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一番危機感を覚えてなきゃならない俺が、こんなに悠長にしてちゃいけない。
聖南や周りの人達はみんな、俺への被害を食い止めようと必死で動いてくれてるのに、忘れてたなんて何事なの。
「……葉璃」
「………………」
台本を握り締めて固まった俺の肩を、恭也が揺さぶってくる。
「……はるー?」
「………………」
「チョコリスタ、飲む?」
「……飲む。……責任を取る前に最後の晩餐を……」
「もうっ、葉璃! セナさんだって、怒ってたなかったでしょ! 俺も、怒ってないし……ていうか、誰も葉璃を、責めてないよ!」
「…………っ」
俺のネガティブが度を超えてたのか、恭也の剣幕が凄まじい。
恭也らしくなく「まったく!」と憤慨されてしょんぼりした俺に、今度は人差し指を口元にあてて見せてきた。
「葉璃、シーッね」
「……うん」
聖南から〝早急に〟と言われた恭也は、スマホで誰かに連絡を取り始める。その誰かっていうのは、聞かなくても分かった。
ただ、俺は左耳にイヤホンを装着したままで会話が筒抜けだった。
「あ、すみません。今お時間、いいですか?」
『恭也か。何? どったの?』
「例の件、明日明後日くらい、ご都合どうかな、と」
『例の件って……あー! アイと話すってやつ?』
「そうです。ぜひ、直接、お会いしたくて」
『マジ!? アイに都合聞いて折り返すよ!』
「分かり、ました。あ、でも俺、これから収録なんで、着信取れなかったら、すみません。かけ直しますので」
『了解了解〜!』
今のがアイさんが付き合ってたっていう、水瀬さん……?
……なんか……チャラい人だな。
あのフランクな感じは、今こちらがどういう状況なのか水瀬さんは知らないんだ。
そして今の短い会話で、痛感した。
聖南パパが雇った探偵さんやSHDエンターテイメントが血眼で探しているアイさんに、簡単に連絡が取り合える水瀬さん。
ルイさんに接触してきて以来、動きがなくなって不気味さが増したこの件に、水瀬さんは必須だったのに……。
こんなにも重要な話を頭の片隅に追いやってた俺は、とんだヘマをしたんだってさらに落ち込んだ。
「……ふぅ」
「あ、……ありがとう、恭也……。水瀬さんがあの人と繋がってるの、ホントだったんだ……」
「みたいだね。電話番号を聞き出せれば、早いんだろうけど……いきなりそれだと、怪しまれちゃうし。そもそも、俺のファンだっていうのも、もしかしたら、裏があるのかもしれない。とりあえず、直接会って、話をしないとね」
「……そう、だね……」
確かにそうだ。
俺の弱味を握るためなのか、何も関係ないルイさんにまで接触したくらいだもん。
アイさんと水瀬さんが未だに繋がってるという事は、恭也が水瀬さんと共演したっていうのもきっと知られてるんだ。
俺の一番近くに居る恭也と接触する事が狙いだとしたら、本当にアイさんは俺を陥れようとしてる……って事も明確になってしまう。
怖くなっちゃうからあんまり後ろ向きに考えたくはないんだけど、アイさんの目的が少しだけ見えた気がした。
何をしでかすか分からないと言いつつ、クリスマスに行われるドームでの音楽番組を特に警戒してる聖南の勘は、当たってるかもしれない。
「葉璃、絶対に、一人になっちゃ、ダメだよ」
センター分けの強面イケメンな恭也に、顔を覗き込まれた。
すごく心配そうな瞳だ。
「……うん。聖南さんもそう言ってた。去年のことがあるからって」
「そう、去年の……。あの時、俺が衣装チェックに行ってた間に……だったよね。……だから俺、ずっと、責任を感じてて……」
「なっ、なんで!? そんなの恭也が感じる必要無いよ! 俺がぼんやりしてたからいけないんだ! あの人達、俺が弱そうだから狙ったって言ってたし、貧弱な俺の見た目が悪いんだよ!」
「葉璃、……そんな事ない。そんな事ないよ。……葉璃に何かあったら、今度こそ俺が、崖から飛び降りたくなる……。だから、一人にはならないで、お願い……」
「飛び降りる!? ダ、ダメだってば! 何言ってるの!?」
「葉璃もさっき、そう言ってた、から……」
「…………っ!」
それはそうだけど……!
ドジでバカでうっかりな俺と、あの時ただただ心配をかけてしまった恭也とじゃ、飛び降りを競うのもおかしな話だよ。
根暗仲間だっていうのは譲らない恭也が、床に視線を落として項垂れた。
俺の右手を握って、その手からドクドクと負のオーラが恭也に流れてくみたいだ。
「……俺のネガティブ奪うのやめて、恭也」
「だって……」
「いつの間に立場逆転したの? 全然気が付かなかった」
「そんなつもりは……」
「あの……恭也が責任感じてたなんて初めて聞いた。知らなかった。むしろ、あの日たくさんの人に迷惑かけた俺の方が重罪だと思う。恭也にもたくさん心配かけて、出番遅くなっちゃって」
俺自身はすぐに結びつかなかったあの日の事を、聖南だけじゃなく恭也までも思い出してたとは思わなかった。
トラウマになってるかもしれないって、今の今までその話をしてこなかった恭也の気遣いを、俺は今日初めて知った。
「……ケガ、してたけど……葉璃が無事だって分かった時、どんなに安心したか、分かる? 全身の力が、抜けたよ。俺のせいだ、と思ってた」
「……そんなこと……」
「葉璃は、人に妬まれやすい。可愛くて、綺麗で、何においても才能があるから。セナさんが、言ってたよ。葉璃には、この業界で生きてくための、〝華〟があるって」
「えぇ……鼻? 鼻は誰にでもあるよ?」
「えっ、違う! その鼻じゃないっ」
うん、……分かってる。
褒められて照れちゃって、つい濁してしまっただけ。
あの日の事を持ち出されても平気でいられてる俺は、トラウマになんかなってないよって伝えたかったんだ。
聖南と同じ場所にある傷は、俺にとっては勲章でしかない。
今回の事だって、ほんとはもっと危機感を覚えてなきゃいけないのに、ターゲットらしくないと自分でも思うよ。
誰よりもあっさりし過ぎだって聖南にも苦笑いされたくらいだし。
「俺はね、聖南さんの背中を追いかけるためにがんばってるけど、それは恭也が隣に居ないとダメなんだ。……情けない話だよ。でも俺だけじゃ、到底がんばれない」
「じゃあ葉璃も、飛び降りる、なんて怖いこと、二度と言わないで。俺にも、葉璃が必要だって、分かってるでしょ?」
「あっ……! ……そういう事か……」
また立場が逆転してる……!
突拍子もないセリフが許せなかった恭也に、遠回しに諭されてようやく気付いた。
俺のネガティブを吸い取って、恭也が本音を打ち明ける事で俺の罪悪感を失くさせようとした……って、そんなの分かりっこないよ。
「恭也、ほんとに口がうまくなったよね」
「……うまい、……のかな?」
「うん。聖南さんと話してるみたい」
「ふふっ……。それは光栄だなぁ」
恭也にとっては最上級の褒め言葉だったみたいで、嬉しそうに目元を細めて笑った。
張り詰めたネガティブな空気が変わった事にホッとして、俺も下手くそな笑顔を浮かべる。
この時の俺はまだ、確実に着々と迫ってきている足音には、まるで気付いていなかった。
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