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SHDエンターテイメントまでの道中、事務所所有の車の助手席に座ってた俺は、毎朝の恒例となった謝罪を口にした。
「すみません、ルイさん……」
「今日はなんの〝スミマセン〟?」
ハンドルを握るルイさんは前を向いたまま笑っていて、まるで茶化すような口振りだった。
ごめんなさい、と言っても「ええから」としか言わないルイさんに、俺はしつこく謝り続けてる。
謝罪の理由を探して、色んな事に対し〝ごめんなさい〟を言うのは俺の自己満足に過ぎないって分かってるんだけど、やめられない。
「え、えっと……こうやってSHDまで送ってくれるのはありがたいんですけど、お待たせすることになりますよね」
「あ〜、それ気にしてたんかい。俺は何とも思てへんよ。待ってる間ヒマしてるわけちゃうし」
「そうなんですか?」
「ゲームしてんねん」
「えっ? ゲーム!? あ、そ、そうなんですね! 二時間も待ってると退屈ですもんね! 何のゲームですか? スマホでやってます?」
「ウソよ」
「えぇっ?」
またルイさんの空気だ。
俺がどんなに謝っても、さっきみたいに聖南の前でもこうしてわずかに話を逸らす。
一瞬ほんとに信じた俺がバカみたいだ。
俺のレッスン中、事務所内に入るのはLilyのメンバーの手前やめた方がいいと言ったルイさんは、車内で二時間も待つ事になる。
夏に起きたヒナタのイジメ事件の全容も知られてしまったから、また俺(ヒナタ)が嫉妬や妬みを抱かれないようにって、気を使ってくれてるんだ。
今日はそれを真剣に詫びたかったのに、冗談で濁されて結局ルイさんの独壇場になっちゃうんだもんなぁ……。
「なんでそんなすぐ信じるん? あかんて。今は何事も疑わんと」
「いや、ルイさんの嘘は現実味が……!」
「俺ゲームはさっぱり分からん」
「……っ!? それも意外ですね……」
「なんでやねん」
切れ味抜群、鋭いツッコミだ。
ルイさんは誰の目にも今風な見た目で、世に言う〝パリピ〟みたいだから嘘が嘘に聞こえない。
信号待ちでも前を向いたままのルイさんに、俺はもう一度尋ねてみた。
「じゃあほんとは、何してるんですか?」
「ナニしてるて……エロいな」
「ちょっ、ルイさん!!」
「あはは……っ、冗談やん。冗談」
「もう……っ」
何を聞いたってこの通り。
いくら場の空気を悪くしたくないからって、下ネタに走るのはいよいよだ。
俺はただ、聖南と直接会話したルイさんの思いを直に聞きたかっただけ。何となく、聖南にも言えてない事がまだあるんじゃないのかなって……。
「本音言うてええんか? 聞いて後悔せん?」
「後悔って……」
「聞かん方がええと思うよ。ハルポン絶対気にするし」
「………………」
え……そんな言い方されると、話してくれるのかなって期待してしまう。
これから先、今回の事がルイさんの中で枷になってしまわないかって、俺にとってはすごく重要なこと。
ルイさんは、親しくなればなるほど遠慮が上手になるから。誰も傷付かない方法はないかなって考えちゃう、実はとっても優しい人。
だからこそ、吐き出してほしかった。
「もし俺の予想が当たってるんなら、聞いておきたいかも、……です」
「ん〜……」
運転中に話しかけちゃって悪いなと思いつつ、ルイさんの横顔に〝話してください〟を視線で飛ばす。
ちょうど、赤信号にも引っかかった。
「──ほな言うけど。セナさんから聞いたやろ? 俺がまだワニワニパニックやって」
「ワニワニ……? ……大パニック中だとは、……はい」
「そうそう。俺な、いま気持ちの整理中やねん」
「………………」
「ほら、そういう顔する。聞かん方がええって言うたやん。ハルポンは気にしぃやねんから」
「でも……っ!」
「ヒナタちゃんのファンになって、惚れてるまでいってたかどうか……それを自問自答してる。あと、ハルポンとヒナタちゃんが同一人物やって事を脳内で擦り合わせてんねん。これがなかなかうまいこといかんでな。そしたら俺はハルポンを好きって事になるんか? それはちゃうやん? そんな簡単な話やないやん? てかそんなんあってはならん話やん?」
「……っ、いや、あの……っ! それは……」
「ハルポンはセナさんからの又聞きがイヤやってんやろ。俺の口から本音を聞いときたかった……ちゃうか?」
信号が青に変わり、ルイさんはアクセルを踏んだ。
俺は、たった今本人の口から聞いた本音を、どう受け止めればいいか分からなかった。自分で聞いといて。
ヒナタのことをファンとして好きだったんじゃなく、もっと深い想いに変わってたりしたら……それこそ謝罪だけでは済まされない。
聖南と話した時、ルイさんはETOILEを選んでくれたって聞いた。
大パニック中だけど、切り離して考えてくれてる……でもそれが、ルイさんの得意な遠慮や強がりだとしたら?
本音を心に閉じ込めたままじゃツラいだけだと思ったから、不躾にも尋ねてしまったのは事実。
聖南には言えなかったことを、俺には話してくれるかもって驕ってしまったのも……事実。
ぜんぶ、ルイさんには見破られてたけど。
「ちゃうく、ない……」
「ぶはっ……! それ使い方ヘンやで」
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