする。  葉璃に何かあったらどうしようという緊張と不安でいっぱいな聖南に対し、諸々の犯人を知っても構わず、葉璃はSHDエンターテイメントの事務所に赴くと言って聞かなかった。  なんと葉璃は、クリスマスに放送される生放送特番のため、先週から再びLilyのダンスレッスンに通い始めたのだ。  すべてを知ったルイが葉璃を送迎してくれていて、忍者のように気配の無いボディガードも居るのでそこまで警戒しなくても良いのかもしれないが、心配なものは心配だった。  何せ敵陣に足を踏み入れるようなもので、それがどれだけ危険かを先輩として滾々と説明したにも関わらず、葉璃は〝出番があるなら練習しないと〟と元々強い眼差しにさらに眩い光を宿していた。  何が何でもヒナタを完遂してみせる、という並々ならぬ意気込みと責任感に、聖南は屈した。  決して一人にならない事を条件に敵地に向かわせた聖南は、とある疑問も渦巻いていて現在やりきれない思いである。 「……てか俺さ、ずっと思ってた事があって。アキラには言うんだけど……」 「なんだよ」 「うさぎちゃんの任務って〝変身〟じゃん?」 「そうだな。クリスマスの生特番で終わりだって聞いたぞ。うさぎちゃんもようやく任務完了ってわけだ」 「いやまぁ……そうなんだけど」 「何? なんか言いたそうだな」  聖南は、言いかけた話を飲み込んだ。  緊急事態に伴い、来週に迫っている特番では助っ人が必要不可欠だという事を思い出したのである。

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