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熱が上がってるからか、少しの寒気と頭痛が全然治まらない。
どんな態勢になってもツラくて、結局佐々木さんの肩を借りて俺は強面さんが運転する車内で聖南と恭也のsilentを観ていた。
司会者さんが俺の病欠を伝えた途端、響き渡った残念そうな声が予想以上に大きくてビクッと肩が揺れる。
そのあと現れた二人が、なぜかお揃いの軍服を着てて一気に目を見開いた俺は、自分に正直だと思う。
なんで軍服着てるの? よりも、「かっこいい……!」としか思えなくて。俺の居ないsilentだったのに少しも悔しさを感じなかった。
聖南、いつ練習してたんだろう。
聖南達が俺たちに内緒で一緒に踊ったのは、もう一年以上前だよ?
何ヶ月と空かずに披露してる恭也と、しっかり動きが合っていた。細かな振りもだ。
作詞作曲、パート割り、アレンジとかレコーディングとか全部に聖南が関わってたの知ってるから歌えるのは分かるけど、なんであんなに完璧に踊れてるの?
ステージに上がった瞬間、会場に背中を向けて踊り始めた瞬間、聖南の歌声がマイクに乗った瞬間……すべてにどよめきが起こってた。
ETOILEの曲を歌って踊っていて、あそこには確かに恭也も居る。
それなのに、聖南があの場に居るだけでまるでそうじゃないように観える不思議。
──〝ハル〟はギリギリまでここに立ちたがってた! だからお前ら! サイリュームは恭也の青と〝ハル〟の赤で頼む! 白は要らねぇ!
大サビ前の間奏中、恭也の立ち位置が変わっていた聖南が会場に向けてそう放った。
瞬きするのも惜しいくらい、二人のカッコよすぎるパフォーマンスに見惚れてた俺は、ハッとした。
司会者の人にも「ピンチヒッターだ!」ってツッコんでた、聖南の真意。
俺の居場所は失くさないって何回も言ってくれてた意味が、その雄叫びでようやく分かった。
──お前らー! ありがとなー! 〝ハル〟ー! 観てるかー!?
「…………っ!」
うん、……うん、っ……!
観てたよ。バッチリ観せてもらったよ……!
最後の最後まで完璧だった振りを終えた直後、聖南はカメラ越しに、俺に満面の笑顔を向けてきた。
二曲目のイントロが始まって捌ける寸前まで手を振ってた聖南に、俺もモニターに向かって小さく手を振り返す。
背が高くて日本人離れした顔の聖南は、ああいう派手な衣装がよく似合う。
どこかで見た衣装だなって思ってたけど、聖南が捌けてしまってからやっと思い出した。
あの衣装、今年の決算月の仮装パーティーで着てたやつだ。
俺が聖南限定でコスプレ好きなのがバレちゃってから、仮装パーティーの後はいつも盛り上がっちゃうのは通例として、今年は特に聖南が荻蔵さんに媚薬(?)を盛られて大変な事になった。
記録更新、……したんだっけ。どうだったかな。
「まったく……セナさんらしいサプライズだな」
「本当ですね。……葉璃、セナさんにあんなに想ってもらえてうらやましい……マジでうらやましい……」
佐々木さんの呟きのすぐあとに、助手席に居る春香もブツブツ言ってたけどあんまり聞こえなかった。
聖南と恭也、二人のsilentで会場を大いに盛り上げた後、恭也のソロが始まったからだ。
「あ……この曲……」
聴き覚えのあるイントロだった。
これは……俺たちが仲良くなって半年後くらいに、恭也が好きだって言ってた曲だ。
二人ともがまだ、アイドルになるなんて夢にも思わなかった放課後の帰り道で、恭也が聴かせてくれた……〝絆〟。
静かに歌い始めた恭也がアップで抜かれて、俺はまたモニターに釘付けになる。
「……知らないな。誰の曲だって言ってた?」
