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俺がお人好しなのは関係無いでしょ。
むむっと納得いかない顔を浮かべた俺に、聖南は掻い摘んで事の経緯を話し始めた。
俺は、リカさん達から睡眠薬の効果がある精神安定剤を盛られたんだって。それを聞いて思い当たったのは、何だか喉越しがヘンだと思ってたリハ終わりのスポーツドリンク。
そういえばあれを飲んで十五分くらいで、急に眠たくなったんだよね。
お薬入れられてたのかぁ、とのんきに呟いた俺の頭を、聖南は苦笑いしながら撫でた。
どうりでグッスリ眠っちゃったわけだよ。シャワー浴びながら世界回ってたもんな。
お湯を出しっぱなしにしたまま意識を飛ばして、それがいつの間にかお水に変わって俺が氷みたいに冷たくなってたから、発見した聖南が林さんと一緒に大慌てで病院に運んでくれたんだっていうのも納得した。
あと驚いたのが、直接対決の場にアイさんが来なかった事。しかもそのアイさんは、なんとミナミさんと繋がっていて、脅されて仕方なく俺の情報を流してたらしい。
それについても「あ~」と相槌を打っただけの俺を見て、聖南は意外そうだった。
だってミナミさん……昨日の時点で俺に何かを打ち明けたそうだったもん。
現に俺が眠らされてしまった事よりも、お薬を盛る役だったミナミさんが思いとどまってくれた事の方が重要で、悪意を跳ね除けた気持ちが嬉しいと思った俺は……やっぱりお人好しだ。
大体の流れを聞くと、聖南が相当にお怒りだった理由も分かった。だからって〝干す〟なんて……どうなのかなって思っちゃうけど。
「……ふぁ。……とにかく良かった……ホッとしたら眠くなってきたよ」
聖南は語りながら、何回かあくびをしていた。今のでもう五回目。
声もおっとりしてきてるし、壁に掛かった質素な丸時計は夜中の二時を指している。
「あっ、じゃあベッド使ってください! 俺もう一年分くらい寝た気がするんで! いや待って、聖南さんここに泊まるんですか?」
「泊まるよ」
「そ、そうですか」
さも当然のように頷かれて、何だか照れてしまった。
お家にあるような大きなベッドではないけど、ここはすべてが病室とは思えないくらいの代物ばかりで、ベッドもそう。俺が端にズレれば聖南も充分眠れる。
ささっと聖南のスペースを確保しつつ、ドクターコートを脱ごうとしてる聖南に今一番聞きたい事を尋ねた。
「あの……ていうか、なんで聖南さんコスプレしてるんですか……?」
「え? ……さぁ?」
「えぇっ??」
さぁ、って……!
そんな事あるはずないのに、サプライズで俺を喜ばせようとしたのかなってちょっとだけワクワクしちゃったよ。
ハロウィン特番で、聖南がお医者さんのコスプレしてる写真を大事に保存して、たまに見てニマニマしてるのまさかバレちゃったのかとも思った。
「下で葉璃ママに会って、いきなりこれ渡されたんだよ。まんまのナリじゃマズイから変装しろって意味なのかと思って深くは聞かなかったんだけど」
「あ……もしかして……」
「ん、心当たりある?」
「めちゃめちゃあります……」
「なになに?」
そうだ、さっき俺がポロッと呟いちゃったの、母さんは聞いてたんだっけ……。
「いやあの……目が覚めて、母さんと話してる時に俺がつい言っちゃったんですよ」
「ん?」
「〝聖南さんがお医者さんだったらいいのに〟って……」
「……ん?」
「だ、だって、去年も今年もハロウィン特番で聖南さんはお医者さんのコスプレしてたじゃないですかっ? い、イメプレってやつしたせいで、なんか……っ、さっき検査してくれたお医者さん見て妄想が膨らんじゃって……!」
恥ずかしかったけど、聖南がコスプレする羽目になったのは間違いなく俺のせいだから、白状しなきゃ。
目が覚めた俺の心臓の音を聞いたお医者さんが、すごく若くてカッコよくて。名札には〝三嶋〟って書いてあったんだけど、聖南とはまた違うタイプの優しそうなイケメンだった。
「今のところは異常無さそうだけど、冷水浴びたらしいから発熱するかもしれない。体に不調を感じたらすぐにナースコールしてね」と微笑んでたその姿は、その場に居た女性全員のほっぺたをポッとさせてたんだ。
世の中には背が高くてカッコいい人が溢れてるんだなぁ、なんて思ってると、どうしても俺の頭には聖南のコスプレ姿が浮かんできて……。
〝俺は日向先生の方が好きだ〟と、起き抜けでただでさえ呆けた頭が聖南一色になった。
それで、母さんの前で無意識に呟いちゃった、ってわけ……。
「フッ……、あははは……っ」
「…………っっ」
正直に話すと、聖南はまんざらでもないような顔でしばらく俺を見詰めて、とうとうこらえきれずに爆笑し始めた。
さっきまで〝心配したよ〟と潤ませていた瞳が、今は〝葉璃かわいー〟に言葉も変わって、笑い泣きしている。
経緯を聞くと誰でも心配になるような話だったから、俺はそんな聖南を前に「グッスリ眠れた」なんて能天気に思ってちゃいけなかった。
聖南のコスプレ姿にキュンとなれるくらい、俺が何ともないって分かってからの聖南はすごくすごく穏やかな顔付きになった。
「あーもう……ここでこんなに大笑いするとは思わなかった。葉璃が元気そうで良かったよ。マジで」
「……はい、すみません……ご心配おかけしました……」
ドクターコートを脱ぎ、眼鏡も外してしまった聖南はそう言って目尻の涙を拭った。
俺が空けたスペースに気付いてベッドに上がってくる聖南からは、あんなに笑ってたのに〝眠たいオーラ〟が出ている。これは、ショートスリーパーで睡眠をあまり必要としない聖南には、とても珍しい事。
「ふぁ……まだ話あるんだけど、それは朝するわ。ごめんな、俺いま頭回んねぇや」
「いえ、そんな……俺のせいですから……」
「葉璃のせいじゃねぇって言ってんだろー」
「あぅっ……」
ネガティブ発言をした俺のほっぺたをむぎゅっと摘んだ聖南の瞳は、すでに閉じられていた。
力加減出来てなくて、摘まれたほっぺたがちょっと痛かったよ、聖南……。
「ちょっとだけ寝かせて」と言ったきり、俺を抱き枕にした聖南から規則正しい寝息が聞こえてくる。
──たくさん心配かけてごめんね、聖南。
俺はそっと聖南の背中に腕を回して、熱いくらいの温もりに包まれて幸せを感じていた。
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