「紹介ありましたよね。誰でしたっけ」
「橋本みつるの絆って曲だろ、確か。司会の女がそう紹介してた」
「さすが風助。よく覚えてたな」
「俺さすが過ぎ」
佐々木さんも春香も覚えてなかった歌手名と曲名を、強面さんがちゃんと聞いてた事に驚いた。
そう……あのときも恭也は言ってたんだよ。
『この曲すごく素敵なのに、無名の新人さんの曲だから全然知られてない』って。俺は無名有名関係無く音楽自体に疎かったから、『へぇ』としか返せなかった記憶がある。
愛情にはたくさん種類があって、それは与える方も与えられる方も幸せになる──唯一と決めた人と培った絆は揺るぎなくて、相手への愛情さえあればどんなに衝突したって崩れることはない──そういう歌詞。
恭也はこの曲を俺との友情に当てはめて聴いて、たまに泣いちゃうくらい感情移入すると言ってた。
そんな大切な思い出の曲を、恭也が今ステージ上で凛と歌ってる。
これにどれだけの意味があるか……きっと俺と恭也にしかその重みは分からない。
「……恭也……っ」
涙が出てきた。
出番に穴を空けた分際で、感動のあまり心が疼いた。
意地を張るばかりじゃ、責任を全うする事にはならないって……痛感した。
「……聖南さんっ、……恭也っ」
聖南は、ETOILEの面影を残しながらも全然関係ない衣装で出演して、何かの企画みたいに観てる人達へ〝別もの〟を意識付けしようとしてる気がした。
CROWNとしての出番も控えてる聖南がETOILEの看板と俺の居場所を守るには、〝ハル〟の存在を示しつつ〝セナ〟の印象を弱くする必要があったんだ。
せっかくのクリスマス特番。長時間生放送のお祭り的番組構成。
ハル抜きのETOILEを守ってくれた恭也の選曲も、コスプレまがいのあの衣装も、アーティスト側とスタッフ側、両方を熟知した聖南だからこそ出来た〝サプライズ〟。
様々なアーティストのファン達が集う会場、特番ならではの多くの視聴者に、〝特別なものが観れた〟という満足感はきっと充分に与えられた。
そして、俺に甘い二人はさらに泣けちゃうくらい憎いことをしてくれた。
俺が居なくてもいいじゃん……むしろ俺居ない方が盛り上がってるよ……俺がこういうネガティブを発揮しないよう、出番後、二人が敬礼した写真と共にこんなメッセージが聖南から送られてきた。
〝俺らイケてただろ?葉璃のこと愛してる二人より〟
八重歯が覗くヤンチャな笑顔の聖南と、無表情の恭也が軍服で敬礼した自撮り。背景はまさに、出番後すぐに撮ったことが分かる見覚えのある舞台袖。
種類は違うけど、それぞれ俺にはもったいないくらいの愛情を日々二人に貰ってるから、そのメッセージを読んだ時はしゃくりあげて泣いてしまった。
ファンの人達をガッカリさせてしまった後悔と、〝ハル〟としてステージに立てなかった無念さと、人工的に煌めく星空を生で拝む事が出来なかった残念な気持ちは、まだ残ってる。
でも二人のおかげで、出番を休んだという罪悪感は薄れた。
すごく、すごく、プロ意識というものを考えさせられた。
「良かったな、葉璃。次回どんな媒体になるか分からないが、その時のETOILEの視聴率はスタッフが腰抜かすほど跳ね上がるぞ」
「…………」
「葉璃? ……落ちたか」
「…………」
ETOILEの出番が無事に終わった安堵感で、俺はいつの間にか意識を手放していた。
遠くで佐々木さんの声がしたけど瞼は開かなくて、何回も目元を拭われた事にも気付かなかった。
ドクン、ドクン、……。
本番中の高揚感にも匹敵するくらい、高鳴った心臓の鼓動。
それだけはハッキリと聞こえていた。
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